IgE産生機構におけるアトピー原因遺伝子の同定に関する研究

文献情報

文献番号
199700942A
報告書区分
総括
研究課題名
IgE産生機構におけるアトピー原因遺伝子の同定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
出原 賢治(九州大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(免疫・アレルギー等研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
2,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アレルギー疾患は先進国では人口の3割から4割が罹患する大きな社会問題となっており、その予防と治療は急務となっている。高IgEとなる遺伝的体質はアトピーと呼ばれ、小児のアレルギー疾患への罹患と密接な関係を持ってる。アトピーの原因遺伝子を同定することは、アレルギー疾患に罹患しやすい個人を同定することと、その原因遺伝子によって引き起こされる分子レベルでの異常を阻害する薬剤を開発するための戦法を組み立てることに役立つため、アレルギー疾患の予防と治療にとって重要であると思われる。しかし、アトピーは多因子が関与する遺伝疾患であるためその原因遺伝子の同定が困難であったと同時に、現在までに逆行遺伝学的アプローチにより報告されたいくつかのアトピーの原因遺伝子の候補の中で、機能的な面でアトピーの原因遺伝子であることを証明された例は最近までなかった。インターロイキン(IL)-4、IL-13はB細胞においてIgE産生を誘導する作用があり、これらのシグナル伝達機構に関与している分子は機能的な面よりアトピーの原因遺伝子の候補と考えられた。また、イギリスのオックスフォード大学のグループはこれらのレセプターのコンポーネントの一つであるIL-4レセプターa鎖(IL-4Ra)が位置する第16染色体短腕が逆行遺伝学的アプローチによりアトピーと連鎖を認めると報告したことより、IL-4Raはアトピー原因遺伝子の有力候補と考えられた。そこで、今回の研究で我々は、IL-4Raがアトピーの原因遺伝子であるかどうか、遺伝学的な面と機能的な面の両方により解析を行った。
研究方法
すでにIL-4Ra遺伝子にはいくつかの多形性が存在することが知られているが、我々はこのうちIL-4Raの細胞外部分に存在する50番目のアミノ酸残基におけるイソロイシンとバリンの多形性に注目した。研究協力者である白川らは遺伝学的な面よりこの多形性とアトピーの関連性についての検討を行った。つまり、正常者、アトピー性喘息成人患者、アトピー性喘息小児患者、内因性喘息成人患者各100人を対象にIL-4Raの50番目のアミノ酸残基の多形性の頻度を解析した。また同時に、この多形性の頻度と血清IgE値、抗ダニ抗体陽性の頻度を比較した。主任研究者である出原らは機能的な面よりこの多形性とアトピーの関連性についての検討を行った。つまり、50番目のアミノ酸残基がイソロイシンとバリンである2種類のIL-4Raをコードしているプラスミドを作製し、マウスB細胞株であるBa/F3とヒトB細胞株であるJijoyeに強制発現させた細胞株を作製した。そして、これらの細胞株を用いて、IL-4の結合能、IL-4によるIeプロモーターの転写活性作用、増殖作用、STAT6の活性化といったIL-4のシグナル伝達を解析した。
結果と考察
1)アトピー性喘息成人患者、アトピー性喘息小児患者におけるIL-4Raの50番目のアミノ酸残基でのイソロイシンの出現頻度は正常者、内因性喘息成人患者に比べて有意に高かった。逆に、バリンの出現頻度は正常者、内因性喘息成人患者においてアトピー性喘息成人患者、アトピー性喘息小児患者に比べて有意に高かった。また、高血中IgE値群、抗ダニ抗体陽性群においてイソロイシンの出現頻度がバリンの出現頻度に比べて有意に高かった。2)Ba/F3細胞にイソロイシン型を発現させた場合では、バリン型を発現させた場合に比べてIL-4による増殖作用、Ieプロモーターの転写活性作用が共に約3倍増強していた。各々複数のクローンの解析によりこの結果を得ており、クローン間の差はあまりなかった。またこれらのクローンにおいて発現しているIL-4Ra数には大きな差はなかった。さらに、IL-4に対する親和性においてはイソロイシン型とバリン型で違い
