HIV感染症に関する臨床研究

文献情報

文献番号
199700875A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV感染症に関する臨床研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
木村 哲(東京大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 岡慎一(国立国際医療センター)
  • 河野茂(長崎大学医学部)
  • 斎藤厚(琉球大学医学部)
  • 佐々木裕子(国立感染症研究所)
  • 竹内勤(慶應義塾大学医学部)
  • 満屋裕明(熊本大学医学部)
  • 森亨(結核研究所)
  • 安岡彰(国立国際医療センター)
  • 吉崎和幸(大阪大学健康体育部)
  • 米山彰子(東京大学医学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
220,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
HIV感染症の長期的制御を目指し、本研究では耐性の出来にくい新しい抗HIVの開発を進めると共に、耐性発現の起こりにくい併用療法を見い出し抗HIV療法の指針を作成することを第一の目標とする。一方、エイズに好発する日和見感染症対する予知法、予防法、早期診断法および治療法の開発に第二の焦点をあてた。また、CD4陽性リンパ球のアポトーシスの機構を解明し、それを阻止する方法を考案することを第三の、更に、HIV診療現場の職員の安全を守るためHIV汚染事故の実態を調査し、防止対策を充実させることを第四の目的とした。
研究方法
新規核酸系逆転写酵素阻害薬候補品の2'-β-fluoro-2', 3'-dideoxyadenosine (F-ddA) の特性を解析する。併用療法の臨床成績については症例を蓄積し、次年度以降に集計する。PCRやモノクローナル抗体を用いて各種日和見感染症の早期診断系を確立する。日本の非定型抗酸菌の薬剤感受性を検討し、治療薬選択の指針とする。HIV陽性の結核及び非結核性抗酸菌症の臨床経過、背景要因を明らかにし、この問題への対応を検討する。日和見病原体診断技術向上のために検査技師を対象とした講習会を行う。CD4陽性リンパ球のアポトーシスの分子機構について解析する。 CD8陽性リンパ球からの soluble HIV inhibitory factor の 産生を確認する。針刺し事故の実態を調査・解析し、事故防止対策を策定する。
結果と考察
1) HIV感染症治療法に関する研究:新規治療薬の開発に向け F-ddA の検討を行った。本剤は耐酸性で経口吸収率が高く、HIV-1からHIV-2まで広域のウイルスに対して有効である。F-ddA耐性ウイルスの誘導を試み、コドン119がF-ddAの耐性化に重要であることを明らかにした。しかし、耐性化が起こっても軽度であり、他の核酸系逆転写酵素阻害薬と交差耐性がないことからHIV感染症の新規逆転写酵素阻害薬として期待される。AZTは肝でグルクロン酸抱合をうけて不活化され、尿中に排泄される。抱合障害はその不全型も含めると人口の2~5%の頻度で存在することから、AZTを投与した場合の副作用が懸念される。今回、尿中AZTおよびAZTグルクロナイドの自動分析法を確立し、グルクロン酸抱合能のスクリーニングを可能とした。 2) エイズの日和見感染症に関する研究:カリニ原虫 (PC) のPCR検出系の感度を上げるため nested PCR法を開発した。これまでPC肺炎と診断された26症例は、全例で本PCR検査は陽性となった。非免疫不全患者では1例も検出されないのに対し、PC肺炎を起こしていない免疫能低下患者18例では3例にPC-DNAが認められ、本法がPC肺炎の発症予知にも活用できることが示唆された。赤痢アメーバには、病原性のあるEntamoeba histolytica と病原性のない E. dispar が存在する。両種の識別法が可能な抗体を遺伝子組み換え法により、安価に安定供給できる系を作成した。トキソプラズマの急増虫体に特異的に存在するヌクレオシド三燐酸ヒドロラーゼ(NTPase)に対する抗体価をELISA法により測定する系を作成した。本法は現在最も信頼されている色素試験抗体価と比較し、はるかに簡便であり、精度も劣らない。髄液PCR系を用いトキソプラズマ脳症、PML、脳悪性リンパ腫の診断がつけられるようになった。また、従来クロイツフェルトヤコブ病特異的であるとされてきた14-3-3蛋白質が、エイズ脳症の髄液中にも存在することを見出した。原虫感染症の診断レベルの向上を計るため、エイズ拠点病院の臨床検査技師を対
象に講義、実習を組み合わせた講習会を2回にわたって実施した。赤痢アメーバのシステイン合成酵素をクローニングした。システイン合成酵素はヒトに存在しないことから、阻害薬開発の有望なターゲットと考えられる。Cryptococcus neoformans 感染症や結核にIFNγおよびIL-12が有効であることを立証した。多剤耐性結核の治療への応用が期待できる。日本におけるMycobacterium avium-intracellulare complex (MAC) の保存株を中心に薬剤感受性を検討し、クラリスロマイシンが比較的有効であることを確認した。抗HIV薬併用療法の普及に伴い、MAC感染症、CMV感染症、カンジダ症、細菌感染症、エイズ脳症、帯状疱疹などが1997年には1996年の約2分の1に減少していた。結核については1995年がピ-クでその後、漸減傾向にあることが窺えた。 3) HIV感染症の臨床病態に関する研究:膜結合型 Fas LがCD4陽性リンパ球のアポトーシスをきたし、可溶型 Fas Lはアポトーシスに関与しない事を明らかにした。カニクイザルの HIV/SIV 感染モデル系においてもこのことが支持された。患者血清による アポトーシスは抗 Fas L 抗体で阻止された。長期未発症者のCD8陽性リンパ球の培養上清中にケモカインとは異なるHIV複製抑制活性を見出し、soluble HIV inhibitory factor (SHIF)と名付けた。 4) 拠点病院における針刺事故の実態と対策:全国の拠点病院の63%から回答があり、そのうち4,786件の事故が解析可能であった。HIV感染症の事故13件、HCV感染症の事故2,381件、HBV感染症の事故540件であった。事故後のHIVの感染例はなく、HCVの感染例は7例であった。実際の平均事故報告件数は25~35件/100床と推定された。統一事故報告書としてエピネット様式を用いたことにより、海外の状況と比較することが出来、日本の特徴としてリキャップ時の事故が多いこと、翼状針による事故が多いことが示された。事故の予防対策を検討した。
結論
F-ddAは耐性化が軽度であり、交差耐性も無く有望な候補品であることが明かとなった。尿を用いた肝グルクロン酸抱合能スクリ-ニング法を確立した。核酸系逆転写酵素阻害薬の副作用を防止するために極めて重要な検査手段である。多くの日和見感染症をPCR法により早期診断できるようにした。また、急性トキソプラズマ症の血清診断法として簡便で正確なNTPase- ELISA法を開発した。エイズ脳症患者の脳脊髄液からクロイツフェルトヤコブ病に特異的とされてきた14-3-3蛋白が検出された。拠点病院の臨床検査技師を対象に日和見病原微生物検出法の講習会を2回開催した。日本でも併用療法の結果、1996年に比較し、1997年には多くの日和見感染症が半減していた。CD4陽性リンパ球のアポト-シスには主として膜結合型Fas Lが関与していること、CD8陽性リンパ球がHIVの複製を抑制する未知の因子SHIFを産生することを確認した。これらの知見を将来の治療戦略に応用してゆきたい。全国のエイズ拠点病院における針刺し事故を解析し、日本ではリキャップによる事故と翼状針による事故の多いことが明確となった。今後、リキャップ禁止を徹底すること、安全装置付きの翼状針を使用することなどを各病院に義務づける必要がある。

公開日・更新日

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