現代に見合ったペストの予防・治療・診断・消毒及び検査体制の確立

文献情報

文献番号
199700853A
報告書区分
総括
研究課題名
現代に見合ったペストの予防・治療・診断・消毒及び検査体制の確立
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
塚野 尋子(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本では大正15年以来73年間ペストの発生がないため、過去の感染症と成りつつあったペストだが、昨今、病巣窟のある森林原野の開拓が進んだことにより、人間と野生動物との直接的、間接的接触が増え、世界の人ペスト患者も増加の一途をたどっている。また、日本に於いても、貿易の自由化や世界的交流の波に乗って、病巣窟からペスト患者、ペストネズミ、蚤が輸入される可能性は無いとは言い難く、万一に備えて、現代に見合った、的を絞った検疫体制、予防・治療体制、検査体制のシステム化のガイドラインの作製およびこれらの啓蒙活動が必要になっている。このような状態の中で厚生省の研究所として現代に見合ったペストの予防・治療・診断・消毒および検査体制の確立ために、以下の3項目については研究を行なった。
1)ペストの迅速診断法の開発
2)新薬抗菌剤によるペスト治療の検討
3)ペスト菌に対する新しい消毒薬の殺菌効力の検討
研究方法
1)ペストの迅速診断法の開発
緊急時や流行調査のためのペストの確定試験として、Y. pestis の60 Md, 7 Md, 42Mdプラスミドと染色体DNAにコードされている毒力遺伝子: Capsular Fraction 1 antigen (caf1), plasminogen activator (Pla), Yersinia outer membrane protein (yopM)およびinvasin(inv) に対するプライマーを用いてペストの遺伝子診断を試みた。Y. pestis 野性株36株, Yersinia 属の病原性細菌である Y. pseudotuberculosis 8株, Y. enterocolitica 3株, Y. pestisと共通抗原を持つEnteropathogenic E. coli , Enteroinvasive E. coli , Shigella sonnei, Salmonella typhimuriumや人間に常在しているStaphylococcus aureus, Streptococcus pyogenes 計6株を100℃, 10 分間加熱処理してDNAテンプレイトとした。PCRはディネイチャーを94℃30秒、アニーリングを54℃1分、伸長を72℃90秒で30サイクルという条件でを行った。
2)新薬抗菌剤によるペスト治療の検討
従来使用していた抗ペスト薬と比較して新薬の(ニューキノロン系、セフェム系、テトラサイクリン系、アミノグルコシド系、カルバペネム系、マクロライド系)の効力を調べるため、まずin vitro系としては、96穴プレートを用いて2倍段階希釈の抗菌薬液を作製し、コントロールのペスト菌を104CFU/ wellの割合で加えて、27℃で48時間培養後、最小発育阻止濃度(MIC)法から抗菌活性は検討した。次に、マウス系を用いた動物実験での効力を調べるため、マウス当たり100LD50のペスト菌を攻撃後、5倍段階希釈した抗菌剤を4段階作製し、段階希釈したそれぞれの抗菌剤液を1群当たりマウス10匹を用いて、経口又は皮下に投与し、得られたLD50値から抗菌薬の有効性を調べた。
3)ペスト菌に対する新しい消毒薬の殺菌効力の検討
フェノール、OPB-2045、クロルヘキサン、塩化ベンザルコニウン、塩化べゼトニウム、ポピドンヨウド、次塩素酸ナトリウム等を2%より2段階希釈し、エタノールは80%、70%....10%まで希釈し、各々の希釈液に、30秒、1分、2分、3分、5分間ペスト菌を浸し、菌が増殖できなくなった希釈値と時間から消毒薬の効力を決めた。
結果と考察
1)ペストの迅速診断法の開発
マルチプレックスプライマーを用いたPCR法の結果は、Y. pestis のみにcaf1, pla, yopM のプライマーで増幅される171bp, 480bp, 565bP DNA断片が検出され、Y. pestis とY. pseudotuberculosis に共通するinv のプライマーによって増幅される295bpDNA断片はY. pestis とY. pseudotuberculosisに検出され、非特異バンドは検出されなかった。この結果から、我々のPCR反応条件下でそれぞれ caf1, inv, pla, yopM に対するプライマーを用いるペストの遺伝子診断は非常にペストに特異性を示し、緊急時や流行調査のためのペストの確定診断として有効な方法であることが示唆された。
2)新薬抗菌剤によるペスト治療の検討
各種薬剤のペストに対する抗菌活性は、マクロライド系やホスホマイシン系を除くほとんどの抗菌剤に対して最小発育阻止濃度が4μg/ml 以下で、特にニューキノロン薬は0.06μg/ml 以下と非常に高い効力が見られ、セフェム系第一、第二、第三世代は種類によって、かなり効力に差が見られた。in vivo 系での実験結果は従来ペストの治療薬として使用されるアミノ配糖体系のゲンタマイシン、テトラサイクリン系のミノマイシン(テトラサイクリンよりはるかに効果がある)は効果があるが、ニューキノロン系の方が一般的にさらに高い効果を示し、その中でもスパロフロキサシン、レボフロキサニンは特に高い効果を示した。ペストに対しての第一選択剤としてニューキノロン薬を考慮すべき結果が得られた。
3)ペスト菌に対する新しい消毒薬の殺菌効力の検討
現在一般的に使用しているフェノール、OPB-2044、クロルヘキサシン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、ポピドンヨード、次亜塩素酸ナトリウム、エタノールのペストに対する殺菌効果は、従来ペストの消毒薬として使われていたフェノールやエタノールよりも他の消毒薬の方が低濃度で殺菌でき、その中でも特に、ポピドンヨード、次亜塩素酸ナトリウムの殺菌効果が高い事が判明した。エタノールは無害性、使いやすさの点から考えると利点があるので消毒する場所、物体、目的に合わせて、良い消毒剤の選択方法を考えるべきだろう。
結論
1. マルチプレックスプライマーを用いたPCR法は、緊急時や流行調査のためのペストの確定診断として有効な方法であることが示唆された。
2. 従来、ペストの治療薬として使用されているアミノ配糖体系のゲンタマイシンやテトラサイクリン系のミノマイシン(テトラサイクリンよりはるかに効果が高い)は効果があるが、ニューキノロン系の方が経口投与にもかかわらす、さらに高い効果を示し、その中でもスパロフロキサシン、レボフロキサニンは特に優れた効果を示した。
3.ペスト菌の消毒剤として特に、ポピドンヨード、次亜塩素酸ナトリウムの殺菌効果が高い事が判明した。エタノールは無害性、使いやすさの点から考えると利点があるので消毒する場所、物体、目的に合わせて、良い消毒剤の選択方法を考えるべきだろう。

公開日・更新日

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