は見られなかった。3)Ba/F3細胞と同様に、Jijoye細胞にイソロイシン型を発現させた場合でも、バリン型を発現させた場合に比べてIL-4によるIeプロモーターの転写活性作用が約3倍増強していた。これもBa/F3細胞と同様に複数のクローンを解析して結果を得ており、クローン間の差はあまりなかった。また、IL-4に対する親和性においてもBa/F3細胞と同様にイソロイシン型とバリン型で違いは見られなかった。4)IgEの産生などIL-4の生物活性に重要な転写因子であるSTAT6の活性を解析したところ、Ba/F3細胞とJijoye細胞のどちらにおいても、イソロイシン型を発現させた場合では、バリン型を発現させた場合に比べてIL-4によるSTAT6の活性が約2倍増加していた。
研究結果の1)より、IL-4Raの50番目のアミノ酸残基におけるバリンからイソロイシンへの置換は、遺伝学的にアトピー、高血中IgE、抗ダニ抗体陽性と関連性を持つことが示された。また、研究結果の2)ー4)より、IL-4Raの50番目のアミノ酸残基におけるバリンからイソロイシンへの置換は、機能的にIL-4による増殖作用、Ieプロモーターの転写活性作用を増強することが示されるとともに、このIL-4のシグナル伝達の増強は少なくとも一部は転写因子であるSTAT6の活性化の増加によることが示された。IL-4Raの50番目のアミノ酸残基におけるバリンからイソロイシンへの置換によりIL-4のシグナル伝達が増強されるメカニズムは現時点では不明である。このアミノ酸置換はIL-4との結合能には影響を与えないことから、レセプターのコンポーネント同士の結合などに影響を与えるのかもしれない。これらの結果を併せると、IL-4Raの50番目のアミノ酸残基においてイソロイシンを持っている人のB細胞はバリンを持っている人のB細胞に比べて、IL-4によるIgE産生が亢進しており、そのような人はアトピー性疾患に罹患しやすいと考えられた。つまり、IL-4Raの50番目のアミノ酸残基におけるバリンからイソロイシンへの置換は、少なくともアトピーの原因の一つであると考えられた。最近、アメリカのグループが同じIL-4Ra上の細胞内部分に存在する551番目のアミノ酸残基におけるグルタミンからアルギニンへの置換が高IgE症候群、重症アトピー性湿疹の患者において高頻度に起こっているとともに、この置換がIL-4のシグナルを増強することにより、IL-4Raの551番目のアミノ酸残基におけるグルタミンからアルギニンへの置換がこれらの疾患の原因の一つであることを報告した。我々の結果と併せて、IL-4Ra遺伝子がアレルギー関連疾患の原因となっていることを示している。今後の課題としては次のような事があげられる。1)IL-4Raの50番目のアミノ酸残基におけるバリンからイソロイシンへの置換が、実際のアレルギー罹患患者の集団において、どの程度寄与しているかをさらに対象者を増やして解析を行う。2)IL-4の重要な生物活性としてB細胞におけるIgE産生以外にT細胞におけるTh2細胞への分化があげられるが、このバリンからイソロイシンへの置換がIL-4によるTh2細胞への分化に影響を与えるかどうか解析を行う。3)IL-4Ra以外のIL-4、IL-13によるB細胞におけるIgE産生機構に関与している分子の中から、別のアトピーの原因となりうる遺伝子を同定する。
結論
IL-4Raの50番目のアミノ酸残基におけるバリンからイソロイシンへの置換が、アトピー患者で高頻度に見られ、IL-4のシグナル伝達を増強することから、このアミノ酸置換がアトピーの原因となりうることを示した。これは、最近のアメリカのグループの発表とともに、IL-4Ra遺伝子がアトピーの原因遺伝子の一つであることを遺伝学的な面と機能的な面の両方で初めて証明したものである。

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