最重度難聴者に対する超音波補聴器の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700926A
報告書区分
総括
研究課題名
最重度難聴者に対する超音波補聴器の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
細井 裕司(近畿大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 今泉敏(東京大学大学院医学研究科)
  • 渡辺好章(同志社大学工学部)
  • 米本清(国立身体障害者リハビリテーションセンター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
54,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、最重度難聴者が音声によるコミュニケーションを行う唯一の方法は人工内耳の手術を受けることであるが、入院、手術の必要は難聴者に多大の負担を強いることになる。また、中耳や内耳の状態によっては全ての難聴者が適応となるわけではない。補聴器を装用するだけで音声によるコミュニケーションが行え、社会参加が促進できたら難聴者にとってどんなに素晴らしいことだろう。このことを実現することが本研究の最終目標である。これは、現在手話など視覚のみによってコミュニケーションを行っている人々を音声言語の世界に呼び戻すという点から、社会への貢献度が高いと考える。一方、超音波が骨導で聞こえることは、1948年にGavreauが報告して以来、特に最重度難聴者で超音波が聞こえるか、言語音が弁別できるかに関し多くの議論を呼んできた。 これは今まで聴覚心理的な検査による主観的なデータのみで、最重度難聴者が脳の聴覚野で音として聞けるかどうかの客観的データがなかったことによる。上記の最終目標の達成のため、まず基礎研究として、超音波聴覚の中枢ならびに末梢メカニズムの研究を計画した。つまり超音波は音として、聞こえるのか、最重度難聴者でも音として知覚し、音声言語によるコミュニケーションに役立つのかを客観的に明らかにすることを、第1の目的として研究をおこなった。また、最重度難聴者に役立つ超音波補聴器のプロトタイプとなる、超音波聴覚検査装置を試作することを第2の目的とした。
研究方法
1. 脳磁図(MEG)による検討:1-1 超音波は脳のどの部位で知覚されるか?聴覚野か、体知覚野かまたは超音波知覚のための特別の領域か。これらの疑問に対しMEGで検討した。10名の聴力正常者を対象に、超音波刺激ならびに気導可聴音刺激を与えた。1, 2kHzの気導音と24, 40kHzの超音波ならびに、40kHzの超音波を1kHzと2kHzで変調した超音波について実験を行った。:1-2 超音波で語音の相違が検出できるか?複数の言語音によって変調された超音波を聴覚野で区別できるかどうかを脳磁図上で検討した。5名の聴力正常者を対象に、刺激音を気導音/ア/と/イ/の組み合わせ、ならびに/ア/と/イ/で変調された40kHzの超音波の組み合わせを用い、オドボール実験を行った。MMF(mismatch field)を指標として検討した。:1-3 最重度難聴者も聴力正常者が可聴音を聴覚野で知覚するように、超音波を聴覚野で知覚することが可能か?また、語音の相違を検出することができるか?全く通常音が聞こえない3名の最重度難聴者を対象に、1-1,2で示したと同様の方法でMEGによる検討を行った。
2. PETによる検討:聴力健常な成人9名(c1~c9)、20kHz以下の気導音に対する聴覚がない難聴者3名(d1~d3)を被験者として検討した。 (1)刺激なし(比較のためのコントロール条件、c)、(2)骨導超音波補聴器(U)、(3)振動(触覚)補聴器(V)、(4)気導補聴器(A)、(5)骨導補聴器(B)の5種類の補聴器を通して刺激を与えた。刺激はいずれも周波数1kHz、立ち上がり時間、立ち下がり時間は共に10ms、ピーク持続時間80msのトーンバーストである。実験は1人の被験者につき、それぞれの刺激を2回ずつ与え、1回の試行につき約2分間刺激を与えPET測定した。1人につき10回ずつ測定を行った。また、刺激を与える順序は、順序効果を無視できるように被験者ごとに乱数化した。それぞれの条件の刺激による脳内血流量の測定値について、コントロール条件との差分を計算し、それぞれの補聴器に対する血流量の増加の有意性を計算した。
