文献情報
文献番号
199700911A
報告書区分
総括
研究課題名
多面的聴覚QOL評価に基づく難聴者の聴覚管理、指導に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
川瀬 哲明(東北大学医学部付属病院耳鼻咽喉科講師)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
聴覚障害者の社会参加に、適切な聴覚管理、指導が必須であることは言うまでもない。軽度の難聴者においても、個人の心理的、社会行動学的制約は予想以上に大きいことが指摘されており、本研究では、聴覚障害者の社会参加へ向けての、医療、福祉行政面からの系統的かつ総合的な聴覚管理の一助となるべき基礎的情報を提供する目的で、難聴者の聴覚障害を、単に聴力域値の上昇といった側面からだけではなく、心理的な側面まで含めた聴覚QOLとして多面的に評価し、さらに、補聴、中耳手術、人工内耳などの医療や、リハビリ指導の効果を聴覚QOLの利得として算出する試みを行った。
研究方法
(I)難聴者の聴覚QOLの評価: すでに米国でその妥当性が確立しているアンケート式の質問表(HHIA: Hearing Handicap Inventory for Adults, HHIE: Hearing Handicap Inventory for Elderly, Newman et al. 1990) を基に、日本語版評価法を作成し、試用した。評価内容は、難聴による聞き取りの困難を直接的に問う(social-situational element: S項目)14項目と、より難聴による心理的な影響を問う(emotional element: E項目)14項目の計28項目より構成された。対象は、補聴器、人工内耳の装用、装着者、並びに装用、装着予定者合計300名。結果は聴力検査、語音聴力検査の結果、並びに各個人の生活背景などと比較検討した。
(II)中耳手術と両耳聴:聴力域値の改善といった点からだけではない聴覚QOLの改善として、中耳手術により改善される、聴覚の非対称(主に一側病変症例)について、アンケート並びに、実際の音像定位測定を行い検討した。対象は鼓室、鼓膜形成術を施行した症例20症例。音像定位能は、ヘッドフォン下に仮想音源を再現し、定位能力正常耳における結果と比較検討した。
(II)中耳手術と両耳聴:聴力域値の改善といった点からだけではない聴覚QOLの改善として、中耳手術により改善される、聴覚の非対称(主に一側病変症例)について、アンケート並びに、実際の音像定位測定を行い検討した。対象は鼓室、鼓膜形成術を施行した症例20症例。音像定位能は、ヘッドフォン下に仮想音源を再現し、定位能力正常耳における結果と比較検討した。
結果と考察
A 結果
(I)難聴者の聴覚ハンディキャップ:聴覚QOLの評価により、以下のことが明かとなった。(a)聴覚障害による生活上のハンディキャップは、聴覚能に強く依存する要素と、より各個人の生活背景、習慣、パーソナリティーに影響をうける要素にわかれること、(b)同じ、聴力レベルに依存性の項目でも、聞き取りに直接関係する内容については、ごく軽度の難聴レベルで、ほとんどの難聴者が困難を自覚すること、(c)難聴があるために、人と会うことを避けたり、外出を避けるといった項目も、比較的聴力レベル依存性に困難を自覚する割合が増加する項目であったが、中等度難聴で半数~2/3、70 dB以上で90%以上の難聴者で難聴の影響があること、(d)心理面での影響では、難聴による会話時の気後れ、気まずさ、などの項目は、比較的軽度の難聴者から認められたが、一方、聴力レベルに依存せず、各個人の生活背景、習慣、パーソナリティーに影響をうける要素も少ないこと、などが明らかとなった。
(II)補聴器装用と聴覚QOL:補聴器装用は、聴覚QOLからみてどのような効果があるのか検討した。今回は、すでに補聴器を装用している対象者に、補聴器の装用効果をアンケート様式で回答してもらった。その結果、補聴器の装用効果について、・聴覚QOLからみた補聴効果は、聴力レベルが40dB台から70dB台までのいわゆる中等度難聴を中心とした群で大きい傾向にあり、それより軽度、あるいは、それより高度の難聴群では、いずれの群においても、聴覚QOLの改善程度は低下する傾向にあった。これは、30dB台の軽度難聴者は、聞き取りの困難さを自覚し始める聴力レベルであるが、もともとの聴覚QOLの低下程度が比較的軽度であるので、補聴により改善される効果に比べて、雑音などの増幅によるネガティブな効果も大きく(聴力域値が低いので、わずかの増幅により、雑音も通常以上に気になることが多い)、改善程度が低い傾向にあったものと思われる。一方、あるレベルを超える高度難聴者では、残存聴覚機能が不良であるために補聴によっても聞き取りを十分改善することができず、「音は大きくなるが言葉はわからず、うるさいだけ」に代表される、補聴効果の限界を、示唆しているものと思われた。
