保存組織試料の分子生物学的解析によるウィルス感染症の予防および発癌機構に関する研究

文献情報

文献番号
199700870A
報告書区分
総括
研究課題名
保存組織試料の分子生物学的解析によるウィルス感染症の予防および発癌機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
鈴木 隆子(放射線影響研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本における肝癌発生機構を考える上で、肝炎ウィルスの関与は主たる要因の一つである。肝癌発生に関与するといわれるB型およびC型肝炎ウィルス(HBV、HCV)のうち、HCVが単離同定され、保因者の特定が可能になったのは1989年以降である。従って、それ以前の集団におけるHCV感染率は不明である。本研究では、1950年から追跡調査されている広島長崎の原爆被爆者寿命調査集団で過去40年間に亙り採取され保存されている肝癌組織および正常肝臓組織における、HBVおよびHCVの感染率を分子生物学的手法を用いて解析し、あわせて発癌機構についても検討することを目的とする。
研究方法
本研究での対象症例は1959年から1989年までの間に広島、長崎の原爆被爆者の11万人の寿命調査集団に発生した肝癌症例279例およびコントロールとして非肝癌症例522例(肝癌以外で死亡した症例の肝組織)である。これらの症例の長期保存されているホルマリン固定パラフィン包埋肝癌および正常肝組織から、5 mmの薄切標本を数枚作成し、DNAおよびRNAを抽出した。肝癌標本については、HE標本を参考に癌部および非癌部を選択的にスカルペルにて回収し、DNAとRNAを別々に抽出した。DNAは、キシレンによる脱パラフィン処理を施した組織切片をプロテネースKで消化後、フェノール抽出し、エタノール沈殿により精製した。RNAはRNase阻害剤存在下でプロテネースK処理を行い、フェノール抽出後LiCl沈殿法により精製した。ウィルス遺伝子の解析にはそれぞれのウィルスに特有の配列のプライマーを作成し、B型肝炎ウィルス(HBV)の増幅は抽出したDNAを用いてポリメラーゼ鎖延長反応(PCR)法にて、またC型肝炎ウィルス(HCV)の増幅は抽出したRNAを用いて逆転写酵素PCR(RT-PCR)法にてそれぞれ行った。増幅したウィルス遺伝子はポリアクリルアミドゲル電気泳動法にて検出した。また、ウィルスの感染率は、HBVに関してはN-ras遺伝子の増幅が可能であったサンプルでかつHBV遺伝子の増幅が可能であったものを陽性とした。また、HCVに関しては同様にc-BCR mRNAの増幅が可能であったサンプルでかつHCV遺伝子が増幅されたものを陽性とした。
結果と考察
今回解析した肝組織中40年以上経過したパラフィン組織を含め、DNAに関しては約80%のサンプルが解析可能であり、RNA については約60%のサンプルが解析可能であった。肝癌症例におけるHBVおよびHCVの感染率は各々約17%、約40%であり、また非肝癌症例での感染率は各々2.8%、4.6%であった。また、肝癌症例については癌部と非癌部とから別々にDNAあるいはRNAを回収し、各ウィルスの感染率の違いを比較した。HBVに関しては癌部および非癌部における感染率に差は認められなかったが、HCVの感染率は有意に非癌部での感染率が癌部に比べ高かった。この結果は、一口に肝炎ウィルスによる発癌といっても、ウィルスの種類により発癌機構に違いがあることを示唆している。HBVはDNAウィルスであるため、肝細胞内にインテグレートすることにより、宿主である肝細胞の増殖に影響を与え、最終的には発癌に至るといわれている。HBVゲノム自身がコードする遺伝子のうちX遺伝子の遺伝子産物が肝発癌に癌遺伝子として作用しているという報告もある。一方、HCVでは癌部にウィルスゲノムの感染が少なかったことから、HCV遺伝子が発癌遺伝子として作用するというより、肝細胞の破壊および再生の機構を通じて発癌に関与すると考えられる。非肝癌症例肝組織に対し肝癌症例での肝炎ウィルスの感染頻度が高いことから、過去における肝癌発生にもHBVおよびHCVの感染が重要な因子の一つであることが示された。しかしながら、現在言われているHBVおよびHCV感染の肝癌発生に対する寄与率はHBVが15-20%、
HCVに関しては70-80%である。それに対し、今回の解析ではHCVの寄与率が約40%と低い。HCVの肝細胞中での感染細胞数および細胞内のウィルスゲノム数が少ないという報告もあり、患者による差があることが影響している可能性がある。使用した組織が長期にわたり保存されているフォルマリン固定パラフィン包埋組織であることから、DNAおよびRNAの断片化が進んでいることが推測される。そのため、少量のHCV感染細胞しか有していない症例や細胞内のHCV RNA量の少ない症例では、RNAの断片化が強く影響し、偽陰性として検出している可能性をゆがめない。これらのことは、HCV感染率を過小評価している可能性を示唆する。しかしながら、保存血清が手に入らない過去に存在した集団の肝炎ウィルス感染率を調査するためには、本研究が非常に有用であることを示していると思われる。今後のより詳細な調査研究を通じ肝癌発生機構の解明および、過去から現在の肝癌発生機構の時間的推移における肝炎ウィルスの関与に貴重な情報を与えるものと期待される。
結論
1952年から1989年までの長期間に広島、長崎の原爆被爆者寿命調査集団に発生した肝癌症例および非肝癌症例におけるHBVおよびHCVウィルスの感染率の分子生物学的調査から、これらの集団におけるウィルス感染率を解析した。その結果、過去における肝癌においても、HBVおよびHCV感染は肝癌発生に寄与する重要な要因の一つであることが示された。

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