カンジダ・アルビカンスの臓器認識に関する研究

文献情報

文献番号
199700863A
報告書区分
総括
研究課題名
カンジダ・アルビカンスの臓器認識に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
神戸 俊夫(名古屋大学医学部病態制御研究施設医真菌研究部門)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
カンジダ・アルビカンス(C. albicans)は常在菌として健康人の消化管粘膜に生息しており、癌、白血病、AIDS、移植患者などの抵抗力の低下した個体では日和見感染の原因菌として全身感染を引き起こす。C. albicansの病原性因子として酸性プロテア-ゼ産生能、二形性変換能および付着能などが報告されているが、本菌の感染機構の究明には至っていない。特に付着は微生物の生体への侵入の最初の段階である感染成立の重要なステップであり、これまでにC. albicansから付着に関与する菌体成分がいくつか報告されている。我々は、日和見感染において血液中のC. albicansがどの臓器にどのようにして侵襲するかを明らかにすることを目的に研究を進めている。これまでに、C. albicans が脾臓およびリンパ節のマクロファ-ジと特異的に付着することを明らかにし、これには酵母の細胞壁マンナンが関与することを報告してきた。生体マクロファージはマンノースリセプターを有しており、これは感染防御における食細胞による微生物の特異的取り込みなどに役割を果たしていると考えられている。しかし、宿主の抵抗力が低下した個体では本リセプターがカンジダ酵母の臓器内侵襲での標的分子となっているかもしれない。このような理由から、C. albicansの細胞壁マンナンと宿主マクロファージのマンノースリセプターに注目し、本研究では、C. albicans細胞壁マンナンの付着能および宿主組織内のマンノースリセプタ-分子の分布について明らかにすることを目的とした。
研究方法
静止期のC. albicans酵母型細胞を瘁|メルカプトエタノール処理し、これの遠心上清よりConcanavalin A-agaroseカラムを用いて、マンナン画分(Fr. II)を得た。さらにFr. IIを10mM塩酸にて処理(100?, 60 min)し、酸安定部分(Fr. IIS)をゲル濾過により分画した。Fr. IIをマウスに免役して得られたモノクローナル抗体(B6.1)には感染防御効果があることがわかっているので、まずこのモノクローナル抗体のエピトープの決定を、精製した細胞壁マン ナンを10mM塩酸にて処理(100?, 60 min)して得られた酸不安定側鎖部分を用いて行った。B6.1感作ラテックスおよびフローサイトメトリーによりB6.1とC. albicansとの反応を阻害する酸不安定側鎖を確認した後、NMRにてこの側鎖構造の決定を行った。また、マンナンの付着活性単位の同定については、これまでにFr. IISに強い付着活性があることが確認されているので、Fr. IISを中心に解析を行った。まず、*-マンノシダーゼあるいは*-1,2-マンノシダーゼにより酵素処理し、処理と付着活性の変化の関係を付着阻害実験により調べた。次いで、硫酸処理によりマンナン側鎖の非還元末端を切断し、切断の程度と付着能を比較した。さらに、カンジダ酵母に比べ、よりマンナン構造の単純なパン酵母Saccharomyces cerevisiaeのマンナン変異株(S. cerevisiae mnn1, mnn2, mnn4)由来の細胞壁マンナンを付着活性の解析系に加え、付着活性をFr. IISと比較した。マンナンの付着能の測定には脾臓の凍結切片を用いる方法(ex vivo binding assay) を用いた。すなわち、マウス脾臓の凍結切片をマンナンで処理した後、カンジダ酵母と反応させ、最終的に脾臓周辺帯の食細胞に付着した酵母の数を調べた。この系で、もしマンナンに付着活性があれば酵母の付着が阻害される。また、マウス組織内侵襲とマンナンとの関係を知るために、精製したFr. II あるいはFr. IIをマウス尾静脈より前投与し、これにC. albicansを尾静脈に接種した後、各臓器(肝、肺、脾、腎)内のC. albicansのクリアランスの状況をCFU assayにより調べ、未投与群の場合と比較した。マウス食細胞のマンノースリセプターは約175kDaの
膜糖蛋白である。これには8箇所の糖認識ドメイン(CRD1 - CRD8)が存在する。これらのドメインをクローニングするために、マウス腹腔マクロファージを採取し、マクロファージ由来のmRNAを用いてRTーPCRを行った。次に、これを鋳型とし、それぞれのドメインを挟むプライマーを設定してPCRを行った。最終的に、それぞれのドメインをクローニングし、大腸菌を用いて蛋白を発現させ、これを抗原としてマンノースリセプターに対する抗体を作成した。
