細胞性因子によるHIV増殖制御機構に関する研究

文献情報

文献番号
199700902A
報告書区分
総括
研究課題名
細胞性因子によるHIV増殖制御機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
酒井 博幸(京都大学ウイルス研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
エイズの病因ウイルスであるHIVの増殖は様々な因子によって調節されている。特に宿主細胞との関わりにおいて、HIVの遺伝子発現は宿主細胞の増殖・分化状態に応じて制御されており、またウイルスの持つ因子は自身の複製のみでなく、宿主細胞にも多様な影響を及ぼしていることが分かる。HIVの複製機構とその病原性の発現を知る上で、ウイルスと細胞の間でのコミュニケーションを分子のレベルで解明することが必要となっており、エイズ発症阻止に向けての重要な示唆を与えるものと考えられる。
本研究においてはHIVの持つ各遺伝子の機能に対して、宿主細胞との相互作用という点から解析を加える。特にここではウイルス構造蛋白の一つであるEnvのサイトプラスミックテイルに着目して、その機能の細胞選択性を調べた。最終的には遺伝子機能発現に関わる特異的な細胞性因子を同定することで、より詳細なウイルス複製機構の解明と新しい抗エイズ剤の標的の検索を目的とする。
研究方法
HIV-1のウイルス材料としてはLAI株の感染性DNAクローンを用いた。これをもとにしてTM蛋白のCT領域の欠失変異体8種を作成した。作成にあたってはオリゴヌクレオチドによる部位特異的ミュータジェネシスを行いCT領域のenvORF上にストップコドンを導入した。その結果野生型(CT領域の長さは151アミノ酸)から2、15、41、61、88、104、130、146アミノ酸を欠いた変異体を得て、それぞれdCT-2、dCT-15などと呼ぶことにした。感染実験に用いたウイルスはこれらのDNAをA3.01やHeLa、Sw480細胞にトランスフェクトすることで得た。
一過性のウイルス感染を各ステップ毎に解析するためにSingle round infection assay(SRIA)を用いた。この目的のため先に作成した各変異体をもとに、nef領域にCAT遺伝子を導入し更にrevの開始コドンをつぶしたものを構築した。このアッセイは特にウイルス感染の初期過程(吸着からDNA組込みまで)の効率を調べるために利用した。
ウイルスの吸着効率と侵入効率を分けて調べるために低温下での吸着と通常温度に戻してからの侵入をp24抗原量をELISAによって測定し、それぞれの効率を評価した。
ウイルス蛋白の解析はエイズ患者血清を用いた免疫沈降法によった。また細胞表面のウイルス蛋白を調べる目的には表面蛋白に対するビオチン化標識を併用した。
結果と考察
LAI株をもとに作成したCT欠失ウイルスはいずれもトランスフェクションによって正常に得られた。ただしdCT-88とdCT-130に関してはややウイルス生成量が少なくなっていたが、これらの場合envへのストップコドン導入と同時にrevORFに1アミノ酸置換が生じており、それによってRev活性が低下したためではないかと考えられたがこの点は確認していない。
野生型を含む9種類のウイルスの増殖能力をA3.01とF9細胞での感染実験によって調べた。ウイルスの増殖能はCTの欠失に伴って段階的に低下しdCT-61でほぼ完全に感染性を失った。更に欠失を進めたdCT-146では増殖速度は遅いが感染性自体は復活した。
HIV-1感染にCT領域が重要であることは確認できたが、その機構を調べる目的でSRIAを用い感染初期過程の進行を確認した。A3.01、Molt4、H9、HeLa細胞にトランスフェクトすることによって得たウイルスは先の感染実験の結果を支持した。つまり感染初期過程の効率はCTの欠失に伴って低下し61アミノ酸の欠失で感染効率は完全に失われた。またdCT-130では野生型の50%ほどの効率で感染可能となった。一方MT4、Molt3、SW480細胞にトランスフェクトして得たウイルスではCT欠失ウイルスでも50%程度の感染性は保持されていた。そこでMT4とMolt3で変異ウイルスの増殖能を通常の感染実験で調べたところ、SRIAの結果が確認できた。このことからCT領域はHIV-1のビリオンの感染初期効率に重要であるが、その機能発現には細胞選択性があることが示された。
