デング熱媒介蚊であるヒトスジシマカの分布域拡大に関する研究

文献情報

文献番号
199700843A
報告書区分
総括
研究課題名
デング熱媒介蚊であるヒトスジシマカの分布域拡大に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
小林 睦生(国立感染症研究所・昆虫医科学部・室長)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 近年デング熱は熱帯・亜熱帯地域を中心に全世界的な流行が起こっており,デング出血熱(DHF)によって多数の患者が死亡している。主要な媒介蚊はネッタイシマカであるが,ヒトスジシマカの重要性も認められている。また,中南米,北米,ニュージーランド,イタリアなどではヒトスジシマカが古タイヤ等によってアジア地域から運ばれ既に定着し分布域を広げている事が知られている。米国ではヒトスジシマカがデング熱以外の数種ウイルスに対して感受性がある事が明らかになり,分布域が精力的に調べられている。そこで国内でのデング熱の二次感染の増大の可能性から,我が国のおけるデング熱媒介蚊の分布調査を行う事は疾病予防上重要と考えられる。現在までに東北地方を中心にヒトスジシマカの分布を調査してきたが,長い間仙台市以南に分布すると考えられていたヒトスジシマカは明らかに北へと分布域を拡大している傾向が認められている。そこで,福島,秋田,岩手,宮城県におけるヒトスジシマカの分布の詳細を明らかにし,その分布を規定している環境要因の解析を行う事はデング熱の二次感染を予防する意味で重要と考える。また,戦後一時的に国内の分布が報告されたネッタイシマカに関して九州以南での過去10年ほどの調査が行われていないので,八重山諸島を中心に分布調査を行う。これらの調査を通じて分布調査法,密度推定法等の標準化をめざし,今後の積極的疫学調査の方法論を確立したい。
我が国における第二次世界大戦中の関西および九州で起こったデング熱の大流行がヒトスジシマカによって媒介された事はネッタイシマカが当地で定着できない事から間違いないと考えられる。近年の海外旅行者の急増および東南アジア等からの人の交流を考えた場合,国内においてもデング熱の二次感染患者数が増大する可能性が予想される。実際,不明熱で国内の医療機関を受診した海外渡航歴のある患者の多くにデング熱に対する抗体が存在する事が最近の血清学的調査で明らかになってきた。この血清学的調査は国内で発症した患者のほんの一部を調査しているに過ぎず,相当多数のデング熱ウイルス感染者が発症以前に帰国している可能性が高く,有熱期を中心に血液中に出現するデング熱ウイルスをヒトスジシマカが吸血時に取り込む可能性は高い。また,ヒトスジシマカは1940年代の本症流行時に比べおそらく遜色のないほど多数かつ広大に分布していると推定される。国内での二次感染を防ぐためにヒトスジシマカの分布域,発生密度の調査等が予防疫学上重要である。また,地球温暖化に絡んで八重山諸島,宮古島および沖縄本島でのネッタイシマカの侵入の有無を定期的に調査する事が積極的疫学調査の一貫として必要と考えデング熱媒介蚊の分布調査を行った。
研究方法
 調査方法は,主として古タイヤや空き缶,また寺社内あどの石碑のくぼみや花立てなどの小型容器に溜まった水をピペット等で採取して,その中に発生している蚊幼虫や蛹をポリスチレンのビンに捕集し持ち帰り,実験室内で飼育し羽化後同定する。また,必要に応じて吸血のために飛来した成虫を吸虫菅等で捕集する。
結果と考察
1995および1996年の2回にわたり宮城県を中心に都市部でのヒトスジシマカの分布を調査してきた。今までに日本海側では新潟市,酒田市,本庄市および秋田市でヒトスジシマカが採集され,北緯40度近くに存在する秋田市でヒトスジシマカが採集された事は興味深い。太平洋側での北限より遥かに北に位置する秋田市での生存確認は冬期での積雪に関係する可能性がある。また,福島県全体および岩手県の一部の調査を行いヒトスジシマカの東北地方における近年の分布域を一部明らかにしてきた。この研究において,宮城県では仙台市より約60kmほど北に位置する古川市においてヒトスジシマカが採集され,石巻市および塩釜市においても採集された。福島県を中心とした調査では,1月の日最低気温の平均がー5C以下であり,標高が350m以上で人口密度の低い(1キロ平方に50人以下)の地域である田島町,南郷村および只見町にはヒトスジシマカの分布が認められず,ヤマトマブカおよびアカイエカが小型容器から採集された。この結果より明瞭な結論を出す事は現時点では無理があるが,ヒトスジシマカの卵の越冬における低温限界および人と物資の流通量とに関係する可能性が考えられる。我が国においてヒトスジシマカは都市部での人工的な小型容器に多数発生して事が知られており,デング熱の二次感染との関連から考えると人口密度の高い都市部においてより焦点をあてた疫学調査が必要と考えられる。一方,中南米・東南アジアにおけるデング熱の主要媒介蚊であるネッタイシマカは戦後九州地方の一部に短期間ではあったが生息が確認されている。その後複数回沖縄本島,八重山諸島でネッタイシマカの分布調査が行われたが,全ての調査で分布が認められなかった。過去10年ほど同地方での調査が行われておらず,近年の地球温暖化に伴って新たなネッタイシマカの侵入の可能性も考えられることから八重山諸島の石垣島と西表島で調査を行った。その結果,土器,プラスチック容器,放置タイヤ,墓石,花立て,竹の切り株,タロの葉えき等からヒトスジシマカ,リバースシマカ,ヤエヤマシマカ(Ae.
flabopictus miyarai), Aedes aureostriatus taiwanus, オオクロヤブカ,ネッタイシマカ,オキナワクロウスカ,ヤエヤマナガハシカ,オキナワカギカの3種のStegomyia亜属を含む5属9種の蚊が小型の発生源で採集された。しかし,今回の短期間の調査においては八重山諸島におけるネッタイシマカの分布は確認出来なかった。非常に限られた調査であり,今後継続してネッタイシマカの侵入を調査する必要性を強く感じている。        
結論
1)東北地方における調査では,古川市でヒトスジシマカの分布が確認され分 布北限が明らかに北に移動している事が確認された。
2)福島県での調査では1月の日最低気温の平均が-5C以下で,人口密度が低 く,標高が高い地域(只見町,南郷村,田島町)ではヒトスジシマカが分布 せず,太平洋沿岸および県中央部には分布がみれらた。
3)八重山諸島(石垣島および西表島)での蚊の調査では,ヒトスジシマカを含む3種のStegomyia属の蚊が確認され,デング熱との関連で興味深い。なお,今回の調査ではネッタイシマカの分布は確認されなかった。

公開日・更新日

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