緑内障視神経障害の分子機構解明と神経防御治療に関する研究

文献情報

文献番号
199700917A
報告書区分
総括
研究課題名
緑内障視神経障害の分子機構解明と神経防御治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
谷原 秀信(京都大学大学院医学研究科視覚病態学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
緑内障は、成人における主要な中途失明原因(糖尿病網膜症に次いで第2位)として知られる。疫学調査から、緑内障疾病率は人口の3%を占めると考えられている。緑内障では、眼圧異常により視神経・網膜が障害されることが知られているが、最近、緑内障神経節細胞死がアポトーシス細胞死機構によることが解明された。現存の緑内障治療のほとんどは、眼圧下降治療であるが、眼圧下降は視神経節細胞死の生じる頻度を減少させることで、視神経障害・視野異常の進行を防ぐ治療効果を得ていると推測される。今日の緑内障診療における治療手段としては、薬物治療、レーザー治療、手術治療などが臨床応用されているが、そのほとんどは眼圧下降治療とみなすことができる。しかし近年、緑内障視神経障害の本態が、神経節細胞死のアポトーシス細胞死によることが解明されており、直接的に細胞死を防ぐことで緑内障視神経障害を予防しようという概念が注目されてきた。本研究は、さまざまな分子生物学的手法を利用することで、緑内障視神経障害に係わる分子機構を解明するとともに、細胞死分子機構を生理活性因子硝子体注射、神経防御分子投与、遺伝導入技術などの多角的アプローチで臨床応用可能な形での「神経防御治療」を確立しようとするものである。
研究方法
第一に、サル緑内障モデル眼を作成した。実験的緑内障は、全周の線維柱帯に対して、レーザー光凝固を施行することによって、房水流出路破綻を人工的に作成して、眼圧上昇を惹起するものである。レーザー光凝固を繰り返すとともに、毎週眼圧と視神経乳頭所見、前眼部炎症所見などを経時的にモニターした。レーザー施行後1~3ヶ月で眼圧は上昇するが、その後しばらくすると典型的緑内障様視神経乳頭陥凹が生じる。その後、眼球摘出して、一部は神経網膜及び視神経を切除して、mRNAを抽出した。残りはin situ ハイブリダイゼーションや免疫組織化学的研究用に固定された。さらに新しい緑内障モデル眼の作成のために、線維柱帯性状を遺伝子レベルで改変するために、遺伝子導入技術をヒト線維柱帯細胞に対して、開発した。
結果と考察
緑内障モデル眼から採取した神経網膜において、ストレス応答・神経再生に係わる分子群を解析したところ、グリア細胞関連分子として知られるGFAPが緑内障眼で発現上昇していることを遺伝子レベル・タンパク質レベルの両面で証明していた。今回の研究において、特に「神経防御」に深くかかわる分子群の解析を行ったところ、多様な神経栄養因子・サイトカイン・アポトーシス関連分子群の中でも、BDNF, CNTF,IL-1などが緑内障眼で発現上昇することを認めた。この現象をさらに、緑内障進行期や個体間ばらつきなどを検証したところ、IL-1は緑内障進行期に顕著に発現上昇がみられており、緑内障早期にはむしろ反応は個体間ばらつきが多かった。さらにBDNFやCNTFなどの神経栄養因子の発現変化も、個体間格差が大きかった。免疫組織化学的研究の結果は、IL-1陽性細胞が神経節細胞層や内顆粒層に局在していることを示した。さらにIL-1に対するin situ ハイブリダイゼーションでも、同様に神経節細胞層や内顆粒層に局在するシグナルを確認できた。さらに、視神経mRNAを用いた半定量的RT-PCRにおいても、IL-1遺伝子発現の上昇がみられており、単に網膜組織のみならず、視神経レベルでもサイトカイン発現変化で表現される反応がみられた。免疫組織化学的実験においても、視神経のグリア細胞系がこのような反応の場になっていることが示された。また新しい緑内障実験モデル作成の可能性を考えて、培養ヒト線維柱帯細胞に対するHVJ-リポソーム法による遺伝子導入実験を開始し
た。in vitro実験で、FITC標識オリゴヌクレオチドを培養線維柱帯細胞に負荷したところ、蛍光色素取り込み率は98%であり、高効率に遺伝子導入出来ることが判明した。さらに、眼圧上昇(房水流出抵抗)に深くかかわる細胞外マトリックスのアンチセンス配列を有するオリゴヌクレオチドの導入実験を行ったが、これも高効率に導入できた。In vivo実験では、ラット眼前房内注入により、虹彩・毛様体組織や線維柱帯組織へ遺伝子導入出来ることが証明できた。特に霊長類(サル)眼の前房内注入実験では、選択的に線維柱帯細胞へ遺伝子導入できた。さらに網膜神経節細胞に対して、神経防御的に働くことが知られているコンドロイチン硫酸型プロテオグリカンについて研究して、デコリン、ニューログリカンC、ホスファカン、ニューロカンなどが網膜神経節細胞層に局在することを突き止めた。
結論
これらは従来の緑内障病態の理解に加えて、グリア細胞系分子機構のストレス応答が、眼圧ストレスに対して起動されており、それらがサイトカイン発現などを介して細胞死機構に関与しうることを示唆していると考えた。さらに、一部緑内障モデル眼で内因性神経栄養因子の反応性発現上昇があることから、眼圧上昇に対しての内因性「神経防御」機構の起動があると考えられた。しかし、その反応は軽微であり、緑内障視神経障害プロセスを停止・反転させうる程度のものではないと考えられた。これらをみても、直接的に神経節細胞へ目的遺伝子導入によりオートクリン・パラクリン的に作用させる「神経防御・遺伝子治療」が大きな研究課題として意識されるようになり、我々が開発した「HVJ・リポソーム法」遺伝子導入技術で安全・確実に神経節細胞へ目的遺伝子を導入できることは重要な意味を有すると思われる。さらにレーザー光凝固による反応性炎症を伴わない形での、緑内障モデル眼の作成は、遺伝子治療開発に向けて重要な課題となる。今回の我々の研究成果の一部から、遺伝子導入技術を利用した線維柱帯細胞の性状変化はこのような目的に合致したものとみなせる。このように、我々は「神経防御」概念を緑内障臨床応用するために重要な知見を得た。

公開日・更新日

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