寄生虫による食品の汚染調査とその予防に関する基礎的研究

文献情報

文献番号
199700847A
報告書区分
総括
研究課題名
寄生虫による食品の汚染調査とその予防に関する基礎的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
川中 正憲(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の食品流通における大量輸送手段とコールドチェーンの発達とにより、輸入品を含む生鮮食料品がわが国全体に広く行き渡っている。魚介類・獣肉を介した寄生蠕虫の感染に関しては、理屈の上ではそれら食品の冷凍による前処理あるいは完全加熱調理によってその殆どを予防することができると考える事もできようが、日本人の「なまもの嗜好」の食習慣が続く限り感染の根絶は困難な状況にある。この感染様式をとる寄生虫疾患は全体としての感染者数は減少しているが、全国的な流通や食品の保存技術、人々の嗜好など社会状況の変化につれて寄生虫の種類はむしろ多様になってきており、地域的な拡大の様相を呈しているものがある。従ってかつての時代には考えられなかった種類の寄生虫感染の危険性が現実のものとなり、適切な監視体制と制御対策からなる「危機管理システム」を構築しておく必要があると考える。そのためには、寄生虫による食品への汚染の現況を、輸入食品をも含めて全国的に把握することと、今後予想される寄生虫感染に対処する方策が立てられなければならない。本年度は、主として九州地方において多発している肺吸虫症対策のための調査を行う事とした。九州での肺吸虫感染の特徴は、猪猟に伴う猪肉の生食に起因して患者の発生が見られることである。そこで、屠畜場での検査を経ないで食肉として消費される猪肉について調査を実施することとした。
研究方法
肺吸虫の感染は、淡水産カニ又は猪肉の生食による。今回の調査対象とするものは後者の場合である。感染者が摂食する場として自ら捕獲して食するケースと、何らかの流通経路で売買されるものとがある。現地の病院と衛生部及び猟友会など各機関の協力をえて現地に赴き、疫学調査を実施した。研究室では、幼虫移行症を中心として従来から実施している血清抗体検査結果の解析を行い、また、捕獲した猪肉の汚染状況を筋肉からの肺吸虫幼虫検査と血清抗体のチェックによって推定した。
結果と考察
 最近3ヶ年に、血清診断のために感染研寄生動物部へ検査依頼がなされたもののうち抗体陽性である事から肺吸虫症が強く疑われたケースは32例であった。このうち23例は九州からのものでその半数は猪肉の生食に起因する感染が疑われた。このことは、主として九州では猪の狩猟者の間で肺吸症感染例が現在も持続的に発生している事を示している。環境庁の「鳥獣統計資料」によれば、近年のイノシシの捕獲数は毎年全国で6万頭を数えるが、九州地方における実績はその4割以上の2万5千頭に達するという。これらの猪肉は、狩猟者による自家消費か又は食肉業者を通じて流通過程へ入っている。猪肉としての流通そのものが肺吸虫症感染への危険性を直ちに意味するものではないが、肺吸虫幼虫による汚染状況と、生食という食習慣の有無が本症発生の前提条件となる。そこで関係各方面の協力を得て、猪狩猟者へのアンケート調査と捕獲された猪肉の幼虫検査、血清抗体と糞便の検査などを実施した。その結果、アンケートは鹿児島県垂水地域、宮崎県日南地域、宮崎県延岡地域そして山口県下関地域から回収され、その結果の一部を(猪肉生食経験者/回収数)で示すと、それぞれ(10/10)、(6/14)、(3/10)、(8/8)であった。即ち、猪狩猟者の6割以上は猪肉の生食経験があると答えている。
平成9年度の猪猟解禁期に猪84頭から200g程度の筋肉を採取し肺吸虫幼虫の回収試験を行った。その結果、養殖猪(0/8)、九州産野生猪(1/67)、近畿産野生猪(0/9)で、宮崎県延岡地域の猪から生存している幼虫が回収された。また、血清抗体のチェックはELISA法で106頭分について実施し、その陽性率は養殖猪(0%), 九州産野生猪(74%)、近畿産野生猪(41%)という結果であった。
結論
肺吸虫はモクズガニかサワガニの摂食で感染することは昔から知られていたが、昭和50年頃、肺吸虫がイノシシ肉の生食によっても感染する事が南九州での調査から明らかにされた。これはイノシシがカニを好んで食べ、その結果肺吸虫の幼虫がイノシシの筋肉中に蓄積されてそれをヒトが摂食することにより感染が成立する。以来20年経ち人々への啓蒙によりこのルートによる感染は一時期減少したかに見えたが、近年、増加傾向が認められる。患者が猪ハンターである場合は、猪肉を生食することの危険性を知らないか過小評価しているところにあると考えられたが、アンケート調査の結果多くの場合、後者である事も明らかとなった。他方でこれらの猪肉がある流通ルートに乗って商品として西日本を中心として出回っている事実がある。今回、明らかになった肺吸虫幼虫の猪肉への汚染実態から見て、猪肉生食の危険性は更に周知徹底される必要があると思われる。

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