クリプトスポリジウム等の原虫類による食品及び環境の汚染防止と感染対策に関する研究

文献情報

文献番号
199700868A
報告書区分
総括
研究課題名
クリプトスポリジウム等の原虫類による食品及び環境の汚染防止と感染対策に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
遠藤 卓郎(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 平田強(麻布大学)
  • 増田剛太(東京都立駒込病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本感染症は患者や患畜の糞便中に排出された嚢子が食物、飲料水を介して、あるいは接触により経口的に摂取されることによる。しかしながら、わが国では今日まで腸管寄生性原虫が調査・研究の対象となった例はほとんどない。したがって、食品中の原虫検査法が定められておらず、感染原因の特定や追跡試験、あるいは輸入食品の検査に当たっては検査担当者の経験に任せるほかない状態となっている。本研究では迅速・簡便な食品検査法を開発し、合わせて食品からの除去・不活化など安全な喫食法の確立を図る。加えて、基礎資料としてし尿処理におけるクリプトスポリジウム等の原虫類の排出実態などの把握、原虫嚢子の排出源となり得るし尿処理施設のリスク管理を行うために原虫除去機能評価などの調査研究、また、これらの原虫が含まれる可能性のある糞尿について河川流出防止策の検討のための処理実態調査が必要である。一方、わが国における現行の医療事情は下痢症、特に原虫性の下痢症の経験に乏しく、また、診断・治療あるいは予防に関する十分な情報が行き渡っている状態には無い。従って、原虫症に関する専門情報を専門家の立場で収集・分析し、医療現場に還元していく努力が必要である。同時に、医療現場での迅速な診断法の開発が待たれる。
研究方法
本研究班では、クリプトスポリジウム等の原虫類による汚染問題を総合的に検討する目的で以下の分野について検討がなされた。原虫類の検査法の開発と充実を企図して、食品中からの原虫の検出法の開発、およびPCRを用いた国内分離株の分子疫学的検討、大都市圏における健常者を対象とした原虫性疾患の調査。汚染源対策として、し尿処理施設におけるクリプトスポリジウム等原虫類の汚染実態調査と浄化槽のクリプトスポリジウム除去能評価、家畜ふん尿の処理実態等に関する調査。クリプトスポリジウム等原虫性疾患に関する情報提供として医療機関向けの小冊子を編纂した。
結果と考察
ヒト及び動物における原虫性疾患の調査を行った。関東近在の人間ドック受診者1,825名を対象に行った検便でジアルジア陽性者が5名(0.3%)、ブラストシスチス陽性者が4名(0.3%)認められた。クリプトスポリジウム陽性者は認められなかった。ちなみに、当該地域で行った過去2年間の調査では今回とほぼ同様の結果を得ている。一方、関東・東北を中心とした家畜等からのクリプトスポリジウムの検出率は成牛で3.5%(8/227)、子牛16%(8/50)、ブタ0%(0/80)、イヌ0.6%(1/171)、ネコ7.7%(2/26)であった。わが国で分離されたヒト及びウシ由来のクリプトスポリジウム、計21株の分子疫学的解析を行った。ウシ由来の9株中の3株は解析ができなかったが、他の6株はすべて同一のジェノタイプであった。ヒト由来株は全部で4つの異なったパターンに分けられた。そのうち2型はすでに報告があるもので、1型(9株)はヒトからヒトへの感染が主な経路と考えられているもの、2型(3株)はヒトやウシなど広い感染スペクトルを有する株に一致した。今回の調査ではヒト由来の株に第3の型(1株)が見つかった。また、第4型として、1型と3型の混在したものが検出された。後者の2つのグループの生物学性状等については今後の検討に待たれる。
食品からの分離法に関しては世界的に情報不足で、確立された検査法は無いといってよい。わずかに、米国FDAの方法では野菜からのクリプトスポリジウムの検出率は1%以上を望めない旨が記載されている。そこで、当該研究において超音波/振盪洗浄 → 連続ローターによる洗浄液の遠心濃縮 → 密度勾配遠心 → 蛍光抗体染色 → 顕微鏡観察、とする検査行程を検討した。本法では連続ローターを導入して洗浄液を多量に使用できるよう改良を加えた点に特徴がある。また、洗浄には超音波発生装置と振盪機を用いたが、葉菜からのオーシスト回収率は≦72%と高い値が得られた。一方、イチゴでは強い洗浄ができず、28%程度の回収率にとどまった。しかし、本法は既存の方法に比べて高い回収率が得られており、実際的な調査に適用できるものと判断された。
