対数増殖期及び静止期のサルモネラ菌のマクロファージ内殺菌抵抗性の研究

文献情報

文献番号
199700840A
報告書区分
総括
研究課題名
対数増殖期及び静止期のサルモネラ菌のマクロファージ内殺菌抵抗性の研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
天野 富美夫(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国におけるサルモネラの感染症は近年、急増中であるが、その症状が食中毒による下痢、腹痛を主体とするものから、菌血症、髄膜炎さらには脳炎を合併した重篤な症状、さらには死亡例も毎年数例出るに至って、緊急の予防並びに治療法の確立が急がれている。そのためには、サルモネラ菌の感染症の発症機構とそれに対する宿主の防御機構を細胞レベル・分子レベルで研究する必要がある。しかし、従来の研究は、in vitroにおける感染モデル実験を、主に対数増殖期の細菌を用いて研究してきたため、サルモネラ菌とこれを貪食・排除するマクロファージ等の食細胞の関係を調べる上で、必ずしも、in vivoの状態を反映していたとは言いがたい。なぜなら、腸管上皮細胞のバリアーをくぐって筋層や基底膜に到達したサルモネラは、対数増殖期よりもむしろ静止期に近い状態であると想定されるためである。さらに、汚染食品中のサルモネラは、多くの場合、冷蔵品の中に含まれているため、これもまた、菌の増殖状態は対数期ではなく静止期であると考えられる。以上の状況を踏まえ、本研究は、サルモネラの増殖状態の違いによる、マクロファージ内に取り込まれた後の殺菌抵抗性の違いに焦点を当てて研究し、菌側の抵抗性因子とマクロファージ側の感染防御因子の相互作用について、分子レベルで研究することを目的とする。
研究方法
病原性のサルモネラ菌(Salmonella typhimurium Ln10;以下STM)をLBで37℃で一晩振盪培養して静止期の菌を調製した。これを一部取り、新鮮なLB中で再び振盪培養し、対数増殖期の菌を調製した。これらをPBSで洗浄後、マクロファージ系細胞株J774.1にMOI=100で感染させた。24穴プレートに播いた2x105cells/well/0.5mlの細胞にSTMを加え、4℃で1時間接着させた後、37℃にて加温し、細胞に取り込ませた。マクロファージ細胞内での菌の増殖は、15分間の取り込みの後、氷冷し、細胞をPBSで洗浄後、ゲンタマイシン入りの培地中で再加温して調べた。菌は氷冷した0.1%TritonX-100を含むPBSで細胞を溶解させて回収し、LB寒天プレートに塗布して生成するコロニー数を計測し、生菌数(cfu)として表示した。
STMによる活性化マクロファージからの活性酸素(O2-)産生の誘導を調べるため、J774.1細胞株をあらかじめLPSで20-24時間処理して活性化した。次に、ハンクス液中にて、マクロファージに対しMOI=20-100まで変化させて洗浄したSTMを添加し、反応液中のcytochrome cの還元によって活性酸素の産生を定量した。
マウスに対するSTMの病原性を調べるため、STMに対して感受性であるBalb/cマウスを用いて検討した。6週齡のBalb/cマウス、オスを1群10匹ずつそろえ、これに対数増殖期あるいは静止期まで増殖させてその後PBSで洗浄したSTMを、1x101/mouse~1x107/mouseまで100倍ずつ菌の量を変化させて投与した。投与経路は、実際の食中毒のモデルとしては経口投与、また、菌血症あるいは組織浸潤モデルとしては腹腔内投与を行って比較した。また、経口投与の場合には、菌の腸管への接着・侵入の条件をそろえ、かつ侵入しやすくするために、前日より絶食してからゾンデを用いて投与した。
STMの環境中に放出された場合の安定性を調べるため、対数増殖期あるいは静止期の菌をおのおの蒸留水またはPBS中に懸濁し、一定濃度の菌液0.5mlをミクロ遠心チューブに分注して密栓し、室温にて遮光し、経日的に回収し、LB寒天培地に塗布し、cfuを求めた。
結果と考察
MOIを変えてマクロファージに感染させた菌の、4℃、1時間における接着性は、対数増殖期の菌の方が静止期の菌よりも数倍高かった。また、MOI=100で感染させ連続して取り込ませたときのマクロファージ内STMのcfuも対数増殖期の方が大きかった。これに対し、37℃、15分間の取り込みのあとのマクロファージ内におけるSTMの生菌数の変動には、静止期の菌の方がより強い殺菌抵抗性を示す傾向があるものの、両者でそれほど大きな差が見られなかった。以上の結果から、静止期のSTMは対数増殖期のSTMよりもマクロファージに取り込まれにくく、その原因が細胞への接着性が低いためであることが示唆された。
