多剤耐性結核菌の耐性獲得機構の遺伝学的解析及び迅速診断への応用

文献情報

文献番号
199700835A
報告書区分
総括
研究課題名
多剤耐性結核菌の耐性獲得機構の遺伝学的解析及び迅速診断への応用
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
谷口 初美(産業医科大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
抗結核剤の第1次選択剤、イソニアジド、リファンピシン、ストレプトマイシン耐性の遺伝子変異については多くの成果が報告されている。特にリファンピシン耐性は約95%が、同定された部位に変異が見られ、遺伝子診断が有用であることが報告されている。しかし、ストレプトマイシン耐性は約60%のみである。近年、これら第1次選択剤に対する多剤耐性結核菌が世界的問題になっており、第2次選択剤であるカナマイシン、カプレオマイシンの使用が必要な場合が増えている。ところで、ストレプトマイシン、カナマイシン、バイオマイシン耐性の間には交叉耐性があることが報告されている。また、バイオマイシン耐性には2つの遺伝子が関与していることが明らかである。我々は、これらの耐性遺伝子の解析を行い、その交叉耐性についても調べた。また、エリスロマイシンは、AIDS患者に多発する非定型抗酸菌症にも用いられ、その耐性変異はバイオマイシン耐性変異の近くに位置することが報告されている。そこでエリスロマイシン耐性機構についても調べた。
研究方法
菌株はM. smegmatis Rawinobitchi (R) 株、PM5 (P) 株、ATCC14468 株由来のカナマイシン (nek)・バイオマイシン・カプレオマイシン(vicA) 耐性株、感受性株を使用した。エリスロマイシン (erm) 耐性株としては、R 株1株、P 株6株を使用した。
塩基配列決定は合成 primer を使って 16S rRNA, 23S rRNAの direct sequencing を行い、R 株と P 株との塩基配列の違い、カナマイシン (nek) 耐性株と感受性株、バイオマイシン・カプレオマイシン(vicA)耐性株と感受性株の塩基配列の違い、接合組換え体の変異の有無、エリスロマイシン耐性株と感受性株の塩基配列の違いをみた。
接合実験は 3 種類の組み合わせの接合実験を行った。供与菌としてnek 変異株、vicB 変異株、vicA変異株 R 株、受容菌としてカナマイシン感受性、バイオマイシン・カプレオマイシン感受性・ストレプトマイシン耐性 P 株を使用した。これらの培養液を混合、普通寒天培地に塗抹し、3日培養後、選択培地で更に培養する。選択培地としては,最少選択培地に受容菌の要求するアミノ酸(ヒスチジン、ロイシン、アルギニン)とバイオマイシン12.5μg/ml を添加したものを用いた。
結果と考察
1。カナマイシン、バイオマイシン耐性及び感受性株のM. smegmatis Rawinobitchi (R) 株、及び PM5 (P) 株の 16S rRNA 遺伝子、23S rRNA 遺伝子の全塩基配列を決定した。その結果、16S rRNA 遺伝子は R 株、P 株いずれも1526bp であった。 また、R 株、P 株は1塩基だけの違いであった。23S rRNA 遺伝子はそれぞれ3162bp、 3166bp であった。R株及び P 株間では 16 塩基の違いが見られた。既報のmc2155 株は 3160bp で、R株、 P 株とは約50bp の違いが見られた。
2。R株、 P 株のカナマイシン耐性、バイオマイシン耐性はそれぞれ16S rRNA 遺伝子の1387 番目、1389 番目、1473 番目の遺伝子の置換変異であった。他のバイオマイシン耐性株は 23S rRNA 遺伝子の2141 番目のアデニン塩基が欠損していた。
3。この変異の位置を囲むプライマーを用いて、更にR株、 P 株の株数を増やしてカナマイシン・バイオマイシン耐性株は全てこの変異を有することを確認した。
4。1387 番目、1389 番目、1473 番目の遺伝子はタンパク合成のAサイトに位置し、2次構造的には極めて近接した部位で、交叉耐性の変異の機構が解明された。1387 番目のカナマイシン耐性変異は、低度耐性であった。バイオマイシン耐性の1473 番目のグアニンが チミンに置換変異した場合、1389 番目のアデニンと水素結合して、カナマイシンに高度耐性になる、交叉耐性を示す。
5。更に、この変異がカナマイシン、バイオマイシン耐性を引き起こす変異であることを確認するために、耐性R株と感受性 P 株間の接合を行い、 P 株の栄養要求性をもちながらカナマイシン、バイオマイシン耐性を獲得した組換え体を作製し、供与菌同様に1389番目、2141番目のアデニン塩基が欠損している事を確認した。また、その前後の塩基配列がR株特有のものであることから、自然突然変異ではないことが確認できた。
6。カナマイシン耐性変異は1コピーの rRNA 遺伝子のみの変異では感受性のままなので、劣性変異であることが判明した。調べた全てのバイオマイシン耐性株は、下記のエリスロマイシン耐性とは異なって、2コピーのrRNA 遺伝子の両方共に変異が起きていることから、カナマイシン耐性同様耐性変異が劣性であることが明らかとなった。
7。ATCC14468 株のカナマイシン、バイオマイシン耐性についても実験を行い、同様の結果を得た。
8。エリスロマイシン 耐性株、R株2株、P株6株を用いて、2283、 2284 番目の塩基アデニンがシトシン、1 株はグアニン に変異している事を確認した。調べた 8 株のうち 4 株は rRNA オペロンの 1 コピーのみの変異で、残り 4 株は 2 コピーともに変異が起きており、この変異は優性であることが確認された。
9。臨床分離株のカナマイシン耐性の結核菌も約70% が、同じ部位に変異が起きていた。
結論
抗結核剤の第2次選択剤であるカナマイシン、バイオマイシン・カプレオマイシン耐性変異は16S rRNAと23S rRNA の上に起きていることが明らかとなった。16S rRNA 上のカナマイシン、バイオマシン・カプレオマイシン耐性変異はいずれもタンパク合成のAサイトの変異で交差耐性の機構も判明した。23S rRNA の上のバイオマイシン・カプレオマイシン変異はエリスロマイシン耐性変異の部位と近接していた。23S rRNA の上のバイオマイシン・カプレオマイシン変異であるvicA 変異はストレプトマイシン耐性変異において分離されやすいことが報告されている。今回用いた菌株のストレプトマイシン変異は、調べた結果は全てリボゾームの30SサブユニットのS12 蛋白質の変異であった。この菌株はアミノグリコシド系抗結核剤の交叉耐性の機構を調べる上で有益な菌株であると思われる。また、今回の結果を基に臨床分離株の耐性結核菌に於いても検討していく予定である。 

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