ヘリコバクタ-・ピロリの疫学的研究

文献情報

文献番号
199700860A
報告書区分
総括
研究課題名
ヘリコバクタ-・ピロリの疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
宮崎 元伸(福岡大学医学部衛生学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヘリコバクタ-・ピロリ(Helicobactor pylori,以下 H.pylori)は1983年に胃前庭部の生検組織より初めて分離され、その後この名が付けられた。H.pyloriは、胃に定着することから経口感染を起こすと考えられており、経口的接種により急性胃炎と慢性胃炎が起こることが報告されている。我が国におけるH.pyloriの感染率は他の先進諸国と比較して高く、特に40歳以上で 70%以上との報告もある。本研究では基本健康診査(基本健診)においてル-チン検査として採血を行うことを利用して、対象地域での受診者におけるH.pyloriの感染状況、さらに抗体陽性者においては病原因子として注目されているサイトトキシン関連蛋白(CagA)の有無を調査した。特に夫婦間および親子間においてH.pyloriの感染にどの様な疫学的特徴があるのか検討した。
研究方法
福岡県内の農村地域に位置する一町村をフィ-ルドとし、毎年実施される基本健診のなかで、平成 9年度に実施された基本健診の受診者を対象とした。基本健診は地区ごとに実施され、受診時に採血を行っている。基本健診に先立ちH.pylori感染の概要および検査の意義等について説明している。基本健診時の問診においては、年齢、性、身長、体重、既往歴、家族歴等の一般的事項に加え喫煙、飲酒および食習慣に関して質問票にて調査した。血圧、血液検査(赤?球数、血色素量、ヘマトクリット値、白血球数)、生化学検査(GOT, GPT, r-GTP,総蛋白、中性脂肪、HDLコレステロ-ル、尿酸等)、尿検査(尿蛋白、尿糖)などの数値も測定した。H.pylori抗体の測定にはWesternblotting (およびIgG-Specific enzyme immunoassay (Pirika Plate G Helicobactor II assay kit, Biomerica, Newport Beach, Carif)を用いており、プラス2のレベル以上を陽性としている。CagA蛋白はリコンビナントCagA蛋白を抗原として用いたenzyme-linked immunosorbent assay 法による測定を行った。Mantel-Haenszel カイ2乗検定を用い、男女別に年齢とH.pylori抗体、あるいはCagA蛋白との関係を検索した。さらに家族内、特に夫婦間あるいは親子間におけるH.pylori抗体の有無について検討した。統計解析はStatistical Analysis System (SAS Institute, Cary, NC)により行い、p<0.05を有意差ありと判断した。
結果と考察
今回の我々の研究における対象年齢は基本健診の受診者を対象としたため30歳以上が大部分を占め20歳未満は含まれていない。性別に関係なくH.pyloriの抗体陽性率は加齢とともに増加する傾向にあった(p<0.01)。H.pyloriの感染経路に関しては食物、水、唾液などを介して経口的に伝播し、医療機関においては経内視鏡的に感染することも報告されている。しかしながら、H.pyloriの感染経路に関しては糞口水系感染の可能性は否定できないが、衛生環境が改善されていることを考え合わせるとこの感染経路が今後我が国において重要となる可能性は低い。経口的に感染を起こす可能性を検討する際、家族内感染は感染経路のひとつとして考えられる。家族内伝播に関しても諸外国においては僅かではあるが報告されている。今回の我々の調査では 324組が夫婦として確認でき、 31.2%が夫婦ともにH.pylori抗体陽性、 45.3%は夫または妻のいずれかが陽性であった(表1)。夫婦ともにH.pylori抗体陽性であった 100組の夫婦において、CagA蛋白の有無が一致するか否かを検討したところ夫婦ともにCagA蛋白が認められたものが 33.0%、ともに存在しなかったものが 19.0%確認され、両方で 52.0%と夫婦間でCagA蛋白が一致しない組との有意差はないものの半数を越えていた(表2)。これらの結果は、H.pyloriの感染が夫婦間で起こり得ることを示唆している。親子間でのH.pylori抗体陽性の有無においては、父親がH.pylori抗体陽性の
場合に子もH.pylori抗体陽性であった割合は 38.5%であったのに対して(表3)、母親がH.pylori抗体陽性の際に子も陽性であった割合の方が 50.0%と高値を呈していた(表4)。一方、父親がH.pylori抗体陰性の場合でも子が陽性であった例は 14.3%、母親が陰性の場合でも子が陽性であった割合は 16.7%であった。これらの事実はH.pylori感染が、親子間で起こる可能性があることを示しており、その要因としては母親の方が父親よりも強く関係していることを示唆している。以上のことはH.pyloriの感染が夫婦間および親子間において有り得ることを示しており、親子間においてはより母親の影響が強いものと考えられる。しかしながら、今回の調査において、夫婦間および親子間の感染に関して疫学的に十分な検討を行うためには、対象とした組がそれぞれ 100例、20例と少なかったことは否定できない。従って、今後はさらに例数を増し疫学的研究を行っていく必要がある。
結論
基本健康診査の受診者 950名を対象としてH.pyloriの感染について調査した。H.pyloriの抗体陽性率は性別に関係けなく加齢にともない増加する。家族内感染に関しては、夫婦ともにH.pyloriの抗体が陽性であったものは 31.2%であり、そのうちCagA蛋白の有無が一致したものが 52.0%と約半数を占めた。親子間の感染についてもその可能性が示唆され、父親よりも母親の方が子への感染に関して影響が大きいことが伺われた。

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