輸入感染症としての狂犬病ウイルスの疫学的研究

文献情報

文献番号
199700850A
報告書区分
総括
研究課題名
輸入感染症としての狂犬病ウイルスの疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
新井 陽子(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国における狂犬病は、1970年のネパールからの輸入感染例以外には報告がない。しかしながら、発展途上国、特にアジアにおいては未だに重要な感染症のひとつであり、わが国に持ち込まれる可能性は依然として続いている。本研究の目的は、輸入感染症としての狂犬病ウイルスの新しい検査、診断法の確立のため、簡便なRTーPCR法による狂犬病ウイルスN(nucleoprotein)蛋白遺伝子の検出法を検討することにある。狂犬病ウイルス感染診断には、蛍光抗体(FA)によるウイルス抗原を検出する方法が一般 的であるが、感染経路の特定はできない。近年、感染経路の特定も可能なnested PCR法による診断がFAと併用して試みられている。しかし、このnested PCR法は特異性が高いものの、煩雑で時間がかかるためコンタミの危険性がより高くなっている。しかもすべての分離株に有効かどうかの検討がいまだ不十分である。われわれは狂犬病ウイルス感染診断のために、nested PCR法より迅速で簡便な1チューブを用いた一段階RT-PCRによる狂犬病ウイルス遺伝子の検出法を検討した。さらにこの方法がアジアの流行株に対しても利用できるかどうか、検討し改善を加えた。増幅したPCR産物(203bp)から解析した遺伝子配列がウイルスの感染経路の追跡に有用かどうかも併せて検討した。
研究方法
ウイルスはfixed rabies(実験室株)としてCVS(challenge virus standard)、HEP (high egg passage)Flury、LEP(low egg passage) Flury 、M512、Komatsugawa、Nishigaharaのマウス脳およびニワトリ胚細胞に継代した株そしてstreet rabies(野生株)としては、1979年にタイのイヌから分離されたTHA-Abha、1985年THA1009、THA1013、THA1017と1984年ウマから分離したZAM-R79、1995-1996年のスリランカの材料を用いた。ウイルス抗原の検出は脳のスタンプをFAの直接法で染色した。ラベル抗体は狂犬病ウイルスおよびリッサウイルスに特異的な抗体を使用した。ウイルス遺伝子の検出は、動物脳から直接ISOGENでRNAを抽出し、N遺伝子のいくつかの領域を増幅させ、すべての狂犬病ウイルスが検出できる条件を検討した。PCR産物の塩基配列はABIによるDye Terminator Cycle Sequencingで決定し、GCGの PILEUP遺伝子解析を行った。さらに狂犬病ウイルスの地理的および宿主の特異性が判明するかどうかを調べた。 
結果と考察
1、RT-PCR法の術式はプライマーとしてN遺伝子の (sense primer, at position 66-82, 5'-CTACAATGGATGCCGAC-3', and antisense primer, at position 365-385,   5'-TGGGGTGATCTT(A/G)TCTCCTTT-3)を設定した。 RT-PCR反応として、RTは 42℃ 30分, PCR は94 ℃ 60秒、45 ℃ 60 秒、72 ℃ 60秒 を25サイクル、さらに72℃ 5分の条件を確立した。 2、実験室株としてCVS、HEP Flury、LEP Flury 、M512、Komatsugawa、Nishigaharaの6株、また野生株としてタイのイヌから分離した株1009、1013、1017、Abhaの4株とザンビアのウマから分離したR79の1株と調べたすべての株がこのRT-PCR法で検出できた。3、Nishigahara株はマウス脳に継代していた株とニワトリ胎児に継代していた株(NOPM)のこの領域での遺伝子配列は一致した。4、HEP Flury株とLEP Flury株のこの領域での配列は同じであつた。データーベースの検索ではCVS株とホモロジーが高かった。5、M512 はポーランド、エストニア、ユーゴスラビア、ドイツ、ブラジル、メキシコ等の株と93.1%で一致した。6、Komatsugawa株はデーターベースからの検索で、グリーンランド、ネパール、カナダのオンタリオ、ハドソンベイとロシアの株とホモロジーが高かった。日本で分離された株となっているが、疑問が残るところである。7、R79は、データーベースからの検索では、ザンビアで分離
された9363ZAMと100%一致し、他のアフリカ、タンザニア、南アフリカ、ナンビアの株とホモロジーが高かった。ヨーロッパで分離された株に近かった。8、タイの分離株4株は8738THAに近くそれぞれ高いホモロジーを示した。タイの分離株はマレーシア以外の分離株とは90%以下の低いホモロジーであった。9、これら102株のこの解析した領域でのN 遺伝子はホモロジー90%以下で1、America(4株)2、South America(2株)3、Africa(3株)4、Europe/ Middle East/Africa/America(52株 )5、North America/Arctic(16株)6、Africa(17株)7、Africa(1株)8、 Asia、Thailand and Malaysia(6株)9、Asia、Sri Lanka (1株)の9つのグループに分類出来た。10、スリランカの野生株からもN遺伝子の検出が可能であった。この一段階RT-PCR法は簡便で迅速な手技であり、そして、上記の実験室株とタイ 、ザンビアおよびスリランカの野生株と調べたかぎりのすべての株から狂犬病ウイルスの遺伝子が容易に検出できた。蛍光抗体法ではウイルスの由来および分離した場所等が特定できないが、この方法で解析が可能になった。さらにウイルスの進化の過程、ウイルスの歴史的な侵入、拡大の様子も解析されることが期待できる。この研究で設定したプライマーは、 N遺伝子の保存されている部位で、しかも最も変異した部位を含んでいる領域を増幅できる。このことからウイルス分離株を比較する上で適していると考えられ、狂犬病の疫学の解明に役立つことが示唆された。しかしながら世界的に見てもアジアの分離株についての報告が少なく、日本に密接なこれらの国々の株について、今後も検討していく必要がある。
結論
実験室株とアジア、アフリカの野生株について一段階RT-PCRをおこなつたところ、調べたかぎり全部の株が検出可能であった。これらの株と既報の塩基配列のデータと合わせ解析したところ、世界各地で分離された狂犬病ウイルスは地域特異的なウイルス株として、各地に分布していることが明らかになった。この一段階RT-PCR法は簡便で時間もかからないことから、大量の試料を調べることが可能である。また増幅したこの領域の塩基配列を解析することによって、感染経路の不明な患者の特定に役立つとともに、狂犬病の疫学の解明に寄与できると考えられた。これらの研究は海外で狂犬病ウイルス感染が疑われた人に対するワクチン投与等の厚生行政に直接貢献できる。

公開日・更新日

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