頻度の高い視聴覚障害の発症機序並びに治療法に関する研究(難治性黄斑疾患に対する外科的内科的治療)

文献情報

文献番号
199700924A
報告書区分
総括
研究課題名
頻度の高い視聴覚障害の発症機序並びに治療法に関する研究(難治性黄斑疾患に対する外科的内科的治療)
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
田野 保雄(大阪大学医学部眼科)
研究分担者(所属機関)
  • 石橋達朗(九州大学医学部眼科)
  • 白神史雄(岡山大学医学部眼科)
  • 不二門尚(大阪大学医学部眼科)
  • 山本修士(大阪大学医学部眼科)
  • 林篤志(大阪大学医学部眼科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
53,883,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
難治性黄斑疾患で失明原因の上位を占めている血管新生黄斑症は、視力を改善させるための有効な治療法がなかったが、当該施設が開発した網膜切開を伴う中心窩移動術により一部で著明な視力改善が得られた。しかしながら、術後増殖性硝子体網膜症を発症する場合があること、新生血管膜の存在および手術侵襲により、網膜および網膜色素上皮が障害され、視力改善が不十分な場合が存在すること、新生血管の再発、近視性網脈絡膜萎縮の進行により視力低下が起こる症例があること等の問題点が存在した。本研究ではこれらの問題点を解決するために(1) 外科的治療法として、より低侵襲で定量性のある中心窩移動術の開発、栄養血管を選択的に光凝固し新生血管膜を退縮させる方法の開発を行うことを検討し、(2) 内科的治療法として、網膜および網膜色素上皮の障害の抑制法、新生血管の再発抑制のための遺伝子導入法、および近視の進行防止のための薬物療法の開発を行うことを検討した。
研究方法
(1) 外科的治療法の研究 
(?) 強膜短縮を伴う中心窩移動術の開発
網膜切開をせず、強膜を短縮する方法で中心窩を移動する術式を開発し、その成績を網膜切開による中心窩移動術の成績と比較検討した( 臨床研究) 。
(?) 栄養血管の選択的光凝固法を開発
新生血管膜への栄養血管の選択的光凝固法を開発し、その有効性を検討した。
(2) 内科的治療法の研究
(?) 網膜および網膜色素上皮の障害抑制
脈絡膜新生血管による網膜剥離に伴い網膜虚血障害が生じるが、網膜虚血障害モデルをラットに作成し、虚血に伴って活性化されるチロシンキナーゼを抑制する薬剤であるゲニスタインを投与し、その効果を生化学的、組織学的に検討した。また網膜色素上皮およびブルッフ膜を障害した家兎を用いて、網膜下に移植した家兎胎児の網膜色素上皮細胞の増殖、分化を検討した。
(?) 遺伝子導入の研究
遺伝性黄斑ジストロフィーのひとつであるスタルガルト病の患者に対して、遺伝子変異の検索を行った。また網膜に強光凝固を行って実験的網膜下新生血管を誘発した有色ラットに対して、アデノウイルスベクターを用いて可溶性血管内皮増殖因子(VEGF)レセプター遺伝子を導入し、新生血管の抑制効果を検討した。
(?) 近視の進行防止
白色レグホンの雛に対して、半透明の遮蔽膜または凹レンズを負荷して作成した近視モデルを用い、網膜内情報伝達物質である一酸化窒素の合成酵素阻害剤を硝子体内に注入し、近視化に対する影響を検討した。
結果と考察
血管新生黄斑症に対する中心窩移動術は、中心窩を網膜下組織が健常な部位に移動させることにより、視機能を回復させることを目的とした、新しい術式である。視力回復を得るためには、中心窩が健常な網膜のある位置まで動くのに十分な移動距離が得られること、中心窩網膜に皺がよらないようにすることがポイントとなる。また術中操作による網膜、網膜色素上皮の障害を最小にすることが要求される。
本研究で開発した強膜短縮を伴う中心窩移動術は、術後増殖性硝子体網膜症の発症した例はなく、手術侵襲が少ない点が有利な点であり、7例中4例で著明な視力改善が得られた。中心窩の移動量が少ない点、術後網膜に皺襞を形成する場合がある点などが今後検討すべき課題である。新生血管膜が小さい場合( 近視性血管新生黄斑症および一部の加齢黄斑変性) は、本術式の適応と考えられた。新生血管膜が長期間存在すると、網膜および網膜色素上皮が障害され、手術的に中心窩の移動が得られても、視力改善が不十分な場合が存在する。手術が早期にできない場合、当該施設の開発した新生血管への栄養血管の選択的光凝固法により、新生血管膜が退縮し、視力回復が得られる可能性があるが、栄養血管の検出率(約20%)の改善が今後の課題である。
外科的治療を補助する内科的治療に関しては、主として動物モデルを用いた基礎研究を行った。新生血管膜の存在あるいは手術侵襲により、網膜および網膜色素上皮が障害された場合、障害を最小に留め、あるいは積極的に機能回復させる内科的治療が必要となる。網膜虚血障害に対しては、虚血に伴って活性化されるチロシンキナーゼを抑制するゲニスタインの投与により、網膜障害が防止できる可能性が示された。また手術的に新生血管膜を除去すると、網膜色素上皮およびブルッフ膜が欠損するため暗点が拡大するが、本研究により、網膜色素上皮細胞の移植は、欠損部位の機能を回復させる可能性のある治療法であることが示唆された。新生血管の再発は視力低下の大きな原因であるが、VEGF可溶性レセプターを発現したアデノウィルベククターの投与により、マウスモデルおいて新生血管の発生が防止できる可能性が示唆された。霊長類で同様の効果が確かめられれば、臨床応用に一歩近づくと考えられる。遺伝子治療のためには、血管新生黄斑症に関係する遺伝子を見出すアプローチが必要であるが、本研究で加齢黄斑変性の原因となる可能性のあるスタルガルト病の原因遺伝子(ABR遺伝子) に日本人特有の変異が見出された。今後加齢黄斑変性の症例に対しても、検索を進める予定である。また近視性の血管新生黄斑症に対する網脈絡膜萎縮の予防として、近視の進行防止が不可決であるが、一酸化窒素合成酵素阻害剤が、動物モデルで近視化を抑制することが見出さた。今後霊長類で同様の効果が確かめられれば臨床応用できる可能性がある。
結論
血管新生黄斑症に対して、外科的治療法として強膜を短縮する方法で中心窩移動を行う術式を開発し、過半数の臨床症例で著明な視力改善が得られた。この方法は網膜を大きく切開する必要がないため、安全で、特に新生血管膜の小さい症例の視力改善に有効であると考えられた。しかしながら網膜皺襞の形成防止などが今後の課題として残されている。血管新生黄斑症に対する外科的治療を補足する内科的治療としては、動物モデルで検討を行った。網膜虚血障害に対してはチロシンキナーゼ抑制剤が、また網膜色素上皮の障害には網膜色素上皮細胞の移植が有効である可能性が示唆された。新生血管の再発抑制に関しては可溶性血管内皮増殖因子レセプター遺伝子の導入が、また近視の進行防止には、一酸化窒素合成酵素阻害剤投与の有効性が示唆された。
われわれの外科的治療と内科的治療を併用する方法を用いることにより、ごく近い将来、血管新生黄斑症が効果的かつ安全に治療できるようになることが大いに期待できる。本治療法が多施設に普及すれば、これまで視力低下により、社会的な活動が困難であった人の多くが視力改善し、社会的な活動が可能になることが期待される。

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