次に、STMの増殖期の違いによるマクロファージへの接着性の変動をさらに詳しく調べるため、菌をLB培地中で培養する時間を変化させて、様々な増殖期の菌を調製した。これらをマクロファージの培養系に加えた結果、この接着性の変化は菌の培養時間に依存し、菌の生育状態が対数期の初期以降から急激に接着性が上昇し、対数期の後期に最大となり、その後、静止期の前期に移行すると急速に接着性が低下し、静止期に入ると対数期初期のレベルにまで低下することが明らかになった。
LPSで活性化したマクロファージからのO2-産生の誘導は、対数増殖期の菌の方が静止期の菌に比べて約5-6倍、強かった。その割合は、特にMOIを低くした場合に顕著で、MOI=20では、静止期のSTMはO2-産生を誘導できなかった。これらの結果は、菌がマクロファージ細胞表面に対する接着性の差がO2-産生の誘導の差に反映されることを示唆する。
動物実験における経口投与の場合、対数増殖期の菌はマウスに致死性を与え、1x107 STM/mouseでは10匹中8匹が死に、1x105 STM/mouseでも7匹が死んだ。これに対し、静止期の菌は致死性が弱く、1x107 STM/mouseでは10匹中3匹が、また、1x105 STM/mouseでは1匹が死んだにとどまった。さらに、マウスの死亡までの日数も、静止期の菌では遅く、約1週間のラグタイムがあったのに対し、対数増殖期の菌では、1日目から死にはじめ、4日目までには死亡の最大値が得られた。これらの結果は、静止期の菌は腸管からの全身への拡散に時間がかかり、対数増殖期の菌はそれが速やかであることを示唆する。
以上の結果に対し、菌を腹腔内に投与した場合には静止期、対数増殖期共に致死性が高く、ほぼ同等の致死率を示しながら1x101 STM/mouseであってもほとんどすべてのマウスを死亡させた。また、致死曲線は菌の接種量に比例して左よりのカーブを描いたが、1x101 STM/mouseであっても11日目には最大致死を与えた。これらの結果は、STMの腸管から腹腔への侵入性が、マウスにおける菌の致死性を左右する重要な因子であることを示唆する。今後、腸管上皮細胞、もしくはM細胞が、静止期と対数増殖期のサルモネラ菌がもつ性質の差を認知している可能性を検討する必要がある。
STMの環境中での安定性を調べるため、水系におけるSTMの生残を調べた。その結果、蒸留水中では、静止期の菌は、増殖能力を保ったまま数日間生残するが、対数増殖菌の菌は2日以内にほとんどすべて増殖能を失った。これに対し、PBS中では、対数増殖期の菌も数日間は増殖能を保っていたが、静止期の菌はさらにずっと安定で、数カ月間もの間、増殖能を保持したまま生残した。
以上の結果は、静止期のSTMは環境中の過酷な条件下でも増殖能を失わずに長期間生残する可能性を示すものと考えられ、一方、対数増殖期の菌は、これらの外界からのストレスに弱い性質を持つことを示唆するものと思われる。
以上の結果を総括すると、サルモネラは、対数増殖期に比べて、静止期ではマクロファージへの接着性が低く、そのため、マクロファージによる貪食や、活性化マクロファージによる活性酸素の産生誘導が低い、ということが示唆される。これは、サルモネラの病原性を考慮する上で重要である。なぜなら、同じ遺伝子をもつ菌であっても、どのような状態に存在するか、によって、病原性の発現が大きく異なるからである。
さらに、マウスの致死実験においてもサルモネラの増殖状態は大きな違いを生じた。また、水系におけるサルモネラ菌の安定性についても、静止期の菌は対数増殖期の菌よりもずっと生残性が高いことが示された。
今後、この増殖期の差による菌体成分、特に菌体表層の成分の同定、ならびにその分子の生合成と分解に関する研究が重要である。
結論
(1) 静止期のSTMは対数増殖期のSTMに比べてマクロファージへの接着性が低い。(2) 静止期のSTMは対数増殖期のSTMよりもマクロファージに取り込まれにくく、また、活性酸素の誘導も低い。(3) 静止期のSTMは水系での生残性が対数増殖期のSTMに比べて高く、長期間に亘って増殖能を保持することが可能である。(4) マウスの腹腔に投与した場合、静止期のSTMは対数増殖期のSTMと同様の致死活性を示すが、経口投与した場合には静止期の菌は対数増殖期に比べて致死活性がはるかに弱い。

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