新しい内臓幼虫移行症としてのブタ回虫人体感染の実態解明とその対策

文献情報

文献番号
199700842A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい内臓幼虫移行症としてのブタ回虫人体感染の実態解明とその対策
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
名和 行文(宮崎医科大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ブタ回虫はブタに感染すると下痢、発育不良、喘息様呼吸器症状などを呈し、獣医領域における重要な寄生虫として知られている。特に本寄生虫感染によって起こるブタの肝白斑病は肝廃棄という直接的な経済損失をもたらしており、その被害総額は年間数億から数十億円にものぼると推定されている。このブタ回虫はヒト回虫と非常に類似しており、実験感染の結果からヒトがブタ回虫の虫卵を摂取すると激しい好酸球性肺炎や肝機能障害をおこすことが知られていた。しかしながら、ブタがこの寄生虫にかなりの頻度で汚染されていうことは知られているにもかかわらず、ブタ回虫がヒトに感染する可能性については殆ど注目されておらず、実際の患者の報告もほとんどなされていなかった。我々は近年南九州を中心に多発している著明な好酸球増多を伴った肺炎や肝病変の症例の多くがブタ回虫幼虫による内臓幼虫移行症(VLM)であることを明らかにした(Lancet 347: 1766-1767, 1996;病原微生物検出情報 17: 191-192, 1996;予防医学ジャーナル 317: 18-20, 1996)。患者発生はその後も継続しており、これまでの症例全てをとりまとめたところ、最近10年間で約60例もの患者が南九州を中心として九州各県から発生していることが明らかになった。患者の発生地が宮崎・鹿児島県境に特に濃厚にみられることから、我々は平成9年度文部省科研費基盤研究(B)の交付を受けてこの地域における住民のブタ回虫感染状況の疫学調査に着手した。ところが、調査対象の地区・対象者の数が当初予想以上に多くなったため、平成9年度厚生科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業)奨励研究費の交付も受けて、免疫血清学的な疫学調査を実施した。
研究方法
宮崎県都城保健所日高義雄所長、同瀧口俊一主幹、三股町国民健康保険病院中村茂院長、田野町国民健康保険病院谷口武臣院長、椎葉村国民健康保険病院今田真一院長らの協力を得て、宮崎県4町1村の定期住民検診血清についてブタ回虫抗原を用いたELISA法にてIgG抗体価測定を行った。検査実施に先駆けて住民の同意を得るために、ブタ回虫による幼虫移行症に関するパンフレットを作成配布して趣旨を周知徹底した上で、定期住民検診実施当日にも趣旨説明を行い、検査を受けることに同意したものの検体のみについて抗体測定を行った。ちなみに受診者の95%について同意が得られた。抗体陽性者については全員に結果を報告し、最寄りの病院にて肝機能、腹部エコー、胸部X線撮影などによる精査を実施した。鹿児島県2町については自治体の協力が得られなかったため公式な調査を実施することはできなかったが、鹿児島大学医動物学野田伸一助教授、および鹿児島県厚生連健康管理センター渋江正センター長の協力を得て、同センターが実施した定期住民検診保存血清について、予備実験として抗体測定を実施した。さらにブタにおけるブタ回虫感染状況を知るために宮崎大学農学部家畜内科学堀井洋一郎助教授を共同研究者として、都城食肉衛生検査所の協力により、小規模サンプリングによる検便、肝白斑の視診、血清中の抗ブタ回虫抗体価測定を実施した。抗体価測定の陰性コントロールとしては宮崎医大学生110名から同意を得た上で採血した血清を用いた。
結果と考察
総数約13000検体のうち約20%が抗体陽性と判定された。養豚業の盛んな地域では住民の30%前後が抗体陽性で、明らかに養豚地帯において陽性者の割合が高いことが判明した。また養豚業が殆ど営まれていない地域で局地的に抗体陽性者が多発したところでは、野菜や果樹栽培にブタの堆肥を多量に使用していることが判明した。このように患者多発地域、抗体陽性者多発地域はいずれも養豚業の分布地域とあるいはブタの堆肥を使用している地域
と良く一致していることから、南九州での内臓幼虫移行症の病原体がブタ回虫であることが、疫学的に裏付けられた。一方、ブタでの感染状況を調べた結果、肝白斑のないブタでは回虫卵検出率は0%で、抗体陽性の割合も2/32頭と極めて低値であったのに対し、肝白斑が認められたブタでは回虫卵検出率60%、抗体陽性ブタは14/20頭と高い値を示した。ブタの感染状況については更に検体数、検査地域を拡げてデータを集積する必要がある。さらに本研究遂行の課程で、本課題に関係してヒューマンサイエンス振興財団の新興・再興感染症研究推進事業にかかる外国人招聘事業および外国への日本人研究者派遣事業の助成をうけることができた。それにより、平成10年1月に米国農務省国際学術研究計画局長であるDr. Darwin Murrellを当地に招聘し、現地を視察することで、鹿児島・宮崎県境の養豚地帯での実態が資料を含めて具体的な数字として把握でき、今後のデータ解析を進めるための背景が明らかになった。すなわち、この地域のブタにおけるブタ回虫感染状況は5-30%と極めて高いこと、季節や年度により大きく変動すること、飼育形態(スノコ飼育、オガ屑床飼育)などによっても感染率が変わることが明らかにされた。また、都城地区では家畜排泄物の総量は膨大であり、ヒトに換算すると一千万人都市に匹敵する量が排泄されており、その一部は堆肥として適切に処理再利用されているが、かなり多くの量は農地還元ということで未処理のまま田畑へ撒布されている実情が明らかとなった。
今後の課題として、これまで免疫血清学的に陽性と判定されたサンプルについて、ブタ回虫以外の回虫(イヌ、ネコ、ヒト回虫)や他の線虫類(顎口虫、イヌ糸状虫、糞線虫)との交差反応性を調べ、現在実施している検査法の特異性や感度について検討する必要がある。さらに、今後の疫学調査の進め方として、抗体陽性者が多発した地域と陽性者の少ない地域から代表的な地区を選んで、できるだけその地区の全ての住民について再度検査を実施し、職業、年齢、性別、居住地、家畜・堆肥との接触の有無、家庭菜園などの有無、食習慣などについて詳細に聞き取り調査を行う必要がある。
さらに、現在おおきな話題となっている寄生虫感染と花粉症やその他のアレルギー疾患との関係の解明のために、この地域での疫学調査は非常に有用であるということで、科学技術庁科学技術振興調整費による総合研究「スギ花粉症克服に向けた総合研究」の研究班と共同研究を実施する運びとなり、平成10年3月に第1回の花粉症検診を宮崎県北諸県郡山田町において実施し、目下そのデータを整理中である。
結論
今回の疫学調査により、日本最大の畜産地帯である南九州において飼育されているブタが予想以上に高頻度でブタ回虫に感染していること、また、これらのブタの排泄物が堆肥として利用されることにより、地域住民が平均でも20%、高い地域では30%もの割合でブタ回虫に対して抗体陽性となっていることが判明した。肺炎や肝機能障害、好酸球増多などの明らかな症状を呈する患者の発生率は1%以下でそれ程多くはなかったが、長期にわたって寄生虫の反復感染を受けた場合、どのような健康障害がもたらされるかについて、さらに継続した調査研究が必要である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)