文献情報
文献番号
199700920A
報告書区分
総括
研究課題名
糖尿病増殖網膜症の発症予防と治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
金澤 康徳(自治医科大学附属大宮医療センター)
研究分担者(所属機関)
- 川上正舒(自治医科大学附属大宮医療センター)
- 黒木昌寿(自治医科大学附属大宮医療センター)
- 山下英俊(東京大学医学部)
- 堀内正公(熊本大学医学部)
- 武藤誠(東京大学薬学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
54,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
今日、糖尿病網膜症は我が国の後天性視力喪失の原因の第一位を占めており、その予防と治療法の開発の重要性については言うまでもない。糖尿病網膜症の発症および進展は、血糖コントロールの良否に依存することは明らかであるが、一旦網膜症が発症し前増殖期まで進展すると、その後は血糖値が改善した場合でも増殖網膜症へと進行して失明に至ることも少なくない。増殖網膜症の病態の中心は結合織増生を伴う血管新生であり、この血管新生の機序を解明しその対策を講じることは網膜症治療の最重要課題である。本研究では増殖網膜症の成因に中心的な役割を演じているとされるVEGFの遺伝子発現制御機構および作用機構を明らかにし、糖尿病におけるVEGFの発現を調節する薬物療法、遺伝子療法、または作用を調節する薬物療法を開発することを目的としている。これにより、血糖コントロールでも抑制困難であり失明の直接原因となる増殖網膜症の内科的治療の可能性が期待される。
研究方法
1) 糖尿病実験動物モデルを用いた基礎的検討により糖尿病網膜症の発症進展にVEGFをはじめとした増殖因子やサイトカインの関与が明らかとなっている。ヒトの糖尿病網膜症においても同様であるかを明らかにするために、98例の糖尿病患者、18例の非糖尿病患者から硝子体手術時に前房水、硝子体液を採取し、液中のVEGF、インターロイキン-6(IL-6)、形質転換増殖因子-β2(TGF-β2)、アクチビンAを測定し、臨床的背景因子との関連について検討した。2) 高血糖状態が長時間持続すると、糖とアミノ酸の非酵素的反応によりAGEが産生される。AGEは、沈着した組織の機能変化を起こし、また種々の細胞にAGE受容体を介して作用し遺伝子発現などの多くの生物活性を有することが知られており、糖尿病合併症発症の原因の一つとして注目されている。そこで我々は眼内組織においてもAGEの蓄積が見られるか否かを検討するために、増殖網膜症患者より採取した虹彩および増殖膜をAGEの特異抗体用いて免疫組織学的に検討した。また、 AGE受容体の生化学的性質やその機能を、培養細胞を用いて検討した。4) 独自に開発した拍動流および拍動圧負荷システムを用いることにより、より生理的な環境下でのずり応力や圧などの物理的刺激に対する内皮細胞の反応を観察した。5) 我々(武藤ら)はこれまでに・TGF-β受容体IIのノックアウトマウス、・Apc遺伝子ノックアウトマウス、・Txn(Tricoredoxin)ノックアウトマウス、・COX2ノックアウトマウスを作成してきた。TGF-βや、炎症反応や活性酸素産生に関与するとされるCOX2の網膜症発症との関連について、これらのマウスを用い検討した。
結果と考察
我々は、糖尿病網膜症、特に増殖網膜症の発症進展に重要と考えられる血管新生について、強力な血管新生誘導作用を持つVEGFの発現制御を中心に検討を重ねてきた。これまでに、虚血、虚血/再灌流、活性酸素、AGE(advanced glycation endproducts)がin vitro、in vivoでVEGFの発現を亢進することを報告してきた。平成9年度の本研究ではこれまでの成果を踏まえ、糖尿病網膜症とVEGFやその他のサイトカインの関連についてさらに検討を加え、下記のことを明らかにした。
