遺伝性難聴の遺伝子解析に関する研究

文献情報

文献番号
199700910A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝性難聴の遺伝子解析に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
宇佐美 真一(弘前大学医学部耳鼻咽喉科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
54,517,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
小児の感音難聴の半数以上は遺伝子の異常によるとされるが、ここ数年の分子遺伝学のめざましい発展により、すでにいくつかの遺伝性難聴の原因遺伝子が特定され始めている。当施設では臨床経過を追っている約100家系の遺伝性難聴家系について遺伝子解析を開始し、ミトコンドリア遺伝子変異による難聴家系が多数含まれていることを報告した。今後は難聴家系のほとんどを占める常染色体上の原因遺伝子の特定を行ない正確な診断、適切な治療に結び付けていく必要性がある。今回、当科で集積した遺伝性難聴家系を中心に、難聴の原因遺伝子の解析をするために本研究を企図した。
研究方法
当科で集積した遺伝性難聴家系に関し臨床分類を行った。これらの家系にマイクロサテライト多型解析による連鎖解析を行い病因遺伝子座の決定を試みるとともに、既知の原因遺伝子の関与についてもヘテロデユプレックス法、直接シークエンス法を用い検討した。
結果と考察
当施設で昭和40年代(1960年代)より臨床経過を追っている遺伝性難聴家系約100家系について常染色体優性遺伝、常染色体劣性遺伝、およびミトコンドリア遺伝の形式を取るもの各々について分類した結果、ミトコンドリア遺伝子変異(1555変異)による難聴家系および常染色体劣性遺伝形式をとる家系が非常に多いことが明らかとなった。一般に常染色体劣性遺伝の研究は遺伝子のheterogeneityのために原因遺伝子の特定が困難であったが、当地方は従来、人の交流が少なく、遺伝子のhomogeneityが保たれている可能性が高い。常染色体劣性遺伝形式を示す非症候群性難聴家系34家系に関し臨床像の特徴をまとめ分類を試みた。その結果、聴力像から大きく3つのタイプに分類されることが明らかとなった。第1のグループ(13家系)は高音漸傾型を呈する軽度ー中等度難聴を示すグループで非進行性であるのが特徴である。第2のグループは高音障害型の難聴で中低音は軽度障害されるのみで緩やかに進行するが成人期になると進行は停止するのが特徴である(16家系)。第3のグループは高度難聴型であるがこのタイプを示す家系は5家系のみであり当地方には比較的少ないタイプの難聴であることが示唆された。我々の症例の中にミトコンドリア遺伝子の変異(1555A->G点変異)を持つ症例が多く見い出された。ミトコンドリア遺伝子は核遺伝子の約10倍の割合で変異を受けやすく、このDNAの多型を利用して個体や人種の識別が行われている。今回1555変異を持つ11家系のミトコンドリアDNAの多型について解析を行い、1555変異を持つ11家系に共通する他の点変異の有無、あるいは進化的側面からみた1555変異の位置付けを行った。抽出したミトコンドリアDNAにおける11ケ所の点変異の有無に関し8種類の制限酵素を用い、PCR-RFLP法にて検討した。またアジア人に特異的とされる9bp-deletionの有無の検討やD-loopの塩基配列から変異の確認を行った。これらの遺伝子解析により1555変異を持つ家系の共通祖先はなく比較的最近起こった遺伝子変異であることが推測された。この変異を持つ80名の患者の臨床像に関して検討を行った結果、難聴を持たない患者から高度難聴を呈する患者までバリエーションが多いものの、難聴は両側性、対称性、高音障害型の感音難聴を呈し時に進行性であることが明かとなった。臨床的にはミトコンドリア遺伝子の変異(1555A->G点変異)があるとアミノ配糖体抗生物質により容易に難聴を来たすことが知られている。しかし症例を詳細に検討したところ中にはアミノ配糖体投与歴が無く、いわゆる特発性難聴の形で難聴を来たした症例もあり、種々の外因により難聴が引き起こされる可能性があることが明かになった。すなわちこの遺伝子異常が
