ライム病発症の分子機構に関する研究

文献情報

文献番号
199700845A
報告書区分
総括
研究課題名
ライム病発症の分子機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
磯貝 恵美子(北海道医療大学歯学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
世界の国々で遊走性紅斑の出現率が異なる理由や神経症状など多彩な臨床症状の発病病理が異なる理由は明らかにされていない。マウスモデルにおいて世界各地で分離される様々なライム病病原体は異なった皮膚病変を形成する。このことは菌種の違い-菌体表層のリポ蛋白が関与すると考えられてきた。これらの菌体構成成分はそのものが直接宿主細胞を障害するのではなく、その応答を介して作用するものである。宿主の炎症および免疫応答の分子機構をあきらかにすることはライム病病原体の全身拡散を抑制し、後期ライム病の発症をおさえるのに役立つかもしれない。
研究方法
本研究では2つの面からのアプローチを行った。ひとつは実験動物モデルを用いた検討であり、他ひとつは実際にひとで問題となる感染病態が出現しているかどうかを探ることである。感染動物モデルとしては種々の系統のマウスを使用した。感受性決定のための遺伝的背景を知るためにハプロタイプの異なるコンジェニックマウスを用いた。さらに、免疫能の欠損したSCIDマウスを用いた。ライム病ボレリアとしては北米、ヨーロッパおよび日本で分離された菌株を用いた。これらボレリアにかんせんしたマウスにおける病態を感染の分子機構の観点から解析した。マウスでの結果から問題となる疾病のしぼりこみを行った。日本における後期ライム病の実態を把握するため、ひとでの調査を開始した。
結果と考察
1. 皮膚病変形成:皮膚病変はライム病病原体を接種されたすべてのマウスで観察された。初期病変は本病に罹患した野生動物の皮膚病理像とよく似ていた。しかし、菌株、菌種によって病変形成能は異なっていた。このことは菌体表層リポ蛋白(OspA、B,Cなど)の発現が質的および量的に違うことに依存すると考えられた。2. 全身拡散-標的臓器としての脳および神経系:標的臓器として脳や神経組織がある。実際、日本のライム病患者のなかで神経症状については注意が必要であることを明らかにしつつある。マウスでの感染実験では脳などから本菌の分離が高率にでき、かつ、炎症性サイトカインであるIL-1,IL-6, TNFが高いレベルで検出された。3. 感受性の遺伝的背景:ライム病病原体をもつマダニ刺傷を受けた場合の推定発症率は1-1.5%とされている。人ではHLA-DR4やDR2などが疾患感受性に関与していると報告されている。そこで、異なったH-2ハプロタイプをもつコンジェニックマウスを用いて感受性の差を検討した。その結果、疾患感受性には免疫応答遺伝子群が関与すること、感受性マウスでは種々の標的臓器で高い炎症性サイトカイン応答を示すことがわかった。4. ガラクトシルセラミド(GalCer)への結合:感染性とGalCerへの結合性には密接な関連がある。GalCerは生体側の糖脂質レセプターとして機能しているためと考えられている。SCIDマウスにおいて日本固有の菌種であるBorrelia japonicaもGarCerに結合し、感染性を示すことがわかった。5. プロテアーゼ抑制:Nafamostat Mesilate(NM)は凝固線溶系およびTNFの生合成の抑制に効果を示す。細菌感染症においてNMは有効であることを証明した。現在、ライム病感染モデルについても検討中である。6. 日本におけるライム病患者:日本分離株はマウスの感染実験において局所にとどまらず、全身に拡散することがわかった。また、EM様の皮膚病変形成能は低かった。そこで、ライム病の診断体制を確立するとともにライム病を媒介するマダニが多く生息している地域(北海道穂別)の患者を中心に調べた。ライム病抗体陽性例は顔面麻痺などの神経症状を示す患者に多かった。ヘルペスウイルス感染による顔面麻痺患者ではライム病ボレリアに対する抗体は陰性であり、これらを除外すると約75%の患者でライム病ボレリアに対する抗体は陽性
であった。その他のライム病関連疾患としては心疾患や関節痛、不明熱などがあげられる。D.考察マウスでの感染実験から日本で分離されるボレリアは北米やヨーロッパ分離株と比較して同等の感染力を有していた。しかし、それぞれの菌株でことなった病態を示すことがわかった。その理由は菌体表層の発現分子が異なっていることがあげられる。さらに、宿主の免疫応答能の違いやH-2ハプロタイプによる疾患感受性の違いが異なった病態を導くものと考えられた。組識親和性は標的臓器を決定するおおきな要素となる。すくなくとも、神経細胞に存在するGalCerはその標的分子としてライム病ボレリアに共通して存在するものと考えられた。日本株がマウスに容易に感染し、神経病変を形成することは人でも同様の感染が成立していると思われた。すでに、原因不明のぶどう膜炎患者の一部はライム病によるものであることを報告している。マダニ棲息密度のたかい北海道穂別町(人口4000人)で顔面麻痺をはじめとするライム病関連症状を示す患者が多いことを見出した。このことは、厚生省がライム病を希少感染症として考えていることに警告を示すものであり、神経疾患を含めた後期ライム病患者対策を早急に進めるべきと思われる。
結論
ライム病ボレリアはマウスに皮膚病変を形成するだけでなく、血流に乗って全身に拡散し神経病変などを形成する。感染様式や病変の現れかたの違いは菌体表層の分子の違いによるものと考えられた。宿主の炎症反応は病態に関連した。さらに、感受性をきめる要素に免疫応答遺伝子群、組識親和性におけるリガンドの存在、サイトカインを中心とした宿主応答性などが関与することがわかった。日本で分離されるライム病ボレリア感染については神経症状を呈する患者について再検討すべきであろう。

公開日・更新日

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