抗HIVペプチドT22を基盤化合物とする多価官能性エイズ治療薬の開発研究

文献情報

文献番号
199700898A
報告書区分
総括
研究課題名
抗HIVペプチドT22を基盤化合物とする多価官能性エイズ治療薬の開発研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
玉村 啓和(京都大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
著者は、以前に、カブトガニの血中に存在する抗菌、抗ウイルスペプチドであるtachyplesin及びpolyphemusinから誘導して、AZTに匹敵する抗HIV活性を有する化合物[Tyr5,12, Lys7]-polyphemusin II (T22)を見い出した(Fig. 1)。このT22は、分子内に2本のジスルフィド結合を有する18残基のペプチド性化合物で、T細胞指向性ウイルスのT細胞への吸着直後、細胞融合の段階で作用し、CD4発現T細胞およびHIV感染T細胞に特異的に結合することを以前に確認した。
エイズの発見から15年以上経過した現在、決定的な薬剤は未だに発見されていない。逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤等は、感染細胞への特異性がないため、ある程度の投与量が必要になり、副作用の発現や耐性ウイルスの出現などの問題がある。現段階では異なる作用機序を有する薬剤の併用が最も臨床効果を上げると考えられており、ウイルス複製の各段階を抑制する薬剤の登場が期待されている。従って、T22のようなT細胞に特異的に結合する新しいタイプの治療薬の開発は非常に望まれている。また、実際in vitroのT22と逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤との併用試験において、相乗効果を示すことを見い出している。本研究では、T22に上記の薬剤を化学的に付加させることにより、相乗効果と各薬剤のT細胞への効率的なターゲッティングを期待した。
著者は約10年前から、tachyplesinの構造活性相関研究を始め、6年前にAZTに匹敵する抗HIV化合物T22を見い出した。その後、このT22の活性部位、毒性発現部位の解明や活性コンフォメーションの解析および結合蛋白の同定等の作用機序解明研究を行った。また、T22の大量合成法を確立し、これによって得られたT22を用い、in vivoでの生物検定(毒性、安定性試験)を行った。
研究方法
以前のT22の構造活性相関研究の結果から、T22のアミノ末端に大きなグループを付加してもT22の活性は保持されることがわかっている。それで、AZTおよびsaquinavirをT22のアミノ末端に付けることにする。適当なスペーサー(コハク酸、グルタル酸)を用い、AZTの5'位のアルコールおよびsaquinavirのhydroxyethylamine部位のアルコールとエステル結合させる。合成は、固相ペプチド合成法により構築したT22ー樹脂のアミノ末端にさらにLysを縮合し、側鎖アミノ基にAZTーコハク酸エステルを、a-アミノ基にsaquinavirーコハク酸エステルをそれぞれ縮合する。また、AZT, saquinavirそれぞれ一分子のみをT22に付加した化合物も合成し、さらに、スペーサーの種類をいくつか変えたものも合成する。次にSaquinavir-AZT-T22 conjugateの安定性試験と抗HIV活性試験を行う。
結果と考察
1. CXCR4に対するT22の結合
一昨年、HIVの第二の受容体として発見されたケモカインレセプターCXCR4/fusinに、T22は特異的に結合することを証明した。すなわち、T22は、CXCR4を介するHIV-1の感染、CXCR4を介するHIV-1の細胞融合、及び、SDF-1/PBSF(CXCR4のリガンド)によるCa2+濃度の上昇を抑制した(Fig. 2)。
2. 高活性低毒性化、小分子化
T22よりも高活性低毒性でかつ、小分子化された化合物の合成に成功した。小分子誘導体TW70もT22と同様の二次構造(b-sheet)を有することを確認した(Fig. 3)。
また、T22にrichに含まれる塩基性残基Arg, Lysが細胞毒性に関与していると考え、いくつかを中性あるいは酸性残基に置換した誘導体を数種合成し、高活性低毒性化合物(T134等)を見い出した(Fig. 4)。
3. AZT-T22 analog conjugateの合成
以上で述べたT22の親和性を利用し、他の抗エイズ薬を特異的にT細胞にターゲットすることを考えた。また、in vitroの併用試験において、T22が逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤と抗HIV活性の相乗効果を示すことから、T22誘導体に逆転写酵素阻害剤AZTやプロテアーゼ阻害剤Saquinavirを化学的に付加した化合物conjugateの合成を行った。まず、小分子誘導体T131とAZTの付加体を合成した。この合成では、最終段階の保護ペプチドの脱保護&ジスルフィド形成において、次に述べる理由により、我々の開発した酸性条件でのone-pot脱保護&ジスルフィド形成を行い、収率よく目的物を得た(Fig. 5)。AZTの5'位のアルコールとT131のアミノ末端をコハク酸(suc)をリンカーとしてつないだAZT-T131付加体は、生理的pH7.4で経時的にAZTをリリース(半減期 = 約12 hr)することを確認した(Fig. 6)。
この理由により、合成段階のジスルフィド形成においては、前に述べた様に、酸性条件下で行った。また、この生理的pHでAZTをリリースする性質と、エステラーゼによる代謝に対する感受性によって、本化合物は有用なAZTのプロドラッグになる可能性があると考えられる。
また、1分子のT131に8個のAZTを付加させた化合物もFig. 7のように合成した。
Fig. 8に、合成品のcrudeのHPLCチャートを示した。高純度で合成されており、メインピークのみをHPLCで分取した。
合成した化合物の抗HIV活性を測定した。上段のMTT assayでは、T-tropic strain HIV-1(IIIB)を用い、MT-4細胞における細胞変性の抑制効果により評価した。表に示すように付加体(8)はAZT, T131単独のものより、かなり高い活性を示した。また、MAP状スペーサーを用いて1分子のT131に対して8分子のAZTを付加させた化合物(12)は非常に高い活性と選択係数(S.I.)を示した。下段のp24抗原蛋白陽性率測定試験では、T-tropicとM-tropicのウイルスを用いた。T22, T131はT-tropicにしか効果を示さないが、付加体は両方に、しかも強く効果を示した(Table 1)。付加体自身は、AZTの5'位のアルコールがblockされているのでAZTの作用は発現されないはずであり、リンカーが効果的に切断されていることが推測される。また、本付加化合物はT22とAZTを併用したときと同じような相乗効果が現れていると考えられる。また、T22とプロテアーゼ阻害剤とのconjugateおよび、逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤の両方をT22に付加したconjugateも同様に合成し、さらに有用な化合物も見い出している。
これらのconjugate(Fig.9)は以下のような利点を持つ。1. T22と逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤を併用したときと同じような相乗効果が期待できる。2. 逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤の水溶性の低さを水溶性ペプチドT22を付加することにより改善できる。3. 逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤の宿主細胞やHIV感染細胞へのターゲッティングのキャリヤーとしてT22が機能する。4. T22が細胞膜透過性ペプチドであることから、逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤を効率よく細胞内に運ぶことができる。
結論
CXCR4 inhibitorは世界でもほとんど例がなく、HIVのT細胞侵入の詳細なメカニズムの解明研究や新しいタイプの抗エイズ薬の開発研究において、T22は今後、今以上に注目を集めると思われる。また、T22と他の抗エイズ薬のconjugateも非常に有用な治療薬になる可能性があると判断される。
本研究は京都大学大学院薬学研究科藤井信孝教授の指導の下に、東京医科歯科大学医学部山本直樹教授、鹿児島大学歯学部中島秀喜教授の共同研究によって行われたもので、以上の先生方に深謝致します。

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