内耳の易受傷性と関連している可能性が示唆された。また一旦難聴が引き起こされると薬物治療などによる聴力改善は困難であるが、この遺伝子変異を持つ高度難聴患者に対し人工内耳を行ったところ良好な成績が得られたことは難聴者にとって大きな福音となると思われた。またこの変異を持っていると副作用の少ないとされる新しいアミノ配糖体抗生物質に対しても容易に難聴を引き起こしてしまうことが明かになり注意が必要であることを強調した。この遺伝子変異を持つ患者に関してはある程度の予防が可能であることから、家族や血縁者に対しては積極的に遺伝子検査を行い、予防の必要性を強調している。現在この変異を持つ患者に対してはアミノ配糖体抗生物質に注意するよう「薬物カード」を渡している。また難聴者に占めるミトコンドリア遺伝子の変異を検討した結果、難聴患者の約1%に1555A->G点変異が見い出された。またアミノ配糖体による難聴患者に限るとさらに頻度は高くなり我々の症例で検討した結果、アミノ配糖体による難聴者の約1/3に変異が検出された。対象の患者を絞り込めばかなりの頻度でこの変異が見い出される可能性が高いと思われた。また難聴に関連するその他のミトコンドリア遺伝子の変異も同時に検討したところ、糖尿病に関連する3243A->G変異例が1例確認された。しかしながら我々の症例の中には非症候群性難聴を引き起こすとされる7445A->G変異は見い出せなかった。従って、上記の1555A->G点変異が最も高頻度で重要な変異であると思われた。今回、常染色体劣性遺伝形式をとる家系のなかで前庭水管拡大を伴った難聴症例が数多く見い出された。この難聴は変動する聴力障害を特徴にしており時にめまいを伴うことが明らかとなっている。今回、マイクロサテライト多型解析による連鎖解析を行い病因遺伝子座の決定を試みた結果、第7番染色体長腕に原因遺伝子座が存在することが明らかとなった。この原因遺伝子座はPendred症候群の原因遺伝子(PDS)の存在部位と同じ領域であることより、PDSが前庭水管拡大を伴った難聴の原因となっている可能性が示唆された。しかしながらこの疾患群は甲状腺腫を伴うPendred症候群とは臨床的に異なっていることより、同一の遺伝子が表現型の異なる2つの疾患の原因遺伝子であるという興味ある可能性が示唆された。現在、前庭水管拡大を伴った難聴症例におけるPDSの変異の有無について検討中である。当地方において多数の家系が発見されたことより共通した祖先の存在も推測されたがミトコンドリアのDループを利用した系統樹ではその可能性は少ないものと思われた。事実、最近の報告では前庭水管拡大は内耳の奇形のうちで最も高頻度に見い出されるとされており、今後CT scanの普及により将来的にこの奇形を伴う難聴患者がさらに数多く発見されていくと思われる。従ってこの疾患群の遺伝子的背景を明かにすることは意義のあることであると思われた。新しい遺伝子座の発見と共にコネキシン(Cx)26遺伝子やEYA1遺伝子など難聴の原因遺伝子として同定されたいくつかの遺伝子の関与について検討した。コネキシン(Cx)26遺伝子はギャップ結合蛋白をコードする遺伝子であるが、Cx26の変異が常染色体劣性遺伝や優性遺伝形式をとる難聴家系に見い出されて以来注目を集めている。今回、我々の外来を受診した難聴患者に関しCx26の変異をスクリーニングした結果、3種類の新たな変異が確認された。この結果はCx26遺伝子変異が多くの難聴に関与している可能性があることを示唆している。欧米では30(35)delGという変異が数多く報告されているが日本人にこの変異が多いか否かに関してさらに検討が必要と思われた。またEYA1遺伝子はBOR症候群の原因遺伝子として8番染色体に存在することが明かにされているが、今回我々の家系を解析したところexon7に変異が存在することが明らかになった。BOR症候群の表現型は非常にバリエーションが多いことが報告されているがその原因に関しては良く分かっていなかった。今後、遺伝子解析を進めることにより表現型と遺伝子変異の関連性が次第に明かになってくるものと思われる。また将来的にBOR
症候群における遺伝子解析は正確な診断とともに遺伝相談に重要な情報となると思われた。
結論
今回の研究でこれら難聴の原因遺伝子の変異が数多く発見されたことにより、難聴患者を診察する際、難聴には遺伝子が関与している可能性があることを常に念頭に入れる必要があると思われた。難聴の遺伝子解析によって得られたこれらの新事実は従来の疾患概念を変えてしまうばかりでなく、病態の解明につながっていくものと思われ、将来的に難聴の診断法、治療法、予防に大きく寄与するものと思われた。

公開日・更新日

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