地域住民健診におけるヘリコバクターピロリ菌感染の疫学に関する研究

文献情報

文献番号
199700854A
報告書区分
総括
研究課題名
地域住民健診におけるヘリコバクターピロリ菌感染の疫学に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
島本 史夫(大阪医科大学第二内科学教室)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヘリコバクターピロリ菌(以下HPと略す)は胃内に生息するラセン菌で、HP感染により胃粘膜に炎症反応を引き起こし、慢性胃炎や萎縮性胃炎が形成され、さらにこの萎縮性胃炎が胃癌の発生母地になると考えられている。1994年WHO/IARC(世界保健機構/国際癌研究機関)は「HPは胃癌発生につながる病態の原因となる」として、確実な発癌物質と認定し、世界中の注目を浴びるに到った。また、消化性潰瘍患者にHP感染が高率にみられ、除菌により潰瘍再発率が著減することが知られている。これらの事実からHP感染の阻止、除菌は胃癌発生の予防や消化性潰瘍治療の大きな転換につながると考えられる。しかしながら、HPの感染率は国や地域、民族や社会環境、経済状態や年齢等により異なっており、その感染経路も未だに明らかにはされていない。本邦における感染率は欧米などの先進国と比べ高率であると考えられているが、その疫学調査は十分とはいえず、その報告の多くは医療機関受診者や人間ドック受診者を対象としたものである。つまり、何らかの疾患や症状を有する患者や検査希望者などを対象とした、特定の要素が加わった統計であり、本邦における「一般住民」のHP感染率を反映しているかどうかは不明である。HP感染性胃病変は,本来「感染症」として取り扱われるべきで、まずその感染の実態を把握するための十分な疫学調査を行う必要がある。人口1万人程度の地域を選び、住民健診時に13C-尿素呼気試験(13C-urea breath test:以下13C-UBTと略す)を行ない、HP感染について疫学的な検討を行った。このように地域住民健診受診者から一定地域住民のHP感染の有無を調べることにより、症状・疾患の有無や経済状態にとらわれない、日本に居住する人の自然なHP感染率を推定できるものと考えられる。
研究方法
兵庫県(淡路島)津名郡五色町において集団健診(平成9年5月~平成9年12月)を利用して13C-UBTを実施した。事前に本試験の目的・意義・方法・予期される副作用につき説明し、文書で同意が得られ、胃切除及びHP除菌の既往がない528人を対象とした。13C-尿素100mgを100mlの水道水に溶解して内服させ、20分後の呼気を1回のみ採取し、前値と比較して13CO2増加率を測定した。cutoff値を5‰としてHP感染を判定した。なお、上部消化管内視鏡検査(以下内視鏡検査と略す)施行の有無、診断は健診データベースにより調べた。
結果と考察
住民健診時希望者528人(男性164人、女性364人、平均年齢59.1±14.3歳)に対し13C-UBTを施行し、 HP感染陽性者は348人(65.9%)で、男性115人(70.1%)、女性233人(50.2%)とやや男性の感染率が高い傾向にあったが、年齢補正をしたうえでの統計学的には有意差は認めなかった。年齢層による感染率は20歳代が27人中6人(22.2%)、30歳代が35人中17人(48.6%)、40歳代が57人中33人(57.9%)、50歳代が102人中69人(67.6%)、60歳代が184人中134人(72.8%)、70歳代は105人中75人(71.4%)、80歳代が18人中15人(83.3%)であった。20歳代のHP感染率が最も低く、加齢とともに上昇し、80歳代で最も高かった。20歳代のHP感染率と30歳代以上の各年齢層における感染率の間には統計学的有意差(P<0.05~P<0.001)を認めた。症状や疾患の有無に関わらず現代日本のHP感染率は若年者に少なく加齢とともに増加し、40歳以上の中高年層では50%以上にみられると推察される。このような年齢層による感染率の相異は上水道整備との関係や農業人口の減少などと関係があると推測されるが、感染経路に関しては今後の若年層における感染率の推移などをみていく必要があると思われる。内視鏡検査施行者と未施行者のHP感染率に有意差はなかった。内視鏡検査で胃炎・胃潰瘍・十二指腸潰瘍と診断された有病
変群は404人中101人(25.0%)で、そのうちHP陽性者は101人中73人(72.3%);男性53人中40人(75.5%)/女性48人中33人(68.8%)であった。各病変におけるHP感染率は胃炎36例中24例(66.7%);男性17人中11人(64.7%)/女性19人中13人(68.4%)、胃潰瘍30例中23例(76.7%);男性20人中17人(75.5%)/女性10人中6人(60.0%)、十二指腸潰瘍25例中20例(80.0%);男性16人中11人(68.8%)/女性9人中9人(100.0%)であり、各疾患における男女間のHP感染率には年齢補正をしたうえでの統計学的有意差はみられなかった。内視鏡的病変を認めた者は404人中101人(25.0%)と少なく、有病変群( HP感染率72.3%)と無病変群( HP感染率69.3%)の両群間にHP感染率に有意差はなかった。HP感染陽性者のうち、内視鏡で病変を認めなかった割合は69.3%であった。HP陽性消化性潰瘍患者に除菌を行うと潰瘍再発が著明に抑制されることは明らかであるが、今回の疫学調査からHP感染が単独で直接消化性潰瘍発生に結びつく因果関係はみられなかった。HP長期持続感染者に萎縮性胃炎・腸上皮化生が進行し、胃癌発生の母地となりうるという仮説が強調されている。しかし、今回の調査ではHP感染単独で胃癌発生に結びつく因果関係もみいだせなかった。
結論
地域住民健診受診者におけるHP感染率は症状や疾患の有無に関わらず、若年者では低く、加齢とともに上昇し40歳以上では50%を越えていた。感染経路は明らかでなく、HP感染が単独で直接消化性潰瘍や胃癌などの胃病変発生に結びつく因果関係は得られなかった。今後,感染経路および発病機構解明のためには、さらに長期間の継続的観察を続けることが必要である。

公開日・更新日

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