結果と考察
1 脳磁図による検討:1-1 超音波は脳のどの部位で知覚されるか?聴力正常者に対する実験で、超音波刺激によっても通常の可聴気導音刺激によって得られる脳磁界波形と類似の波形が観察された。超音波刺激に対する電流ダイポールは後下方を向いており、気導音刺激と同方向であった。超音波刺激に対する電流ダイポール推定位置は気導音刺激の場合と非常に近く、同一被験者のMRI上に重ねることにより超音波の電流源は聴覚野にあると考えられた。:1-2 超音波で語音の相違が検出できるか?聴力正常者に対するオドボール実験の結果から潜時200msec付近にMMFが認められ、/ア/と/イ/の違いが検出されていることがわかった。MMFの磁界パタンから電流ダイポールは聴覚野に推定された。:1-3 最重度難聴者についてはどうか?超音波刺激に対する電流ダイポールは後下方を向いており、これは聴力正常者が気導音を聞いたときと類似している。/ア/と/イ/で変調した40kHz超音波刺激によるオドボール実験の結果、潜時200msec付近にMMFが認められ、最重度難聴者においても、/ア/と/イ/の違いが検出されていることがわかった。 超音波刺激に対するN1mとMMFの電流ダイポール推定位置を同一被験者のMRI上に投影したところ、N1mとMMFに関する電流ダイポールはすべて、聴覚野付近に推定された。 超音波の電流ダイポールが側頭葉の聴覚野に認められたことから、通常の可聴音が知覚できない難聴者でも、聴力正常者が可聴音を聞くように超音波を聴覚野で知覚できる可能性が示された。また、/ア/と/イ/で変調された超音波によって聴覚野にMMFの電流源が推定されたことから、聴覚野が/ア/と/イ/の相違の検出に関与していることが示唆された。これらの結果は、可聴音が聴取できない最重度難聴者に超音波補聴器が役立つ可能性を客観的に示したものと考えられた。
2 PETによる検討:健聴者の場合、骨導超音波補聴器によって最も高く賦活された部位は、左一次聴覚野の内側部で、難聴者の場合は左上側頭回であった。難聴者では健聴者の賦活部位に比較して23mm外側で、12mm後方であった。聴覚を失った期間の短い被験者d2では左一次聴覚野にも上側頭回にも有意な血流増加が観測された。また、振動(触覚)刺激では健聴者の場合も左上側頭回に有意な血流増加が観測された。難聴者と健聴者の違いは聴覚を失った期間の長さに関連する可能性がある。なぜなら、聴覚を失った期間の短い被験者d2では健聴者とおなじ左一次聴覚野にも有意な血流増加が観測されたからである。また、振動(触覚) 刺激では健聴者の場合も左上側頭回に有意な血流増加が観測されたことから、内耳以外の感覚経路から聴覚連合野への投射があって、それによって左上側頭回が活性化されたと考えることができる。
3 超音波聴覚検査装置の設計、完成:キャリアー周波数や変調方式、変調音の入力方式などを自由に選べる、超音波聴覚検査装置を完成した。これは、超音波補聴器のプロトタイプとなるものである。
結論
超音波が聴覚で知覚され得るかどうかという長年の疑問に対し、聴力正常者を対象に脳磁図とPETを用いて「超音波は聴覚野で知覚されること」を証明した。また、超音波を用いて「変調語音を弁別できる」ことを脳磁図で明らかにした。また、超音波が「最重度難聴者用補聴器」として有効かどうかについて、通常音が全く聞こえない最重度難聴者でもその聴覚野で超音波を知覚できることを脳磁図とPETで示し、異なる変調語音を弁別できることを脳磁図で示した。また、耳音響放射を用いた末梢メカニズムの検討と、補聴器として完成させるための音声信号処理の研究に着手した。上記の基礎的検討を踏まえ、最重度難聴者のための超音波補聴器のプロトタイプとなる超音波聴覚検査装置を完成した。本装置を用いて、種々の聴取実験を行うことによって、キャリヤーの最適周波数、最適変調方式、最適な語音加工方式を決定し小型で持ち運び可能な超音波補聴器の実用化を目指している。また、同時に本補聴器を用いたリハビリテーション法の研究が必要と考えている。

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