(III)人工内耳の聴覚QOLからみた効果: 人工内耳の装用の、聴覚QOLに与える影響についても5症例について検討した。その結果、言葉の聞き取りという点での改善効果が不十分な段階でも、音が入ることによる心理的、社会行動学的な聴覚QOLの改善が、非常に大きく、本治療の効果の判定に総合的な聴覚QOLからみた、評価が必須であることが示された。また、QOL値はアンケート結果をもとに点数化し評価したが、改善程度を理解する上で有用であると思われた。
(IV)中耳手術と両耳聴: アンケート結果からは、約1/4の症例で、中耳手術による聴力改善により、「ステレオ感の改善」「方向感の改善」を自覚する症例が存在した。一方で、実際の音像定位能力は、比較的術前から良好な症例が多く(RMS error値で検討)、聴力改善に伴う音像定位能の改善も、急性の聴力非対称実験から示されるほど大きなものではなく、アンケート結果との不一致傾向が認められた。
B考察 結果の項で示したように、難聴者の聴覚ハンディキャップは、比較的軽度の難聴症例より予想以上に大きく、聴覚QOLを総合的に評価することで、単なる「聴こえ」の域値の観点から見ただけでは把握することのできない、補聴や人工内耳、中耳手術などの効果が評価されうることが明かとなった。例えば、補聴効果は、域値の改善という点では、増幅によりすべての難聴者に利得があるわけであるが、聴覚QOLから検討すると中等度難聴では、比較的大きなQOL値の改善が認められたが、逆により軽度や、より高度の難聴群ではQOL値の観点からは、それ程の効果を認めることができなかった。また、人工内耳症例では、特に社会行動学的、心理学的スケールの改善が顕著で、域値、語音了解度だけから評価される以上の効果が示された。
難聴は、疾患としての側面がある一方で、聴覚障害としての側面を有する。従来、障害としての側面は、より高度な難聴者を対象に検討や、行政対策が行われてきた感がある。しかしながら、今回の研究でもあらためて示されたように、老人性難聴に代表される、軽度、中等度の難聴者でも、かなりの聴覚ハンディキャップを自覚していることが明かとなった。これらのハンディキャップは、補聴、中耳手術等で改善させ得る場合も少なくないが、その際の指導にも、聴覚障害をQOLの劣化の観点から評価し、よりよりQOLの再現といった視点で、難聴管理の選択などを検討することが重要であると思われた。
(I)難聴者の聴覚ハンディキャップ:聴覚QOLの評価により、以下のことが明かとなった。(a)聴覚障害による生活上のハンディキャップは、聴覚能に強く依存する要素と、より各個人の生活背景、習慣、パーソナリティーに影響をうける要素にわかれること、(b)同じ、聴力レベルに依存性の項目でも、聞き取りに直接関係する内容については、ごく軽度の難聴レベルで、ほとんどの難聴者が困難を自覚すること、(c)難聴があるために、人と会うことを避けたり、外出を避けるといった項目も、比較的聴力レベル依存性に困難を自覚する割合が増加する項目であったが、中等度難聴で半数~2/3、70 dB以上で90%以上の難聴者で難聴の影響があること、(d)心理面での影響では、難聴による会話時の気後れ、気まずさ、などの項目は、比較的軽度の難聴者から認められたが、一方、聴力レベルに依存せず、各個人の生活背景、習慣、パーソナリティーに影響をうける要素も少ないこと、などが明らかとなった。
(II)補聴器装用と聴覚QOL:補聴器装用は、聴覚QOLからみてどのような効果があるのか検討した。今回は、すでに補聴器を装用している対象者に、補聴器の装用効果をアンケート様式で回答してもらった。その結果、補聴器の装用効果について、・聴覚QOLからみた補聴効果は、聴力レベルが40dB台から70dB台までのいわゆる中等度難聴を中心とした群で大きい傾向にあり、それより軽度、あるいは、それより高度の難聴群では、いずれの群においても、聴覚QOLの改善程度は低下する傾向にあった。これは、30dB台の軽度難聴者は、聞き取りの困難さを自覚し始める聴力レベルであるが、もともとの聴覚QOLの低下程度が比較的軽度であるので、補聴により改善される効果に比べて、雑音などの増幅によるネガティブな効果も大きく(聴力域値が低いので、わずかの増幅により、雑音も通常以上に気になることが多い)、改善程度が低い傾向にあったものと思われる。一方、あるレベルを超える高度難聴者では、残存聴覚機能が不良であるために補聴によっても聞き取りを十分改善することができず、「音は大きくなるが言葉はわからず、うるさいだけ」に代表される、補聴効果の限界を、示唆しているものと思われた。
