メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の消毒剤耐性発生機序の解析に関する研究

文献情報

文献番号
199700839A
報告書区分
総括
研究課題名
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の消毒剤耐性発生機序の解析に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
野口 雅久(東京薬科大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
院内感染の主要な原因菌であるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による感染防止のための徹底した消毒と使用抗菌剤の検討等が行われた結果、MRSAの院内感染は沈静化したように思われているが、MRSAの臨床からの分離頻度は依然増加の傾向にある。さらに、消毒剤にも耐性を示すMRSAが分離されているにもかかわらず、消毒剤耐性MRSAの消毒剤に対する最小発育阻止濃度が使用濃度より低いため、MRSAの消毒剤耐性はあまり問題にされていない。しかし、これまでの抗生物質耐性菌発生の歴史から、消毒剤高度耐性菌や新たな消毒剤耐性菌の発生が容易に予測される。消毒剤耐性遺伝子の発生機序の解明は、MRSAを代表とする黄色ブドウ球菌における院内感染防止に重要な情報を寄与する。
これまでの消毒剤耐性MRSAの研究から、消毒剤低度耐性遺伝子qacCを持つ高度耐性株や耐性遺伝子が染色体性と推定される新規消毒剤耐性株を見出している。そこで、染色体性消毒剤耐性遺伝子の同定と耐性変異株の発生頻度の解析を行った。
研究方法
(菌株と培地)黄色ブドウ球菌は、染色体性消毒剤耐性遺伝子を持つ臨床分離MRSA株としてTS23、norA遺伝子を持つ株NY12、消毒剤低度耐性遺伝子qacCをコードするplasmidpTZ20を持つ株RN2677(pTZ20)、感受性株RN2677を用いた。クローニングの宿主として大腸菌DH5αを用いた。黄色ブドウ球菌と大腸菌の増殖には、各々トリプトソイとLB培地を用いた。薬剤感受性はミューラーヒントン培地を用いた。
(使用薬剤)消毒剤としてアクリノール(AN)、アクリフラビン(AF)、塩化ベンゼトニウム(BT)、塩化ベンザルコニウム(BK)、グルコ酸クロルヘキシジン(CH)、ニューキノロン剤としてノルフロキサシン(NFLX)、オフロキサシン(OFLX)を用いた。
(DNA操作)制限酵素等のDNA関連酵素反応と遺伝子のクローニングは常法により行った。PCR反応とDNA塩基配列決定の際に使用したオリゴプライマーはファルマシアバイオテクより購入した。
(DNA塩基配列の決定)DNA塩基配列は、Applied Biosystems社のBig DyeTerminator Cycle FS Kitを使用し、DNAシークエンサー373を用いて決定した。
(耐性変異株の解析)黄色ブドウ球菌RN2677の一夜培養菌液0.1mlを2倍希釈系列の薬剤含有トリプトソイ寒天培地に塗抹し、24時間培養後、増殖したコロニーを数えた。各々のプレートに増殖した少なくとも100コロニーについて、レプリカ法により薬剤耐性を調べた。発生頻度は、薬剤含有培地に増殖した菌数を薬剤無添加培地に増殖した菌数で除することにより算出した。
(最小発育阻止濃度の測定)薬剤感受性は最小発育阻止濃度MICにより測定した。MICは日本化学療法学会の標準法に準じて寒天希釈法により決定した。
結果と考察
(染色体性消毒剤耐性遺伝子の同定)染色体性消毒剤耐性MRSAの株 TS23の全DNAを用いて大腸菌にクローニングした消毒剤耐性遺伝子を含む5.3-kbの全DNA塩基配列を決定した。その結果、アミノ酸388個、分子量42,192の遺伝子を同定した。DNAのデーターベースにより相同性を解析した結果、ノルフロキサシン耐性遺伝子norAのDNA塩基配列に91%、その遺伝子産物のアミノ酸配列に95%の相同性を持っていた。したがって、TS23は、染色体上のnorAの変異より耐性化したと考えられた。1992年までに我が国の医療施設において分離された消毒剤耐性MRSA65株を調べたところ、TS23に消毒剤耐性パターンが類似した消毒剤耐性MRSAは約50%を占めており、norA変異と推定される消毒剤耐性変異株が多く発生していることが明らかとなった。
(染色体性変異発生頻度の解析)染色体性の変異により発生する消毒剤耐性株の頻度を調べるために、色素系消毒剤AF、AN、四級アンモニウム系消毒剤BT、BK、ビグアナイド系消毒剤CH、ニューキノロン剤NFLX、OFLXについて、2倍濃度系列の薬剤含有培地で選択し、耐性変異株の菌数を測定し、発生頻度を算出した。その結果、MICの4倍濃度での耐性変異株発生頻度は、AF:3.8×10-6、AN:6.8×10-7、BT:2.3×10-8、BK:<10-9、CH:1.8×10-8、NFLX:1.8×10-8、OFLX:<10-9であった。医療施設で使用頻度の高い四級アンモニウム系消毒剤やビグアナイド系消毒剤は耐性変異株の発生頻度が低かった。色素系消毒剤選択では高濃度の選択で発生した株は確実に耐性株に変異していた。CHでは、MICの2倍濃度でも増殖した菌数が多かったが、ほとんどが感受性株であった。しかし、これらの消毒剤の常用濃度では耐性変異株の発生は観察されなかった。
各々の薬剤選択で発生した耐性変異株の消毒剤とニューキノロン剤に対するMICを測定した結果、すべての消毒剤耐性変異株が上記の5剤すべての消毒剤とニューキノロン剤に交差耐性を示す多剤耐性であった。したがって、今回得られた耐性変異株はnorA遺伝子の変異によって発生していることが強く示唆された。
消毒剤選択で得られた耐性変異株はすべてNFLXに低度耐性を示したが、色素系薬剤AFに対しては高度耐性と低度耐性を示す株等が存在した。ニューキノロン剤選択では、すべてNFLXに中程度耐性を示したが、消毒剤には低度耐性を示した。得られた耐性変異株において耐性パターンに違いが認められたことより、変異の部位は異なっていることが推定された。
消毒剤耐性を発生させる遺伝子の変異部位については、親株RN2677のnorA遺伝子をクローニングし、そのDNA塩基配列を決定したため、今後、耐性変異株のnorA遺伝子をPCRで増幅し、DNA塩基配列を解析する予定である。
結論
1)臨床で分離される消毒剤耐性MRSAのうち、約半数が染色体上に消毒剤耐性遺伝子を持ち、その遺伝子はニューキノロン耐性遺伝子norAの変異であることが明らかとなった。2)そこで、染色体性消毒剤耐性変異株の発生頻度を調べたところ、色素系消毒剤がもっとも高かった。しかし、耐性変異株の発生は消毒剤の常用濃度以下で完全に抑えられた。3)発生した消毒剤耐性変異株は試験したすべての消毒剤とニューキノロン剤に耐性を示す多剤耐性菌であった。しかし、その耐性パターンは消毒剤の種類やニューキノロン剤とでは異なっていた。したがって、変異遺伝子はnorAと推定されるが、変異部位は複数存在すると考えられた。4)適切な使用濃度を厳守することにより、黄色ブドウ球菌の染色体性消毒剤耐性変異株の発生を抑えられることが明らかとなった。

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