アレルギー疾患モデルマウスの樹立と解析

文献情報

文献番号
199700943A
報告書区分
総括
研究課題名
アレルギー疾患モデルマウスの樹立と解析
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
反町 典子(東京都臨床医学総合研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(免疫・アレルギー等研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アトピー性皮膚炎や喘息に代表されるアレルギー疾患はいまや現代病として大きな社会問題となっている。しかしながら、その治療法に関してはいまなお対症療法にその主体を頼らざるをえないのが現状である。アレルギー性疾患に対する新しい治療法を開発するためにはヒトのアレルギー疾患を再現できるような動物モデルの樹立が必須である。この点に関して、最近、高IgE血症ならびに皮膚炎自然発症を特徴とするNC/Ngaマウスがアトピー性皮膚炎のモデル動物として注目されている。しかし、このマウスの場合、皮膚炎をひきおこすアレルゲンは特定されておらず、いわゆる自然発症ということで特定のアレルゲンによるアレルギー誘発モデルとは異なる。ヒトの場合と同様に、アレルゲンをチャレンジした時のみにアレルギー反応をひきおこすような誘発型のアレルギーモデル動物を作製することができれば、アレルギー発症のメカニズムの解明ばかりではなく、新しい治療法の開発・効果判定に飛躍的進歩をもたらすものと考えられる。そこで本研究では、アレルゲン特異的なIgEを構成的に産生するするトランスジェニックマウスの作製を計画した。アレルゲンとしては、実験的なアレルギー研究に多用され応用性の高い化学物質抗原(ハプテン)であるTNP (trinitrophenol)、そしてさらに、実際のアレルギー患者で問題となっている卵白アルブミン(OVA)およびダニ主要抗原Derf IIを選定した。
研究方法
TNP、OVAあるいはDerf IIに特異的なモノクローナル抗体を産生しているB細胞ハイブリドーマのそれぞれから全RNAを調製し、RT-PCR法によって免疫グロブリン(Ig)H鎖とL鎖のcDNA可変部を増幅する。これらのcDNAフラグメントおよびJセグメント下流領域をプローブとして、それぞれのハイブリドーマから作製したゲノムライブラリーからH鎖可変部ゲノム遺伝子ならびにL鎖可変部ゲノム遺伝子をクローニングする。これらの可変部エクソンに定常領域エクソン(CeあるいはCk)、プロモーター、エンハンサーなどを結合してH鎖ならびにL鎖のトランスジーンを構築する。作製したIgEトランスジーン(H鎖+L鎖)をマウス受精卵に注入したのち、偽妊娠した仮親に移植する。生まれてくる仔マウスの尾DNAにおけるトランスジーンの存在をPCRでチェックする。ELISAによりトランスジェニックマウスの血中IgE濃度ならびにその抗原特異性をチェックする。局所でアレルギー反応を誘導させるために、TNP特異的IgEトランスジェニックの場合、耳介にpicryl chlorideあるいはコントロールとしてoxazoloneを塗布し、その後時間を追って皮膚の腫脹度を計測する。また、全身における反応をみるために尾静脈からTNP結合ウシ血清アルブミン(TNP-BSA)あるいはコントロールとしてBSAを注射し、その後時間を追って直腸温を測定する。また同時に青色素Evans blueを注射することによって、血管透過性の変化を観察する。
結果と考察
TNP特異的抗体を産生するハイブリドーマからクローニングしたIgH鎖とL鎖遺伝子をもとにIgEトランスジーンを構築した。このトランスジーンを注入した受精卵から誕生した仔マウスにおけるトランスジーンの有無をPCR法でスクリーニングしたところ、3匹においてH鎖、L鎖の両トランスジーンの存在が確認された。これらのマウスの血中IgEを測定したところ、10~30 mg/mlと正常マウスの100倍以上のIgEが産生されていた。しかもそのIgEはすべてTNP特異的であり、導入したトランスジーンが効率よく発現していることが明らかとなった。そこで次に、これらのマウスが実際に誘発型のアレルギーモデルになるのかどうかの検討をおこなった。まず第一に局所でのアレルギー反応を検討するため、トランスジェニック
