高度聴覚障害者の補聴器装用効果評価システムの開発

文献情報

文献番号
199700918A
報告書区分
総括
研究課題名
高度聴覚障害者の補聴器装用効果評価システムの開発
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
田中 豊(東京医科大学耳鼻咽喉科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢化社会において、補聴器を装用して社会と関わっている人口が今後ますます多くなることが予想される。実際店頭で補聴器を購入する場合、フィッティング環境が実際の装用環境と異なるため、装用効果を購入時に十分に評価することが困難である。このため購入しても何らかの理由で使用していないのが現状である。本研究は耳鼻科医院、補聴器販売店に設置してある防音室程度の空間内でスピーカを用いて、実際の装用環境に近い仮想環境をvirtual reality soundで構築した擬似音場を補聴器装用者に提示し、装用効果を評価することを目的としている。今回擬似音場を構築するために、聴力正常者を用いて擬似音場における方向感を評価し、音場構築のためのシステムを開発することが目的である。
研究方法
無響室中央にHATS(Head And Torso Simulator、B&K 2128/4158)を、音源提示用のスピーカ(BOSE 101VM)をHATS頭部の中心から1.5mの距離に設置した。提示音源は、雑音発生器より出力された白色雑音とし、電力増幅器を通してスピーカに入力した。録音は、HATSをスピーカに対して正面方向から30°ずつ回転させた状態、計12方向からの提示音をHATSの両耳に内蔵されたマイクロホンおよび増幅器を通して直接コンピュータに記録した。
次に、被験者毎に補正した音源を作成するためにHATSおよび各被験者のHRTF(頭部伝達関数)を測定した。これにより、各被験者とHATSとの特性の差を計算し、先に記録した音源に畳込み演算処理を行う事で、本人の外耳道入口にマイクロホンを置いて録音した時と同じ音源を作る事ができる。
評価実験を行うための音場では、無響室内に4本のスピーカ(BOSE 101VM)を被験者の前側約80cmの位置に扇状に等間隔に設置した。この条件下で、各スピーカとHATSおよび各被験者の外耳道入口との間の伝達特性を測定した。評価に使用する2チャンネルの音源は、各被験者(またはHATS)の左右耳に各々直接入力されるべきものである。これらを単にスピーカから出力すると、本来入力されてはいけない反対側にクロストークとして混入してしまう事になる。そこで、4本のスピーカから出力する音を制御して反対側に伝わるクロストーク成分を打ち消すような特性を持つフィルタ特性を各被験者毎に計算、設定するために必要な特性を得るものである。
これら測定結果をもとに、各被験者に対して以下の3条件下で評価を行った。
条件1:HATSによる録音音源を使用し、提示音場の校正もHATSによるもの
条件2:HATSによる録音音源を使用し、提示音場の校正は各被験者の特性によるもの
条件3:HATSによる録音を各被験者の特性で補正した音源を使用し、提示音場の校正も各被験者の特性によるもの
ここで評価を行った被験者は、20~29歳の両耳正常な男女3名であった。音源の提示は約2秒間とし、提示間隔は約4秒間とした。音源提示の前に、被験者には正面から順に音源を時計方向に移動させた音を聞かせて確認させた。次にランダムに提示した音源の方向を答えさせ、検査者がその場で正解を教えることで被験者の練習課題とした。その後、12方向の音源をランダムに5回ずつ合計60回の提示を行い、音源の聞こえる方向を口頭で答えさせたものを検査者が記録した。
結果と考察
条件1の再生系を用いて得られた結果を見ると、男性では1,3,9時方向からの提示に対して正答率が10~30%と低い結果となった。特に1→2、3→2、4→3、9→8への混同が50%前後と多く、他には前後への混同が20%程度見られた。それに対し6~8時方向の正答率が比較的高く60~70%であった。後方の定位は良いが、前方の定位が悪く、後方への混同が多く見られる結果となった。同じ再生系を用いて女性で行った結果では、4、8時方向からの提示に対して正答率が10~20%と低く、2→3、4→2、8→ 9・10への混同が40~50%見られた。一方、1、3、6、9~12時方向の正答率が65~85%と比較的高い結果となった。男性に比べ前方の定位が良く、後方の定位が悪い結果となった。
条件2の再生系を用いた結果では、男性では1、2、4、11時方向の正答率が30~45%と低い結果となった。1→2・5、2→3、4→2、6→12、11→7・10、12→6への混同が25~50%見られた。一方3、5、8、9時方向からの提示に対して正答率が70~100%と高い結果となった。HATSの条件に比べ全体的に正答率が高く、特に3、9時方向の正答率が高くなったが、前方に比べ後方の定位が良い傾向に変化は見られなかった。同じ再生系を用いて女性で行った結果では、2、4、8時方向からの提示に対して正答率が30~40%と低い結果となり、2→3、4→2・3、7→8、8→9への混同が25~50%見られた。一方、1、5,6、9~12時方向からの提示に対して80~100%の高い正答率が得られた。男性にも見られたようにHATSの条件に比べ全体的に正答率が高くなったが、4、8時方向からの提示に対しては同様に低い結果となり、混同する傾向にも変化は見られなかった。
条件3の再生系を用いた結果では、男女ともに正答率が高く、男性では1、11、12時方向で、女性では1、3、6、7、9~12時方向からの提示に対して90%以上の正答率であった。他の再生系に比べ真正面と真後ろの正答率に改善が見られた。
評価に使用した音源および提示音場の条件は1が一般的であるといえるが、各被験者の特性を全く加味していないので、条件としては最も悪いと考えられる。条件3は各個人毎に設定したものであるから、最も良い条件であるといえ、条件2は、それらの中間的存在であるといえる。音響特性を各個人に合わせれば、理論的には普段聞いている通りの音が再現できる事になるが、測定や計算の時間を考えると必ずしも良いとはいえない。実際に利用する目的によって使い分けるべきなのであろうが、どの程度厳密に測定した場合にどの程度満足度の高い音場の再現ができるのかについては、まだこれからの課題であろうと思われる。
結論
実際の耳鼻咽喉科医院、補聴器販売店に設置してある防音室程度の空間内でスピーカーを用いて、virtual reality soundで構築した擬似音場を補聴器装用者に提示することはある程度可能と思われるが、現段階ではシステムの簡易化や処理時間の短縮など解決すべき課題も多い。しかし今回擬似音場を構築し、聴力正常者を用いて方向感を評価できたことは、さらにシステム開発を進めるために十分意義があると思われた。

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