プロウイルスコピー数とウイルス複製の関係の研究

文献情報

文献番号
199700896A
報告書区分
総括
研究課題名
プロウイルスコピー数とウイルス複製の関係の研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
小田原 隆(東京大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
レトロウイルスが感染している細胞内のプロウイルスコピー数が、ウイルスの増殖にどのように寄与するかは、これまで、あまり議論されてこなかった。しかし、マウス白血病ウイルスをNIH3T3細胞に感染増殖させると、プロウイルスのコピー数は平均10ヶ程度まで増加する。また、Ottらは、HIVを高産生する細胞クローンでは、やはりプロウイルスのコピー数が増加しているとの報告をしている(J. Virol. 69:2443-2450. 1995)。本研究は、細胞内のプロウイルスコピー数の変化が、感染性ウイルス粒子の産生量とどのように相関しているかを明らかにすることを目的に行った。
研究方法
野生型のウイルス感染では、コピー数の増加が不可避的に起きるため、コピー数とウイルス産生の関係を正確に見ることは困難である。そこで、マウス白血病ウイルス(Moloney-MLV)のpol 遺伝子rt 領域に306塩基のin frame欠失を持つ欠損ウイルスΔwtを用い、そのDNAを宿主細胞NIH3T3に繰り返し導入することで、異なったコピー数のΔwtプロウイルスを有する細胞クローンを得た。それらのクローン11ヶについて、ウイルスRNA及び蛋白の発現量、Env蛋白機能によるXC細胞の融合能、同種Env蛋白を用いて感染するウイルスに対する干渉現象、そして、培養上清中へのウイルス産生量が、どのように相関するかを解析した。
結果と考察
ΔwtのDNAを導入した11種類の細胞クローンをSouthern blotで解析したところ、細胞内のプロウイルスコピー数が最も少ないクローンでは宿主染色体に1コピー組み込まれていることが分かり、最もコピー数の多いクローンでは8コピー組み込まれていることが分かった。細胞内のウイルスRNA発現をNorthern blotにより解析すると、各細胞クローンの有するプロウイルスコピー数に比例したRNA発現量となっていた。細胞内のEnv蛋白発現量を、Western blotで解析すると、コピー数に応じて発現量は増加するものの、コピー数の多いクローンでは、少ないクローンに比べて、単純比例増を上回る増加を認めた。逆に、コピー数が1ヶや2ヶのクローンでは蛋白発現量が大きく減少していた。Env蛋白の機能によるXC細胞融合活性を調べたところ、コピー数が1ヶのクローンは全く細胞融合を起こさなかったが、コピー数が3、4ヶのクローンにおいて、XC細胞融合活性が認められるようになり、最もコピー数の多いクローンは、野生型ウイルスの感染増殖している細胞と同様な細胞融合活性を示した。同種Env蛋白を用いるウイルスの感染に対する干渉現象を、Moloney-MLVをhelperとするマウス肉腫ウイルス(MSV)のtitrationにより調べた。コピー数が1ヶのクローンは全く干渉を示さなかったが、コピー数が3から4ヶのところで干渉がかかるようになり、コピー数の最も多いクローンは野生型ウイルス感染細胞に匹敵する干渉現象を示した。これらの細胞クローンの培養上清中に産生されるウイルス粒子量を推定するため、培養上清中のウイルスRNA量をRT-PCRで評価した。コピー数が1ヶや2ヶのクローンの上清中のウイルスRNA量は検出感度限界値にとどまったが、コピー数が3から4ヶとなるところで、3の2乗、3乗倍に増加することが分かった。
宿主細胞内のウイルスRNA発現量が、染色体に組み込まれたプロウイルスの数に単純比例するのに対して、Env蛋白の発現量やウイルス産生量が、プロウイルスコピー数が3から4ヶとなるところで大きく上昇する理由は次のように考えられる。ウイルスの構造蛋白は、一般に多量体を形成して機能することが知られている(たとえばEnv蛋白は、結晶解析から、三量体を形成するとされる)。ポリオウイルスやSV40のように細胞を殺すくらい過剰の構造蛋白を産生して増えるウイルスと異なって、細胞傷害性のないレトロウイルスでは、構造蛋白の発現量は、機能蛋白が生成可能な閾値近くにとどまっている可能性が強く、単量体の濃度が多量体の形成効率に大きく影響することが予測される(単量体の量が1/2になると、二量体の生成量は1/4、三量体の生成量は1/8となる可能性がある)。プロウイルスコピー数が1ヶや2ヶの細胞では、構造蛋白単量体の濃度が低く、多量体の形成が十分に出来ないのだと考えられる。
種々のプロウイルスコピー数を持つ細胞クローンが示す干渉現象の程度は、ウイルス産生が急上昇するのと同じ3から4コピーのところで、やはり大きく変動していた。野生型ウイルスの感染においては、細胞の干渉が完全にかかるまで、再感染によりプロウイルスのコピー数が増加するのであろう。細胞の干渉現象は、細胞内のプロウイルスコピー数を調節することで、その細胞からのウイルス産生を適正な量に調節していることが考えられる。細胞のウイルスレセプター発現量が低ければ、干渉は低いレベルで成立すると予想されるので、そのような細胞は、レトロウイルスの潜在化に有利となる可能性がある。HIVの潜在化している細胞がどのような状態でいるのかは、未だに不明の点が多いが、ウイルスレセプターの発現量と潜在化の間に相関がある可能性も考えられる。
結論
マウス白血病ウイルスの欠損ウイルスをコピー数を変えて宿主DNAに組み込んだ実験により、組み込まれたプロウイルスのコピー数が3から4ヶとなって初めて、効率よいウイルス産生と干渉現象が成立することが分かった。細胞の干渉現象は、その細胞内に存在しえるプロウイルスのコピー数を制御することで、間接的に、細胞当たりのウイルス産生量を調節していることが示唆された。

公開日・更新日

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