海外渡航歴のないコレラ患者由来コレラ菌の細菌学的疫学調査と自然環境内生存に関する総合的緊急研究

文献情報

文献番号
199700872A
報告書区分
総括
研究課題名
海外渡航歴のないコレラ患者由来コレラ菌の細菌学的疫学調査と自然環境内生存に関する総合的緊急研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
山本 達男(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 島田俊雄(国立感染症研究所)
  • 山崎伸二(国立国際医療センター研究所)
  • 天児和暢(九州大学医学部)
  • 伊藤武(東京都立衛生研究所)
  • 山井志朗(神奈川県衛生研究所)
  • 鶴田憲一(成田空港検疫所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成9年の夏期、我が国に於いて、海外渡航歴のないコレラ患者が多発した。いずれの事例も散発型の感染で、感染源は特定されなかった。海外では、コレラはまさに活動期にある。1991 年にはペルーで記録的な流行が発生し、1992 年にはインドで血清型が異なった流行株が出現した。コレラの流行はコンマ型の形をした増殖型菌による糞口感染が主原因であるが、流行地域の河川等には、球状の形をした培養不能型のコレラ菌も存在していて、流行との関連が疑われている。我が国に於いて、海外渡航歴のないコレラ患者が発生した原因として、・帰国し、国内に潜在した患者・保菌者からの2次感染の可能性、・輸入食品を介した感染の可能性、あるいは、・我が国の環境に適応し、定着した土着コレラ菌による感染の可能性が考えられる。本研究では、海外渡航歴のないコレラ患者由来コレラ菌の細菌学的疫学調査とコレラ菌の自然環境内生存に関して研究を行い、総合的な観点から海外渡航歴のないコレラ患者発生の感染源を推定する。また、成果を流行期に再び予想されるコレラ発生の増加を防ぐ為の対策に役立てる。
研究方法
解析した菌株:平成9年に、我が国に於いて、海外渡航歴のないコレラ患者から分離したコレラ菌 36 株、海外帰国者由来株、海外でのコレラ患者株、血清型が異なった流行株 V. cholerae O139、過去の食品由来株、国内コレラ患者株、そして河川由来の近縁菌ビブリオ・コレレnon-O1(O140)を解析をした。分子疫学解析:主に、pulsed field gel electrophoresis法を用いて解析した。細菌性状解析:生化学性状、血清型、ファージ型、コレラ毒素産生の有無は常法に従って解析・判定した。病原性遺伝子の解析:PCRとDNAハイブリダイゼーションによって解析した。薬剤感受性試験:簡易ディスクを使って薬剤感受性を判定、寒天稀釈法で最小増殖阻止濃度を測定した。粘着解析:ヒト小腸粘膜(手術時標本)へのコレラ菌の感染を走査型電子顕微鏡で観察した。培養不能型コレラ菌の解析:コレラ菌を、低栄養液に浮遊し、環境温度に静置して、培養不能型菌の出現を観察した。形態は透過型電子顕微鏡で観察した。増殖型への復帰は、緩衝液に浮遊した培養不能型菌を45℃で加熱刺激して行った。耐凍結性の解析:輸入エビの殻の抽出蛋白液にコレラ菌を浮遊し、凍結処理した後で、残存生菌数を測定した。
結果と考察
平成9年(主に7月と8月)に我が国に於いて、海外渡航歴のないコレラ患者が多発した。患者数は 36 名で、海外渡航歴のあるコレラ患者を加えた平成9年の全コレラ患者数(101 名)の 36% に相当した。患者の多くは高齢者(平均 60 歳;60 歳以上の患者の割合 51% )で、発生事例は東京都(10 名)、神奈川県(5 名)、千葉県(4 名)、大阪府(3 名)等 17 都道府県に及んだ。すべての事例は散発型の感染であった。2次感染、汚染輸入食品等の感染源はいずれの場合でも特定されなかった。36 株のコレラ菌は、すべてがエルトール生物型、エルトールファージ4型で、34 株が小川血清型、26 株が同一の DNA 型 (NotIA1-SfiIA1型)である等、多くが同一のあるいは類似した生物性状を示した。NotIA1-SfiIA1 型は、アジア地域を広く汚染しているDNA 型で、海外帰国者からも検出された。病原性因子や薬剤感受性の解析でも、海外株との差異は見出されなかった。以上の成績は、原因菌が海外由来であった可能性を強く示唆している。コレラ菌が輸入エビの殻の蛋白に結合
すると耐凍結性となることも確認された。一方で、我が国の環境に適応し、定着した土着コレラ菌による感染であった可能性もある。環境条件下で、コレラ菌は培養不能型に変換して長く生存し続け、菌株によっては、条件によって感染型コレラ菌に復帰した。また、我が国の河川から、近縁菌であるビブリオ・コレレ non-O1が継続して分離された。しかし、Colwellら(1993年)の成績を含めて、培養不能型菌による感染に関しては、さらに証明実験が必要であるとの意見が多い。なお、研究過程で、コレラ毒素非産生コレラ菌による海外旅行者の感染も注目された。
結論
平成9年の夏期、我が国に於いて、海外渡航歴のないコレラ患者が多発した。患者数は 36 名で、海外渡航歴のあるコレラ患者を加えた平成9年の全コレラ患者数(101 名)の 36% に相当した。患者の多くは高齢者(平均 60 歳)で、発生事例は 17 都道府県に及んだ。すべての事例は散発型の感染で、感染源はいずれの場合でも特定されなかった。分離したコレラ菌は、すべてエルトール生物型(ファージ4型)で、34 株が小川血清型、2 株が稲葉血清型であった。分子疫学調査は、多くの患者が同一のあるいは類似したコレラ菌の感染を受けていたことを明確に示した。また、コレラ菌の多くが海外由来であった可能性が強く示唆された。感染が我が国の環境に定着している土着コレラ菌によるものであった可能性も存在する。環境条件下で、コレラ菌が培養不能型に変換して長く生存し続け、菌株によっては、条件によって感染型コレラ菌に復帰することが実験的に確認された。また、我が国の河川から、近縁菌であるビブリオ・コレレ non-O1が継続して分離された。但し、環境の培養不能型菌の病原性については明確な証明がある訳ではない。今後、さらに詳細な疫学調査によって、海外から我が国へのコレラ菌の流入経路、そして国内での移動経路とエコロジーを明らかにしていく必要がある。

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