コロナウイルスS蛋白のアミノ酸置換及び細胞融合活性の相違による病原性の変化に関する研究

文献情報

文献番号
199700859A
報告書区分
総括
研究課題名
コロナウイルスS蛋白のアミノ酸置換及び細胞融合活性の相違による病原性の変化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
山田 靖子(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウイルスの世界ではそれまで弱毒であったものが突然変異し、人類に対して脅威となる事例がある。最近ではマレーシアで高い致死率のウイルスの流行が報告されたが、原因はそれまではヒトに対して重篤かつ致死的な病原性を示さなかったコクサッキーウイルスであった。鳥のインフルエンザウイルスでは鳥に対し弱毒であった株が1アミノ酸の置換により非常に高い致死率を示す強毒株に変異した事例も報告されている。本研究課題の対象であるコロナウイルスはヒトでは気道感染を起こすcommon cold の原因ウイルスであるが、マウスでは種々の臓器に感染して、脳炎、肝炎、腸炎を引き起こし実験動物界ではその流行が最も問題となるウイルスの一つである。ヒトのコロナウイルスにおいても突然変異により病原性が変化する可能性があり得る。本研究ではマウス肝炎ウイルス(MHV)を1モデルとして、コロナウイルスのS蛋白に起こったアミノ酸変異が病原性に与える影響について検討した。多くのMHVのS蛋白は細胞由来の酵素で切断され2つのサブユニットに開裂しているが、強毒株MHV-2はこの開裂が起こらず、また多くのMHVと異なり細胞融合活性を示さない。本研究では強毒株MHV-2と、その変異株でS蛋白に2箇所のアミノ酸変異が導入されたために開裂が起こるようになり、かつ細胞融合活性を示すMHV-2fの病原性を比較した。
研究方法
マウスに対する致死率を測定するため、0.2mlあたり10(-1)PFUから10(5)PFUに10倍段階希釈したMHV-2、10(2)PFUから10(7)PFUに希釈したMHV-2fを6週齡のBALB/cマウスに各群5匹づつ腹腔内接種し、経時的に生存数を追った。次にマウスの臓器内でのウイルスの増殖を比較するため、10(5)PFUのMHV-2及びMHV-2fを6週齡のBALB/cマウスに腹腔内接種し、経時的に各2匹づつを殺処分して各臓器及び血液を採取し、DBT細胞を用いて0.1mg肝臓あたりのウイルス量を測定した。培養細胞でのウイルス増殖能を比較するため、DBT細胞にMHV-2及びMHV-2fをMOI 0.5で接種し、6時間後、9時間後、16時間後の培養上清を採取した。上清を採取した後の単層細胞を2回洗浄した後、凍結融解を3回繰り返し、細胞内ウイルス量測定の材料とした。
結果と考察
1. MHV-2及びMHV-2fの感受性マウスに対する致死率/MHV-2接種では10(2)PFU以上の接種では接種後6日までに全例が死亡した。10PFU接種では接種後4日に1匹、7日に1匹が死亡し、その後残り3匹は生存した。1PFU以下では5匹中5匹が生存した。MHV-2f接種では10(7)PFU接種でも全例が生存した。このことからMHV-2fはMHV-2と比較して非常に弱毒であることが判明した。2. MHV-2及びMHV-2fのマウス臓器内での増殖/肝臓内のウイルス量はMHV-2接種マウスでは投与後1日で肝臓0.1mgあたり10(4.10)PFU、2日で10(5.92)PFU、3日で10(7.08)PFUに増殖していた。MHV-2f接種マウスでは投与後1日で10(1.09)PFU、2日で10(1.52)PFU、3日で10(1.30)PFUであった。その後5、8、11日に採取した材料ではウイルスはほとんど検出出来なかった。このことからMHV-2fがマウスに対して弱毒であるのは体内での増殖が低いことに起因すると思われた。3. MHV-2及びMHV-2fの培養細胞での増殖/動物体内での増殖に大きな相違があったので、培養細胞での増殖を経時的に追った。上清中のウイルス量は6時間後でMHV-2が10(5.30)PFU/0.1 mlであっ)たのに対し、MHV-2fでは10(2.88)と2log以上低かった。9時間後ではMHV-2が10(6.97)に対し、MHV-2fが10(5.93)と約1logの差を示した。16時間後ではMHV-2が10(8.61)に対し、MHV-2fが10(8.36)でほとんど同じウイルス増殖であった。細胞内ウイルス量もほぼ同じ結果であった。このことから培養細胞ではMHV-2とMHV-2fは最終的なウイルス増殖量は変わ
らないが、感染初期の増殖速度がMHV-2の方が速いことが判明し、感染初期の増殖速度が病原性に与える影響が大きいことが示唆された。MHV-2とMHV-2fのS蛋白のアミノ酸配列はシグナルシークエンス部位と開裂部位の2箇所のみである。MHVの病原性はS蛋白との関連性が高いとされているが、2箇所のアミノ酸が変異しただけで病原性が大きく変化したことは、コロナウイルスにおいてもごく僅かなアミノ酸の置換により強毒なウイルスが出現する可能性があることが示唆された。しかし、他の遺伝子の関与も否定出来ないので、MHV-2とMHV-2fの全遺伝子の解析によりS蛋白以外のアミノ酸置換の確認も必要と思われた。
結論
強毒株MHV-2を親株とし、S蛋白に2箇所のアミノ酸置換を持つ変異株MHV-2f
は、S蛋白の開裂、細胞融合活性に加えて病原性についても親株と大きく異なり、マウスに対する病原性が著しく低下していることが判明した。S蛋白はMHVの病原性に大きな役割を持つと言われているが、2箇所のアミノ酸が変異しただけで病原性が大きく変化したことは、コロナウイルスにおいてもごく僅かなアミノ酸の置換により強毒なウイルスが出現する可能性があることが示唆された。MHV-2fの病原性の低下は感染動物体内で増殖しないためと思われた。培養細胞での最終的なウイルス増殖量は親株と変わらず、初期の立ち上がりが親株より遅かったので、MHV-2fの感染初期の増殖速度が遅いことが病原性に影響を与えたと思われた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)