細胞内寄生性細菌感染症におけるNRAMP1分子の役割(感染症発症の分子機構に関する研究)

文献情報

文献番号
199700857A
報告書区分
総括
研究課題名
細胞内寄生性細菌感染症におけるNRAMP1分子の役割(感染症発症の分子機構に関する研究)
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
岸 文雄(山口大学遺伝子実験施設)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
結核菌とは細菌学的には関係のないサルモネラやレーシュマニアといった細胞内寄生性病原体による感染に対する抵抗性/感受性も結核と同一の遺伝子座Lsh/Ity/Bcgによって制御されていることが、マウスの遺伝学的研究から明らかになっている。ヒトの自然抵抗性関連マクロファージ蛋白質Natural Resistance -Associated Macrophage Protein 1(NRAMP1)遺伝子及びその産物の機能解析を通じて、結核/サルモネラ/レーシュマニアなどの細胞内寄生性病原体に対する感受性・抵抗性の機序を明らかにする。これにより結核に対する疾患抵抗性/感受性の人種差・個体差も説明できるようになるであろう。わが国では、疾患感受性といえば既知の主要組織適合抗原複合体遺伝子にのみ興味が集中し、これ以外で制御されている要因に関する研究はいまだ手つかずの状態である。今後この細胞内寄生性病原体の自然抵抗性機構の研究から、新しい治療法を含めた突破口が開かれる可能性を追求する。
研究方法
1)細胞培養:使用した細胞株は以下である。U937 promonocyte cell line、K562 myelogenous leukemia cell line、Raji B-lymphoblastoid cell line、MOLT-4 T-lymphoblastoid cell lineの各細胞株を5%二酸化炭素ガス存在下、37℃においてRPMI1640(10%の牛胎児血清を含む)培地中で培養した。
2)ウェスタンブロット解析:170万個の細胞を採取し、Laemmliのサンプル緩衝液に細胞を溶かしたのち100℃で5分処理して完全に破壊し、これを総細胞抽出液とした。この総細胞抽出液を1レーンあたり10μgの蛋白量となるように10%SDSポリアクリルアミド・ゲル電気泳動に供した。泳動後、分離された蛋白をニトロセルロース・フィルターに電気泳動的に転写した。フィルターは2500倍に希釈した抗ヒトNRAMP1兎ポリクローナル抗体(#12766)と反応させたのち、アマシャム社製Enhanced Chemiluminescence法を用いて抗体と特異的に反応する蛋白分子を検出した。
3)Flow Cytometry解析:如何なる末梢血細胞がNRAMP1分子を細胞表面に発現しているのか解析するため、申請者が作製した抗ヒトNRAMP1兎ポリクローナル抗体(#12766)を用いて、ヒト末梢血細胞でFlow Cytometry解析を行った。ヒト末梢血は、健康な成人を対照として採取した。また以下のモノクローナル抗体を使用した:CD2, NU-TER; CD19, B4; CD16, MG38; CD14, CLM-Mon/1。細胞内抗原の検出の為の細胞固定方法としてOrtho社のORTHO PermiaFixを使用した。さらに、二次抗体としてFITC標識抗ウサギIgGヤギ抗体とPI標識抗マウスIgGヤギ抗体を用いた。
Two-color Flow Cytometryは以下の要領で行った。200μlの健康成人の全血に対して10μlのモノクローナル抗体を30分間反応させた。末梢血白血球をPBSで洗浄したのちPE標識抗マウスIgG抗体と30分間反応させ、再びPBSで細胞を洗浄した。細胞の固定の為には2mlのORTHO PermiaFixを加え40分間放置したのち100倍希釈した抗NRAMP1抗体(#12766)と60分間反応。さらにPBS洗浄した細胞をFITC標識抗ウサギIgG抗体で60分間処理した。細胞を十分に洗浄してからTwo-color Flow Cytometry解析を行った。免疫前のウサギ血清を対照として用いた。各実験は一人のドナーから採取されたものを使用している。
4)NRAMP1ホモログのスクリーニング:ヒトNRAMP1 cDNA断片をプローブとして、ヒト大脳皮質由来cDNAライブラリーをスクリーニングすることにより、脳で発現するNRAMP1ホモログの単離を目指した。コーカサス人の大脳皮質から得られたmRNAを鋳型としてoligo-dTをプライマー存在下でcDNA合成を行い、ラムダファージベクター上に載せることにより、cDNAライブラリーができあがる。このうち120万クローンをディッシュ上に培養した後、ナイロンフィルターHybond-N+に転写した。このフィルターに対して、ヒトNRAMP1 cDNAを放射性同位元素で標識しておいたものと反応させた。反応後、X線フィルムと密着させて感光させることによりNRAMP1 cDNAと相同性を持つcDNA塩基配列をもつクローンを検出した。3回のスクリーニングの後、LI-COR 4000L自動塩基配列決定装置を用いて陽性クローンのDNA塩基配列を決定した。
