最近流行した新興・再興感染症にかかる緊急研究

文献情報

文献番号
199700874A
報告書区分
総括
研究課題名
最近流行した新興・再興感染症にかかる緊急研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
佐多 徹太郎(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 庵原俊昭(国立三重病院)
  • 神谷斉(国立三重病院)
  • 佐多徹太郎(国立感染症研究所)
  • 西島正弘(国立感染症研究所)
  • 宮村達男(国立感染症研究所)
  • 森川茂(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
この2年余りの間に新たに発生し、世界的に大きな問題になっている、リフトバレー熱、モンキーポックス、牛のプリオン病等の遺伝子解析、迅速診断ないし血清診断の確立、発症機序の解析に緊急に取り組む必要がある。プリオン病については、小動物に代わる培養細胞系がなく、発症機序の解明にin vitro系の確立がきわめて重要である。また、常時大きな問題として存在していながら、対応がとられてこなかったインフルエンザ菌による髄膜炎の迅速遺伝子診断法の確立と、ワクチンの対策は抗生物質使用方法の見直しの中で、重要なテーマである。またサイトメガロウイルスはわが国の90%以上のヒトに潜伏・持続感染しており、垂直感染として奇形・先天異常、また高度医療の中での再活性化感染として全身感染等のきわめて重要な問題をひきおこしており、わが国でも長期的対策研究が必要である。ポリオ根絶にはサーベイランスの確立が重要である。
研究方法
1.リフトバレー熱:ウイルス抗原をパスツール研究所から感染および非感染細胞溶解液を入手し、ELISA法による抗体検出系を作製し、同時に入手した患者血清やワクチン接種例の血清、長崎大学熱帯医学研究所からの依頼血清等を用いて検討した。一方、血清からウイルスRNAを検出する目的で、RT-PCR法の開発を行った。2.インフルエンザ菌等細菌性髄膜炎:16SリボゾームRNA(rRNA)領域には細菌等に共通な配列が存在し、さらに下流の23SrRNA遺伝子スペーサー領域には亜種レベルに特徴的な塩基配列と塩基長がある。これらの領域に対し、数種の細菌遺伝子を増幅するユニバーサルプライマーおよび細菌亜種特異的プライマーを設計し、実験室株および髄膜炎患者髄液検体を用いて検討した。3.モンキーポックス:1996年から昨年までアフリカザイールで流行したモンキーポックスウイルス(MPV)の10分離株を米国CDCから入手し、わが国で保有するMPV株とともに、それぞれの感受性細胞で増殖させ、今後遺伝子レベルでの制限酵素切断パターンや塩基配列の差異、および孵化鶏卵漿尿膜上でのポック、ウサギ皮膚での反応、細胞培養条件等の生物学的性状を解析する。4.小児弛緩性麻痺:世界ポリオ根絶活動の最終段階として、わが国においても野生株ポリオウイルスが存在していないことを確認することが必要である。そのためには、サーベイランスが重要であるが、その基準が曖昧であるため、小児麻痺性疾患の疫学、臨床症状などを、文献的検索を含めて調査検討した。5.サイトメガロウイルスの胎内感染:ウイルス増殖過程において最初に発現する前初期蛋白(IE1, IE2)のうち、IE1蛋白をGST融合蛋白として大腸菌で発現し、GSTカラムを用いて精製し、ウサギに免疫した。得られた抗体を用いて、サイトメガロウイルス胎内感染例の検索として、妊娠中のサイトメガロウイルス感染を示唆する抗体陽性妊婦で異常妊娠経過をたどった症例について解析を行った。母体のウイルス抗体価ないし羊水からのウイルス分離およびPCRによる検討さらに、死亡胎児および胎盤の病理組織学的検討を免疫組織化学およびPCR法によるウイルスゲノムの検索を行った。6.プリオン病関連タンパク質解析:脳由来タンパク質をイオン交換クロマトグラフィーと逆相クロマトグラフィーおよび質量分析起を組み合わせ、微量3次元クロマトグラフィーシステムを構築した。これらを用いて脳タンパク質の分析条件を確立し、分子量情報とピークの溶出位置についてデータベース化した。
結果と考察
1.リフトバレー熱:ELISA法による抗体検出系は、陰性血清では100倍希釈でのOD