(III)人工内耳の聴覚QOLからみた効果: 人工内耳の装用の、聴覚QOLに与える影響についても5症例について検討した。その結果、言葉の聞き取りという点での改善効果が不十分な段階でも、音が入ることによる心理的、社会行動学的な聴覚QOLの改善が、非常に大きく、本治療の効果の判定に総合的な聴覚QOLからみた、評価が必須であることが示された。また、QOL値はアンケート結果をもとに点数化し評価したが、改善程度を理解する上で有用であると思われた。
(IV)中耳手術と両耳聴: アンケート結果からは、約1/4の症例で、中耳手術による聴力改善により、「ステレオ感の改善」「方向感の改善」を自覚する症例が存在した。一方で、実際の音像定位能力は、比較的術前から良好な症例が多く(RMS error値で検討)、聴力改善に伴う音像定位能の改善も、急性の聴力非対称実験から示されるほど大きなものではなく、アンケート結果との不一致傾向が認められた。
B考察 結果の項で示したように、難聴者の聴覚ハンディキャップは、比較的軽度の難聴症例より予想以上に大きく、聴覚QOLを総合的に評価することで、単なる「聴こえ」の域値の観点から見ただけでは把握することのできない、補聴や人工内耳、中耳手術などの効果が評価されうることが明かとなった。例えば、補聴効果は、域値の改善という点では、増幅によりすべての難聴者に利得があるわけであるが、聴覚QOLから検討すると中等度難聴では、比較的大きなQOL値の改善が認められたが、逆により軽度や、より高度の難聴群ではQOL値の観点からは、それ程の効果を認めることができなかった。また、人工内耳症例では、特に社会行動学的、心理学的スケールの改善が顕著で、域値、語音了解度だけから評価される以上の効果が示された。
難聴は、疾患としての側面がある一方で、聴覚障害としての側面を有する。従来、障害としての側面は、より高度な難聴者を対象に検討や、行政対策が行われてきた感がある。しかしながら、今回の研究でもあらためて示されたように、老人性難聴に代表される、軽度、中等度の難聴者でも、かなりの聴覚ハンディキャップを自覚していることが明かとなった。これらのハンディキャップは、補聴、中耳手術等で改善させ得る場合も少なくないが、その際の指導にも、聴覚障害をQOLの劣化の観点から評価し、よりよりQOLの再現といった視点で、難聴管理の選択などを検討することが重要であると思われた。
結論
(I)難聴者を聴覚QOLの観点から評価し、補聴、中耳手術、人工内耳などの医療、リハビリの効果を検討する試みを行った。
(II)聴覚QOLは、30dB台のごく軽度の難聴から急激に悪化し、中等度の難聴では心理的には、高度の難聴と同程度のQOLの低下を自覚する場合が少なくななく、同程度の聴力レベル間での聴覚QOLの違いは、各個人の生活背景、パーソナリティーを反映する場合が少なくない。
(III)補聴器装用、人工内耳などの聴覚QOLからみた効果は、単なる聴取域値の改善利得から計ることのできず、難聴に対する医療、リハビリなどの障害軽減のための治療方法、対策の選択や評価に、聴覚QOLの概念が非常に有用かつ必須である。
(IV)聴覚障害に対する医療、保健、福祉の面からの総合的な聴覚管理対策にも、今回の研究で明らかにされた聴覚QOL利得の概念が有用であると思われる。
(II)聴覚QOLは、30dB台のごく軽度の難聴から急激に悪化し、中等度の難聴では心理的には、高度の難聴と同程度のQOLの低下を自覚する場合が少なくななく、同程度の聴力レベル間での聴覚QOLの違いは、各個人の生活背景、パーソナリティーを反映する場合が少なくない。
(III)補聴器装用、人工内耳などの聴覚QOLからみた効果は、単なる聴取域値の改善利得から計ることのできず、難聴に対する医療、リハビリなどの障害軽減のための治療方法、対策の選択や評価に、聴覚QOLの概念が非常に有用かつ必須である。
(IV)聴覚障害に対する医療、保健、福祉の面からの総合的な聴覚管理対策にも、今回の研究で明らかにされた聴覚QOL利得の概念が有用であると思われる。
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