HIV-1のCT欠失に対する感受性に関して、用いた細胞は大きく2群に分類できた。そこでこれら2群の細胞から得られたCT欠失ウイルスにどの様な質的な違いがあるかをウイルス蛋白組成を調べることによって検討した。ここではCT欠失に対して感受性の(感染性を失う)ものとしてHeLa細胞を、非感受性のものとしてSW480細胞を用いた。T細胞株を利用することが望ましいが、感受性のものではDNAのトランスフェクションを利用しないとウイルス蛋白の解析が行えない。一般にT細胞株はトランスフェクション効率が低く解析には用いにくい。HeLaとSW480細胞は本来の宿主細胞とは異なるがトランスフェクションによって解析可能なウイルス蛋白を発現できることから利用した。
細胞内のウイルス蛋白発現を調べたところいずれの細胞でも一群のウイルス蛋白が確認できた。CT欠失によってgPr160のSDS-PAGE上での易動度が早くなっていたが、その量やgp120やgag前駆体蛋白との比率はほとんど変化していなかった。つまり細胞内の蛋白組成の検討からはCT領域が感染性に及ぼす効果は考察できなかった。ただしHeLaとSW480細胞間で細胞内ウイルス蛋白組成比や発現量の差異は認められた。特にSW480ではEnvgp120が細胞に多く認められたがこれは細胞表面や小胞内に付随したウイルス粒子の量を反映したものではないかと考えられた。
放出されたウイルス粒子を調べたところ、どちらの細胞でもCT欠失に伴ってp24(CA)に対するgp120の量が減少していることが確認できた。つまりCTはEnvのビリオンへの取り込み効率に関与していることが分かる。また欠失を進めdCT-130まで詰めるとgp120取り込み効率が回復していた。このことは既に述べた感染効率の回復と相関しているようである。このgp120の取り込み量の変化はウイルス粒子の感染性低下の主要な因子とは考えられない。なぜならCT欠失非感受性のSW480細胞でもこの現象は同じように認められたからである。更に詳しく検討するとHeLa細胞ではCT欠失に伴ってウイルス粒子内にgPr160が混入してくることが分かった。gPr160はCD4結合能はあるが細胞融合活性が無く粒子に感染性が寄与できない。
HeLa細胞から得られたウイルスは感染初期の効率が低下していることがSRIAで確認されているが、更にこの過程の吸着・侵入効率を詳しく調べどの段階に欠失かあるかを解析した。どちらの細胞から得られたウイルスも吸着効率はウイルス表面のEnv(gp1201+gp160)量に相関しているようであった。SW480由来のウイルスではその後の侵入効率は吸着効率を反映していた。しかしHeLa由来のものはCT欠失によって侵入効率が低下していることが分かった。このことはHeLa細胞由来のCT欠損ウイルス粒子にgPr160が取り込まれた結果生ずる表現形と一致し、感染性低下の主要因がgPr160の粒子への取り込みであるという考察を支持するものである。
HeLa細胞においてCT欠失変異ウイルスにEnv前駆体蛋白が取り込まれる機構としては(1)gPr160の細胞表面への輸送がCT欠失によって促進されたため、あるいは(2)細胞表面にあるgPr160は本来ビリオンには取り込まれないようになっているがCT欠失によってその選択性が失われたため、などの理由が考えられた。そこで細胞表面に発現しているウイルス蛋白も含めて解析したところ、CTの欠失によってgPr160の発現や表面への輸送・安定性には影響は見られず、粒子への取り込みの段階で選択性が失われていることが分かった。このような取り込みの選択性の欠如は、前駆体からgp120とgp41への開裂が出来ない変異体、つまりgPr160単独では認められなかった。gPr160単独では粒子への取り込み効率は低くCT欠失によってそれは更に低下した。このことが前駆体型のEnv蛋白は成熟型のものに混合して取り込まれたことを示す。
結論
HIV-1のCTの感染における重要性を確かめ、その機能発現には細胞性因子が関わっていることを示唆した。今後はこの宿主因子の同定を進め、新しい抗ウイルス剤の標的を検索したい。またCT欠失型前駆体蛋白がウイルス粒子に一部混入するだけで、その感染性を著しく低下することから、この蛋白がドミナントネガティブに働く因子として利用できる可能性が示された。ここで得られた基礎的な情報をもとにエイズ発症の予防・治療に向けての応用へと展開したいと考えている。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)