値は0.02以下と非特異反応は非常に低いことが明らかとなった。患者血清では100倍希釈でのOD値は0.2-0.3と有意に高かった。しかし、10年前に不活化ワクチンを接種された血清では陰性対照に比べ高いOD値(0.04)を示したが、判定できなかった。長崎大学熱帯医学研究所からの依頼血清から抽出したRNAを用いたRT-PCR法ではウイルス遺伝子を検出することはできなかった。血清抗体のELISA検出系はその感度が充分とはいえないので、組換えDNA実験の許可が下り次第、ウイルス遺伝子を入手し、組換え抗原を作製し、検出感度等を最適化する必要がある。2.インフルエンザ菌等細菌性髄膜炎:ユニバーサルプライマーにより、ヘモフィルスインフルエンザ、肺炎球菌、連鎖球菌、ブドウ球菌、大腸菌、緑膿菌、プロテウス、クレブシェラ等の細菌遺伝子DNAが検出できた。さらにヘモフィルスインフルエンザと肺炎球菌に特異的なプライマーにより、実験室株および臨床検体においても特異的に同定することができた。本邦ではヘモフィルスインフルエンザ菌に対するワクチンが使用されておらず、また細菌性髄膜炎の実態が充分明らかにされていない。一方、起炎菌の診断法として従来用いられている細菌培養法では、検体採取時にすでに抗生物質が使用されているため、十分な診断がなされなかったが、今回開発した遺伝子診断法は、診断や臨床経過の把握、さらに今後の予防および治療対策を確立する上で、有用と考えられる。3.モンキーポックス:米国CDCから分与された臨床分離株および本邦で保有しているウイルス株を、それぞれの感受性細胞で増殖させた。天然痘撲滅達成の背景には、天然痘ウイルスがヒト以外の動物には感染しないという大前提があるが、ザイールでの流行はMPVがヒトからヒトに伝幡し、しかも数%が死亡したこと、さらに天然痘と区別できないWhitepoxの存在が知られていることから、MPVの性状を明らかにすることは重要である。4.小児弛緩性麻痺: 世界各地での報告では、非ポリオ小児弛緩性麻痺患者は、15才未満の人口10万人当たり年間1名程度の割合で発生していることが明かとなった。これらの患者の病初期便検体から野生株ポリオウイルスが陰性であることが必要である。また気管支喘息に関連したHopkins症候群、川崎病における麻痺症例、脳炎・脳症に伴う弛緩性麻痺等の小児期にみられ、ポリオを否定しなければならない疾患が多数存在することを明らかにした。また弱毒生ワクチン接種例における便検体中のウイルスがワクチン株であるかあるいは野外株であるかの鑑別も重要である。今後、全国的なサーベイランスを行うに当たり、これら疾患に対する注意を促す必要があろう。5.サイトメガロウイルスの胎内感染:IE1抗体によるサイトメガロウイルス感染例の病理組織学的検討を行うと、形態学的に特徴的な封入体陽性細胞では染まらず、周囲に存在する封入体のない細胞に陽性所見が得られた。サイトメガロウイルス子宮内感染例を検討し、胎盤絨毛内毛細血管内皮、肝、肺、腎、脱落膜等にウイルス感染細胞を認めた。羊水、肺、腎臓、尿からウイルス分離ができ、臍帯血のIgM抗体およびウイルス分離は陰性であった。今回作製したIE1抗体を用いて子宮内感染胎児の組織について免疫染色にて検討した結果、IE1抗原は胎盤組織のごく一部で、しかも封入体のない細胞に検出された。従来作製した抗体とあわせて、ウイルス感染細胞のほぼ全期を病理組織切片上で検出することが可能となった。今後はよりウイルス感染動態を反映する抗原・抗体系を明かにする必要があろう。6.プリオン病関連タンパク質解析:前述した蛋白解析システムを構築し、分析条件を確立した。本システムを用いて、数mgのウシおよびラット由来可溶性脳タンパク質を分析し、それぞれの正常脳に発現している約1,300個の異なる分子量のタンパク質を分離した。さらにこれら脳由来タンパク質のデータベースを作製した。プリオン病患者等の脳脊髄液に漏出する一群のタンパク質を分離同定することが可能となった。今回構築し得たシステムは電気泳動法に匹敵する感度をもち、さらに質量分析機と接続することにより、希薄
試料でも大量分析が可能となる点で、優れた方法である。
結論
リフトバレーウイルス抗原を入手しELISA法による抗体検出系を作製した。またRT-PCR法によるウイルス遺伝子検出に用いるプライマーを作製した。化膿性髄膜炎の起炎菌診断法としてPCR法の開発をおこない、臨床応用の可能性について検討した。ザイールのモンキーポックス流行株を細胞で増殖し、従来のウイルス株との比較する準備が整った。ポリオ根絶確認のためのサーベイランス確立に向けて、今回明らかにした基準をもとに、疫学担当者、検査施設、病院など関連者の協力が不可欠である。サイトメガロウイルス前初期蛋白であるIE1蛋白を発現し、さらに抗体を作製した。この抗体を用いる病理組織学的解析法を確立し、実際の症例における病態の解析を行った。プリオン病等の脳由来タンパク質の高分解、微量解析を行う3次元クロマトグラフィーシステムを構築し、疾患の指標となる一群のタンパク質の一斉解析が行えるようになった。

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