1)前房水および硝子体液中のVEGF、IL-6はともに糖尿病患者で非糖尿病患者に比し有意に上昇し、またVEGF濃度は増殖網膜症例で非糖尿病例や非増殖網膜症例に比し有意に上昇していた。また、硝子体液中TGF-β2濃度と硝子体出血の程度に相関がみられた。これらの結果から、増殖網膜症の血管新生を中心とした組織変化にVEGFやTGF-β2が深く関与していることが示唆された。IL-6の意義については現在の所不明であるが、高血糖状態でマクロファージからの産生が亢進することが知られており、糖尿病網膜症の発症進展にも何らかの影響を及ぼしている可能性が考えられ、今後検討を加えたい。
2)増殖網膜症患者より硝子体手術時に採取した虹彩および増殖膜を、AGEの特異抗体を用いて免疫組織学的に検討した。その結果、増殖網膜症患者の増殖膜や虹彩に強いAGEの蓄積が認められ、増殖網膜症や血管新生緑内障の発症にAGEが関与していることが示された。さらに同組織ではVEGF受容体の一つであるFlt-1の発現も亢進していることを明らかにした。我々はすでに、in vitroおよびin vivoにおいてAGEがVEGFの発現を亢進させることを報告しており、以上の結果を合わせるとAGEの増殖網膜症への関与は非常に大きいと考えられる。
先に述べたようにAGEの細胞に対する種々の作用は、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、マクロファージなどに発現するAGE受容体を介する作用であるとされる。これまでAGE受容体としては、macrophage scavenger receptor (MSR)、galectin-3、receptor for AGE (RAGE)の3つが同定されているが、それぞれの機能については未だ不明な点が多い。我々はAGE受容体についての基礎的研究を行い、galectin-3がAGEに特異的な受容体であることや、マクロファージ系細胞においてはMSRが主要なAGE受容体として働くことを明らかにした。さらに、血管平滑筋細胞に上記の3つの受容体とは異なる新たな受容体が存在することを明らかにし、現在その構造や生化学的性質について検討中である。
3)血管構築の調節や血管の内面を覆う内皮細胞の機能調節に血流(ずり応力)や血圧(張力)などの物理的刺激が重要な役割を演じているとされる。血管新生の過程にもこれらの刺激がNOや接着因子の発現を介して深く関与していると考えられる。しかしこれまでのこの分野に関する研究は、流速と圧をそれぞれ単独に負荷する実験システムで行われており、非生理的な実験系での観察であった。我々は、独自に開発した流速と圧を分離制御でき拍動流や拍動圧を負荷できる実験システムを用い、より生理的な環境下での物理的刺激に対する内皮細胞の反応を観察した。その結果、拍動流下で血管内皮細胞を培養すると、定常流負荷に比し内皮細胞の流れに沿った長円形への変形が強くなり、生体の血管で観察されるような内皮細胞の配列変化を認めた。現在、同システムを用い、ずり応力や圧によるVEGFや接着因子などの発現、さらにその細胞内情報伝達について検討中である。
4)Apc遺伝子ノックアウトマウスは、網膜肥厚を有することが知られており、その病態について組織学的検討を進めている。また、1)で述べたように、TGF-βは増殖膜形成に重要と考えられ、TGF-β受容体IIのノックアウトマウスの網膜組織の変化について検討を進めている。
虚血性網膜症の実験動物モデルとして、これまで高酸素負荷モデルが広く用いられている。我々も、同モデルを用い正常マウスの網膜に血管新生が誘導されることを確認した。そこで、TGF-β受容体II、Apc遺伝子、Txn、COX2のノックアウトマウスを用い同様の実験を行ない、虚血性網膜症における血管新生の誘導にこれらの遺伝子が関与するか否かについて検討を加える予定である。
1)前房水および硝子体液中のVEGF、IL-6はともに糖尿病患者で非糖尿病患者に比し有意に上昇し、またVEGF濃度は増殖網膜症例で非糖尿病例や非増殖網膜症例に比し有意に上昇していた。また、硝子体液中TGF-β2濃度と硝子体出血の程度に相関がみられた。これらの結果から、増殖網膜症の血管新生を中心とした組織変化にVEGFやTGF-β2が深く関与していることが示唆された。IL-6の意義については現在の所不明であるが、高血糖状態でマクロファージからの産生が亢進することが知られており、糖尿病網膜症の発症進展にも何らかの影響を及ぼしている可能性が考えられ、今後検討を加えたい。
