レトロウイルスの感染増殖の分子機構に関する研究

文献情報

文献番号
199700900A
報告書区分
総括
研究課題名
レトロウイルスの感染増殖の分子機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
村松 知成(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
Mo-MuLVのプロテアーゼ合成などに関与するUAGサプレッサーグルタミンtRNAの発現がレトロウイルスの感染増殖と連動していることをこれまでに見出し、報告してきた。このtRNA遺伝子の発現調節機構に関するこれまでの解析結果から、tRNA遺伝子の構造遺伝子の5'上流域にSTGBP(suppressor tRNA gene binding protein)と命名したUSF様の核タンパク質が結合し、それによってtRNA遺伝子の発現が負に制御されていることがわかってきた。ところがUSFは本来RNA polymerase IIによる転写反応に関与する因子で、tRNA遺伝子のようにRNA polymerase IIIによって転写される反応には関与していないと考えられてきた。もしこの考え方が正しいとすると、STGBP/USFによって転写調節を受け、しかもRNA polymerase IIによって転写される遺伝子がサプレッサーtRNA遺伝子の周辺に存在することを示唆している。この可能性を検討するために本研究ではtRNA遺伝子周辺のDNA構造の解析を行ない、他の遺伝子の存在の有無を調べ、存在した場合にはそれら遺伝子の発現とウイルスの感染増殖との相関性を明らかにしていく。
研究方法
マウスゲノムライブラリーをスクリーニングし、サプレッサーグルタミンtRNA遺伝子を含むゲノムDNA断片を得る。得られたDNA断片をプローブとしてマウスの各組織の全RNAに対してノザン解析を行なって、サプレッサーグルタミンtRNA遺伝子の周辺にmRNAをコードする遺伝子(の一部)が存在するかどうかを調べる。
結果と考察
グルタミンサプレッサーtRNAはMo-MuLVの増殖に必須とされるウイルスプロテアーゼ遺伝子内のUAGコドンのサプレッションに関与している。ところが、このサプレッサーtRNA遺伝子をプラスミドに組み込み、このtRNAの細胞内含量を人工的に増やしてもウイルスの増殖が有利になるということはなかった(未発表)。このようなことから、このtRNA自身ではなくその遺伝子の制御領域、あるいはtRNA遺伝子自身が他の遺伝子の発現調節に関わり、その遺伝子産物がウイルス感染増殖に対して、より大きな影響を持つ可能性がでてきた。 そこで、今回、サプレッサーtRNA遺伝子を含むマウスのゲノムDNA断片(15 kbp)を単離し、その全塩基配列を決定した。次に得られたDNAの種々の断片をプローブとし、マウスの各組織より得た全RNAに対してノーザン解析を行なった。その結果、肝臓以外の種々の組織で広く発現している約7 kbのmRNAとクロスハイブリすることがわかった。さらに面白いことに、サプレッサーtRNA遺伝子がこの7 kb mRNAをコードする遺伝子のイントロン部分にあることが明らかになってきた。これとは別に上記15 kb DNA断片中には約5 kbのmRNAをコードする別の遺伝子が存在することもわかってきた。
面白いことにMo-MuLVを感染させたNIH-3T3細胞では7 kb mRNAの発現は未感染細胞のものに比べて低いことがわかった。この結果は、サプレッサーtRNAの場合と逆でウイルスの感染により抑制されていることを示し、7 kb mRNAの発現がウイルスの感染増殖にとって不都合な遺伝情報を提供しているとの可能性を示唆するものである。また、発現調節機構の面から考えると、ウイルス感染に対して、tRNA遺伝子の発現と7 kb mRNAの発現は逆相関の関係にあるということは、転写レベルでtRNA遺伝子と7 kb mRNA遺伝子の間に核蛋白質STGBP/USFを介して競争関係のあることを示唆している。したがって、レトロウイルスはこのSTGBP/USFの活性制御を通じてサプレッサーtRNAおよび7 kb mRNAの発現を調節していると考えられる。また、われわれはサプレッサーtRNA遺伝子周辺の遺伝子構造がマウスやラットだけではなく、ヒトでも非常によく保存されていることも見出しており、HIVの感染においてもサプレッサーtRNA遺伝子周辺での同様な遺伝子の発現制御が行われていると推察される。このようなことから今後、7 kbおよび5 kb mRNAのさらに詳細な発現制御機構の解析を行うとともに、それらmRNAから産出される蛋白質の実態と機能の解明を行い、7 kbおよび5 kb mRNAに対応するcDNAの細胞への導入実験などを行なうことによって、サプレッサーtRNAだけではなく、周辺のmRNAの発現とレトロウイルスの感染増殖との相関性を明らかにしていきたい。
結論
マウスのサプレッサーグルタミンtRNA遺伝子の近傍には5 kbと7 kb のmRNAをコードする遺伝子が存在する。tRNA遺伝子は7 kb mRNAをコードする遺伝子のイントロンに存在する。レトロウイルスの感染細胞ではtRNAの発現と7 kb mRNAの発現が逆相関的に制御されている。このようにサプレッサーtRNA遺伝子周辺には非常に複雑な遺伝子構造が存在し、複数の遺伝情報の発現がサプレッサーtRNA遺伝子によって制御されている可能性が考えられるようになってきた。したがって、このようなサプレッサーグルタミンtRNA遺伝子を介した周辺遺伝子の発現制御にレトロウイルスがどのように関与しているのかを明らかにしていくことはウイルスの増殖機構を知るだけではなく、新たなウイルス性疾患に対する治療法の開発を図っていく上からも非常に重要である。

公開日・更新日

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