結果と考察
これまでの実験から細胞壁マンナンに対するモノクローナル抗体(B6.1)が実験的膣カンジダ症に対し感染防御効果を示すことは確認されている。ここではB6.1のエピトープの解析を行った。細胞壁マンナンの塩酸処理とゲル濾過により得られた酸不安定側鎖の中の一部がカンジダとB6.1の反応およびB6.1感作ラテックスとマンナンの両方の反応を阻害した。この画分が*-1,2-linked trimannoseであることをNMRにより確認した。すなわち、B6.1のエピトープが*-1,2-linked trimannoseであり、細胞壁マンナンの酸不安定部分が膣カンジダ感染に重要であることが明らかになった。次に、カンジダ酵母が血流中からいかにして特定の臓器を認識し臓器内に侵襲するかを想定し、脾臓やリンパ節の凍結切片を用いた付着実験系を確立した。そして、C. albicansがこれらの組織中の食細胞に特異的付着し、これには細胞壁マンナンが関与することを明らかにしてきた。マンナンの付着活性は酸安定部分と不安定部分の両方にみられ、より強い付着活性は酸安定部分あった。この活性は*-マンノシダーセ処理により側鎖の結合を切断したりあるいは硫酸処理により側鎖の長さを短くした場合に低下した。S. cerevisiaeの細胞壁マンナンも付着活性は示したが、カンジダと比べ活性は弱い。また、側鎖のないS. cerevisiae mnn2では全く付着活性が認められなかった。以上の結果から、カンジダ細胞壁マンナンの付着活性には主鎖と側鎖の両方が組織内マクロファージへの付着に関与していることが明らかになった。また、カンジダ酵母をマウス尾静脈に接種した後、脾臓周辺帯内に多数の酵母が観察され、これはマンナンの前処置により特異的に抑制された。この結果は酵母マンナンと脾臓内マクロファージとの特異的な反応が生体内で起こっていることを示唆している。次に、C. albicansをマウス尾静脈に接種し、臓器内の菌数を調べてみると、接種初期には肺、肝、脾などの臓器に多数の菌が認められ、腎での菌は少ない。この傾向は時間経過とともに逆転し、最終的には先の三つの臓器内のカンジダは速やかに減少し、逆に腎内菌数は増加した。同様の観察をマンナンの前処理をしたマウスを用いて行ったところ、いずれの段階でも肺、肝、脾内の菌数は未処置と比べ少なく、腎の菌数は未処置群に比べ増加した。これらの結果は、肺、肝、脾には多くのマクロファージが存在していることから、C. albicansは肺、肝および脾のマクロファージに速やかに取り込まれ、クリアランスされたものと考えられた。そして細胞壁マンナンの前投与はC. clbicans の肺、肝、脾への取り込みを抑制した。マクロファージ膜にはマンノースリセプターが存在することが知られている。今回の実験結果から、カンジダと脾臓食細胞との特異的反応にもこのマンノースリセプターが関わっている可能性が示唆された。そこで、肝、脾、肺、および腎におけるリセプター蛋白の存在を調べるために、 マウス腹腔マクロファージのマンノースリセプターに対するポリクローナル抗体(CRD3からCRD5の領域)をウサギを用いて作成し、ウェスタンブロットを行った。結果、脾内には約175 kDa付近に2本の陽性バンドが検出された。さらに、肺および肝にも弱いながら脾と同じサイズのバンドが認められた。しかし、腎では抗体と反応する成分は認められなかった。このことから、肝、脾、肺に腹腔マクロファージのマンノースリセプターと共通の(エピトープを持つ)マンノースリセプター蛋白が存在することがわかった。このことから、先のマンナン前投与によるC. albicansの肺、肝、脾への取り込みの抑制は、投与されたマン
ナンとマンノースリセプターとの反応の結果であることが示唆された。
結論
今回の実験から、血流中のC. albicansのクリアランスには 脾、肝、肺に存在するマクロファージが重要な役割を果たしていることがわかった。これらの臓器でのC. albicansの取り込はマクロファージのマンノースリセプターがC. albicansの細胞壁マンナンを特異的に認識することによりおこるものと考えられた。以上の結果は、C. albicansに対する感染防御ではマクロファージのマンノースリセプターによる酵母細胞壁マンナンの認識が重要であり、逆に、宿主免疫力の低下した個体ではこのリセプターを有する細胞が存在する臓器がカンジダの臓器侵襲の最初の標的となるかもしれない。

公開日・更新日

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