マウスならびに正常マウスの耳介皮膚にTNP基を持つpicryl chlorideあるいはそれとまったく抗原性の異なるoxazoloneを塗布し、その後の皮膚の変化を観察した。トランスジェニックマウスの耳介にpicryl chlorideを塗布した場合、塗布後1時間をピークとして著明な皮膚の腫脹(正常皮膚厚の約2倍)が認められた。それに対して、oxazoloneを塗布した場合にはそのような皮膚の腫脹は誘導されなかった。また、正常マウスではいずれの抗原を塗布した場合も皮膚の腫脹は観察されなかった。すなわち、トランスジェニックマウスでは抗原特異的に皮膚局所にアレルギー反応を誘発することができたわけである。次に、全身性のアレルギー反応を検討するために、TNP-BSAを尾静脈から注射した。トランスジェニックマウスではTNP-BSA静注後10分以内に動作減少、呼吸困難が観察され、30分以内に直腸温は38度から35度へと急速に低下した。このような全身性アナフィラキシーの症状はBSAを静注したトランスジェニックマウスまたはTNP-BSAあるいはBSAを静注した正常マウスでは観察されなかった。さらに、TNP-BSAを静注する際に青い色素であるEvans blueを加えておくと、トランスジェニックマウスでは正常マウスに比べ、皮膚が著しく青色に変色した。これは血管透過性が亢進した証拠であり、全身性アナフィラキシーの一症状と考えられた。このように、本年度の研究で樹立されたTNP特異的IgEトランスジェニックマウスにおいて、局所的あるいは全身的に抗原TNPをチャレンジすることによって、典型的なI型アレルギー反応を誘発できるということが明らかになった。従来、実験動物にアレルギー反応を誘発させるためには、あらかじめ抗原を繰り返し免疫することにより動物を感作しておいてから、当該抗原をチャレンジする必要があった。この場合、同時に多くの動物を感作するのは多大の労力を要するばかりでなく、個々の動物間に反応性のばらつきが見られることがあり実験の再現性の上で問題となることがあった。これに比して、本研究で樹立したトランスジェニックマウスでは、抗原による事前の感作なしに1回の抗原チャレンジのみで確実に抗原特異的なアレルギー反応を誘発できるわけであり、非常に有用なアトピーモデル動物となるものである。このTNP特異的IgEトランスジェニックマウス作製の成功をふまえて、さらに実際のアレルギー患者で問題となっているアレルゲンである卵抗原OVAやダニ抗原Derf IIに対するIgEトランスジェニックマウスの作製も同時に進めている。TNPの場合と同様に、OVAに特異的なIgG抗体を産生しているB細胞ハイブリドーマからH鎖可変部ゲノム遺伝子ならびにL鎖可変部ゲノム遺伝子をクローニングした。さらに、定常部ならびにプロモーターやエンハンサー等を結合して、最終的なトランスジーンをH鎖、L鎖それぞれ構築し、現在、マウス受精卵への注入を開始している。Derf IIに特異的なIgG抗体を産生しているB細胞ハイブリドーマからも同様な方法で、H鎖とL鎖のゲノム遺伝子をクローニングすることに成功した。現在、受精卵に注入するためのIgEトランスジーンの構築を進めている。これらのトランスジェニックマウスは、実際のアレルギー患者で問題となっているアレルゲンに特異的に反応するものであり、モデル動物としてより一層の期待が寄せられる。ただし、実際のアトピー性疾患ではIgE・マスト細胞以外にもさまざまな免疫系の細胞が関与して複雑な病態をひきおこしていると考えられる。なかでも、T細胞の関与が強く示唆されている。本研究で抗原特異的IgEトランスジェニックマウスを樹立することができたので、これにさらに抗原特異的T細胞レセプターを発現したトランスジェニックマウスを掛け合わせることによって、液性免疫のみならず細胞性免疫も抗原特異的なダブルトランスジェニックマウスを作製することが可能となった。このようなダブルトランスジェニックマウスは、ヒトのアトピー性疾患の病態により近いモデル動物になるものと期待される。
結論
世界に先駆けて、抗原特異的IgEトランスジェニックマウスの樹立に成功した。このマウスでは、抗原による
事前の感作なしに1回の抗原チャレンジのみで、局所的あるいは全身的に、抗原特異的なI型アレルギー反応を誘発できることが判明した。したがって、このマウスはアレルギーモデルマウスとして、アレルゲン曝露によるアレルギー誘導過程の解明に役立つばかりでなく、生きた試験管として抗アレルギー薬のスクリーニング・効果判定・毒性判定において強力な武器になると考えられる。

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