し尿処理施設におけるクリプトスポリジウムの汚染実態調査と浄化槽のオーシスト除去能評価、及び家畜ふん尿の処理実態等に関する調査を行った.今回の調査では屎尿処理施設に搬入される屎尿、浄化槽汚泥およびそれらの処理水のいずれからもクリプトスポリジウムは検出されなかった。水源環境に多数設置されている浄化槽の特性を評価するために,モデル浄化槽を用いてオーシスト除去特性実験を行った。その結果、モデル浄化ではオーシストが3~4log10除去されることが示された。一方、廃水から除去されたオーシストは浄化槽内に長期間貯留され、その後、徐々に流出することが明らかになった。したがって、早急に残存オーシストの生死を評価する必要性があるものと判断された。一方、家畜排泄物の排出量の多い10都道府県の酪農、肉用牛肥育、養豚、採卵養鶏経営農家にアンケートを送付し、農家におけるふん尿の処理方法、処理条件、河川等への流入の防止状況などについてアンケート調査を行い、クリプトスポリジウムの伝播、あるいは河川水汚染の可能性について解析を行っている。
わが国ではクリプトスポリジウムによる下痢症は極めて稀で、わが国においてどの程度の発生があるかについては系統だった調査研究がなされていない。したがって、本症に関しては臨床家の間に充分な情報が行き渡っているとは考え難い。現に、1996年の埼玉県入間郡越生町で発生したクリプトスポリジウムによる集団下痢症が発生した際には現場の医療機関では対応に苦慮し、かなりの混乱が生じた。そこで、本研究事業において全国の医療機関向けに「飲食物を介した原虫性下痢症 -クリプトスポリジウムを中心として-」と題した小冊子を編纂することとした。内容はクリプトスポリジウム等の原虫による下痢症に関する概要、国内外の発生状況、感染源と伝播様式、潜伏期、発症率、ヒトの感受性、病原体宿主、患者由来の検体の検査法、環境試料中からの原虫検出法、一般的な臨床症状、診断、治療、免疫不全患者における症状、診断、治療、二次感染防止のための患者・保虫者・家族への保険指導、過剰防衛の排除を含む院内感染防除法、感染予防の方針、防疫処置、大規模な流行時の対策、情報の入手方法に関する情報について記載することとした。また、厚生省のインターネットホームページからの情報提供のためのQ &Aの作成もあわせて行う。そこではクリプトスポリジウムの紹介、感染経路、国・内外での発生状況、症状、病院での検査法、治療法に関する情報、免疫不全者に対する注意事項、患者や家族への注意事項等について述べる。ジアルジア、サイクロスポラに関しては上記内容をさらにダイジェストして情報提供する。
結論
クリプトスポリジウム等による原虫性下痢症に対する対策は病原体の検出手段を持ち、集団感染例、散発例を問わず詳細な疫学調査に基づく汚染経路の解明とその遮断にある。本研究班では飲食物中、特に野菜類の表面に付着したクリプトスポリジウムオーシストの検出方法の開発を行った。操作法の改良点は洗浄方法と連続ローターを用いた洗浄液の遠心濃縮で、実験的に表面をオーシストで汚染した野菜類からのオーシストの回収率は?72%まで改善することができた。一方、イチゴなどこわれ易い試料では強い洗浄により果肉が壊れ、夾雑物が増量する難点がある。現在のところ30%程度の回収率にとどまっているが、洗浄方法の改良により回収率の向上を図る必要がある。しかし、本法は現段階でも実用に供することができるものと判断される。 PCRを用いた国内分離のクリプトスポリジウムの分子疫学的検討を行い、既報の2型に加えて第3の遺伝子型が発見された。DNA 分子疫学的手法は汚染源の追跡や原虫症の集団発生時の疫学調査には不可欠の方法である。
原虫類の汚染源対策として、し尿処理施設におけるクリプトスポリジウム等原虫類の汚染実態調査と浄化槽のオーシスト除去能評価および家畜ふん尿の処理実態等に関する調査を行った。モデル浄化槽でのオーシスト除去実験では高率(3~4log10)に除去されることが示された。一方、廃水から除去されたオーシストは浄化槽内に長期間貯留し、徐々に浄化槽から流出することが明らかになり、浄化槽内に貯留するオーシストの生死判定を評価する必要性があるものと判断された。ちなみに、今回の実態調査の範囲ではし尿処理施設に搬入されるし尿や浄化槽内の汚泥および処理水のいずれからもクリプトスポリジウムは検出されなかった。一方、大都市圏における健常者を対象とした原虫性疾患の調査ではクリプトスポリジウムの感染者は確認できなかったものの、家畜等からのクリプトスポリジウムの検出率は成牛で3。5%、子牛16%、ブタ0%、イヌ0。6%、ネコ7。7%と確実に検出されている。本研究事業では原虫性下痢症に関する医療機関向けの小冊子を編纂して情報を提供することで、診断技術の向上と、なによりも本症に対する関心が高まることが期待される。今後、医療現場から寄せられる情報を基にクリプトスポリジウム症等の集団発生を未然に、あるいは最小限に防ぐことが重要である。

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