人工内耳における電気刺激の関連組織に与える影響に関する研究

文献情報

文献番号
199700919A
報告書区分
総括
研究課題名
人工内耳における電気刺激の関連組織に与える影響に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
荒木 進(東京医科大学耳鼻咽喉科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
4,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 高度難聴者に対する人工内耳挿入術は日本でも数多く行われており良好な成績を得ている。難聴が末梢および中枢聴覚伝導路に与える影響はシナプスの変化、神経細胞サイズの減少などの解剖学的な変化に加えて、神経伝達物質の変化などの生化学的な変化も報告されている。蝸牛内電気刺激法はこれらのネガティブな変化を防止し得る有効な手段であることが動物実験でも証明されている。末梢においてはラセン神経節細胞を中心に蝸牛内慢性電気刺激の効果が報告されているが、中枢神経系における報告は少ない。近年、感覚刺激を始めとした各種刺激により、癌遺伝子の一つであるc-fosが刺激後極めて早期に発現することから、聴覚中枢路の解明にも応用されつつある。今回我々は、両側聾のラットの蝸牛内に電極を挿入して電気刺激を行い、c-fosの核内産物であるFos蛋白を免疫染色により脳幹の各中枢核において同定を行い、聴覚中枢での興奮のパターンおよびプロジェクションを調べることを目的とする。
研究方法
 実験動物として、SDラットを使用した。実験手順とし、まずケタミン(75mg/kg)およびザイラジン(8mg/kg)の筋注を行い、麻酔下、音刺激による聴性脳幹反応(ABR:evoked auditory brain stem response)を測定し、聴覚に異常がないことを確認した。次に、ラットの耳後部より中耳骨胞を開放し、正円窓より10%ネオマイシン液30?lを注入し、両側聾のラットを作製した。難聴の確認にはABRを使用した。5日後、再びケタミンおよびザイラジンの麻酔下、蝸牛鼓室階(基底回転、中回転、頂回転)に電極を挿入し、蝸牛の電気刺激によるABR(EABR:electrically ABR)の測定および閾値(X)の決定をおこなった。電極はmonopolar およびbipolar の電極を使用した。EABRの測定は頭頂部に設置したスクリューより行った。刺激には50?sec幅の矩形波を交互に逆転して与え、パルス幅100 pulse/sec、フィルターの条件は0.1Hz-3kHz とした。
EABRの測定後、再び覚醒させ、記録後6時間以上経過した後、ケタミンにて再び麻酔し、Fos蛋白発現のため90分間の電気刺激を行った。刺激終了後30分後、0.1モルPBS (phosphate buffer saline) および4%パラホルムアルデヒド液に脳を移し、さらに90分後、固定を行い、20%シュクロースにて一晩保存した。脳は凍結切片にて50?mの厚さでスライスされ、フリー・フローティング法にてFos免疫染色を行った。1次抗体としてFos蛋白に対するpolyclonal antibody (Oncogene Sciences)、2次抗体としてヤギ抗ウサギ血清を使用した。Fos陽性細胞は、カメラ・ルシーダにてドローリングを行いカウントを行った。また、一部の切片は2%チオニンにて対比染色を行った。
結果と考察
 蝸牛神経核においてはAVCN (anteroventral cochlear nucleus)、PVCN (posteroventral cochlear nucleus) およびDCN (dorsal cochlear nucleus) のfusiform cell layer とdeep layer において同側にのみFos陽性細胞を認めた。また、DCNのmolecular cell layerにおいては両側性にFos陽性細胞を認めた。一方、上オリーブ核群においてはLSO (lateral superior olive)およびLNTB (lateral nucleus of the trapezoid body)では同側に、VNTB(ventral nucleus of the trapezoid body)およびSPN (superior paraolivary nucleus)では対側にFos陽性細胞を認めた。MSO (medial superior olive)およびMNTB (medial nucleus of the trapezoid body)では両側にFos陽性細胞を認めた。また、外側毛帯核、下丘では対側優位にFos陽性細胞を認めた。従来より、聴覚中枢路は蝸牛神経核レベルまでは同側性の入力を受け、上オリーブ複合核より対側優位になると報告されているが、細胞レベルで、より詳細に脳幹でのactivityを確認することができた。また、これらFos陽性細胞は、蝸牛神経核、上オリーブ核、外側毛帯核、下丘においてそれぞれ刺激部位に一致して、tonotopicな興奮が得られた。特にbipolarで刺激した場合はmonopolarに比べて極めて局所の興奮が得られることがわかった。この結果はvan den Honert and Stypulkowskiらの電気生理学的データと一致する。また、刺激レベルの増大に応じて、Fos陽性細胞数の増加および広がりを認めた。特に、bipolarで局所刺激を行っても、閾値の10倍刺激では興奮が局所にとどまらず、幅広く興奮が広がることがわかった。
結論
 蝸牛内の局所を刺激するmulti-channel人工内耳は、ある一定範囲内では脳幹中枢においても有効に局所の興奮を引き起こし得ることがわかった。しかし、刺激レベル(刺激電流)の増大は中枢での情報量の増大をもたらす一方で、隣り合う電極間でinteractionを引き起こし、言語識別能の低下をもたらす可能性があることが示唆された。

公開日・更新日

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