結果と考察
1)ヒトNRAMP1遺伝子の発現
ヒトNRAMP1 cDNAの構造解析の結果、NRAMP1分子は550アミノ酸からなる膜蛋白であり、N末端とC末端が細胞質側にあることが予想された。そこで、C末端17アミノ酸を化学合成したのち、Keyhole Lympet Hemocyaninに共有結合させたものを抗原とした。これをNew Zealand white rabbitに免疫することにより、抗ヒトNRAMP1兎ポリクローナル抗体(#12766)を得た。この抗体の有用性を確認するために、ヒト末梢血から分離したリンパ球の総抽出液を用いて、ウェスタンブロット解析を行った。その結果、分子量60kDaのバンドが特異的に検出され、その値はcDNAにコードされたアミノ酸配列から予想される分子量とよく一致していた。そこで、さらに幾つかのヒト血液腫瘍細胞由来の株化細胞を用いて、同様なウェスタンブロット解析を行ったところ、骨髄球系細胞K562、前単球系細胞U937、Bリンパ球系細胞Raji、Tリンパ球系細胞MOLT-4の各々の細胞に末梢血と同様に60kDaのバンドを検出した。
そこで、ヒト末梢血の成熟血液細胞では、如何なる種類の細胞がNRAMP1を発現しているかを検討した。そのために、Two-color Flow Cytometry解析を行った。対照は、健康成人から採取した末梢血を用いて、抗体はCD2(Tリンパ球系)、CD19(Bリンパ球系)、CD16(顆粒球系)、CD14(単球/マクロファージ系)のモノクローナル抗体と抗NRAMP1抗体を使用した。合計12人を対照とした。その結果、CD2陽性細胞22%、CD19陽性細胞27%、CD16陽性細胞3%、CD14陽性細胞53%が 抗NRMAP1抗体陽性であった。
2)ヒトNRAMP2 cDNAの単離
ヒトNRAMP1 cDNAをプローブとして、ヒト大脳皮質由来cDNAライブラリー120万クローンをスクリーニングした。その結果、14個の独立したクローンを同定した。そのなかで8個のクローンは強いハイブリダイゼーション・シグナルを示した。そこで、8クローンそれぞれのインサートDNAを抽出し、サブクローニングの後、DNA塩基配列を決定した。8クローンは全て同じDNA塩基配列を示し、NRAMP2 cDNAであることが判明した。もっとも長いcDNAインサートのDNA塩基配列を両ストランドにわたって決定した。全長4142塩基対で、5'非翻訳領域は88塩基対、3'非翻訳領域は2329塩基対、ポリAは39塩基対、これに挟まれた1683塩基対のオープン・リーディング・フレームとTAA終始コドンから成り立っていた。cDNA塩基配列はNRAMP1とNRAMP2の間で、非常に相同性が高く64%にホモロジーがあった。コードされるアミノ酸は561個で、予想される分子量は61456であった。この塩基配列は、DDBL/EMBL/GenBankの登録して、アクセションナンバーAB004857を得ている。
結論
NRAMP1分子は、ヒト末梢血では主にCD14陽性細胞で発現していることが明らかになった。反対に、CD16陽性細胞ではほとんど発現を検出できなかった。また、CD2陽性細胞、CD19陽性細胞においても一定程度の発現が検出された。従って、ウェスタンブロット解析によってヒト末梢血に観察された60kDaのバンドは、主に単球/マクロファージ由来であると結論される。この結果は、血液腫瘍細胞由来の株化細胞を用いた結果とは異なる。しかし、NRAMP1の発現は単球/マクロファージに特異性が高く、これらの細胞が生体内で結核菌やサルモネラ等の細胞内寄生性病原体を最初に貪食する細胞であり、自然抵抗性を担う細胞であることを考えあわせると、この発現と細胞内寄生性病原体の細胞内での処理過程をさらに調べてゆく必要があると考える。
ヒトNRAMP1の脳で特異的に発現されるホモログを検索する過程で、NRAMP2 cDNAの単離に成功した。全長4142塩基対で561アミノ酸をコードしていた。NRAMP2はNRAMP1と同様に膜蛋白であることが予想され、二価金属イオンのトランスポーターであることが予想される。まだ、不明なNRAMP1の細胞内での機能を考えるうえで、NRAMP2分子の構造とその発現をさらに調べてゆくことが重要であろう。

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