2)増殖網膜症患者より硝子体手術時に採取した虹彩および増殖膜を、AGEの特異抗体を用いて免疫組織学的に検討した。その結果、増殖網膜症患者の増殖膜や虹彩に強いAGEの蓄積が認められ、増殖網膜症や血管新生緑内障の発症にAGEが関与していることが示された。さらに同組織ではVEGF受容体の一つであるFlt-1の発現も亢進していることを明らかにした。我々はすでに、in vitroおよびin vivoにおいてAGEがVEGFの発現を亢進させることを報告しており、以上の結果を合わせるとAGEの増殖網膜症への関与は非常に大きいと考えられる。
先に述べたようにAGEの細胞に対する種々の作用は、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、マクロファージなどに発現するAGE受容体を介する作用であるとされる。これまでAGE受容体としては、macrophage scavenger receptor (MSR)、galectin-3、receptor for AGE (RAGE)の3つが同定されているが、それぞれの機能については未だ不明な点が多い。我々はAGE受容体についての基礎的研究を行い、galectin-3がAGEに特異的な受容体であることや、マクロファージ系細胞においてはMSRが主要なAGE受容体として働くことを明らかにした。さらに、血管平滑筋細胞に上記の3つの受容体とは異なる新たな受容体が存在することを明らかにし、現在その構造や生化学的性質について検討中である。
3)血管構築の調節や血管の内面を覆う内皮細胞の機能調節に血流(ずり応力)や血圧(張力)などの物理的刺激が重要な役割を演じているとされる。血管新生の過程にもこれらの刺激がNOや接着因子の発現を介して深く関与していると考えられる。しかしこれまでのこの分野に関する研究は、流速と圧をそれぞれ単独に負荷する実験システムで行われており、非生理的な実験系での観察であった。我々は、独自に開発した流速と圧を分離制御でき拍動流や拍動圧を負荷できる実験システムを用い、より生理的な環境下での物理的刺激に対する内皮細胞の反応を観察した。その結果、拍動流下で血管内皮細胞を培養すると、定常流負荷に比し内皮細胞の流れに沿った長円形への変形が強くなり、生体の血管で観察されるような内皮細胞の配列変化を認めた。現在、同システムを用い、ずり応力や圧によるVEGFや接着因子などの発現、さらにその細胞内情報伝達について検討中である。
4)Apc遺伝子ノックアウトマウスは、網膜肥厚を有することが知られており、その病態について組織学的検討を進めている。また、1)で述べたように、TGF-βは増殖膜形成に重要と考えられ、TGF-β受容体IIのノックアウトマウスの網膜組織の変化について検討を進めている。
虚血性網膜症の実験動物モデルとして、これまで高酸素負荷モデルが広く用いられている。我々も、同モデルを用い正常マウスの網膜に血管新生が誘導されることを確認した。そこで、TGF-β受容体II、Apc遺伝子、Txn、COX2のノックアウトマウスを用い同様の実験を行ない、虚血性網膜症における血管新生の誘導にこれらの遺伝子が関与するか否かについて検討を加える予定である。
結論
ヒトの糖尿病網膜症の発症・進展にVEGFが関与することが確認された。このVEGF-VEGF受容体系の発現亢進、活性化にはAGEが直接あるいは間接的に関与していると考えられ、AGE-AGE受容体系の機能を解明することにより糖尿病状態におけるVEGFの発現機構の一部を明らかにできる可能性が示唆された。また、本研究により、血流異常と内皮細胞の機能変化、ApcやTGF-β受容体IIと糖尿病網膜症との関連についての研究の手掛かりを得ることができた。今後さらに検討を加え糖尿病網膜症の発症機序を明らかにすることにより、その予防法および治療法開発の可能性が期待できる。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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