病原性大腸菌O157感染におけるベロ毒素レセプターの役割に関する研究

文献情報

文献番号
199700832A
報告書区分
総括
研究課題名
病原性大腸菌O157感染におけるベロ毒素レセプターの役割に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
北 敏郎(産業医科大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 平成8年全国に大発生したO157感染による食中毒の発生は小児、児童に集中した。重症事例のうち溶血性尿毒症症候群(HUS)発症は約3~6%で、腎障害の発現が認められた。児童における死亡事例では、特に神経症状を呈したHUSの女児に多発した。また、成人において発症していない感染者あるいは回復者無症状感染者の存在も二次感染を考える上で問題となった。これらの事実から、O157による食中毒の発生はベロ毒素レセプター(Gb3)の関与、すなわち年齢、性別および臓器におけるGb3の分布・局在の相違から生じた可能性が考えられる。この点を解決するためには、まず実験的にベロ毒素レセプターに関する基礎研究を行うことが不可欠であると考えられる。この研究はO157による食中毒の発生機序の解明はもとよりその治療方法の開発にも結びつくものである。
研究方法
1)ウサギにおけるGb3の局在
実験動物として生後2~4週齢・9~10週齢の雌雄のウサギを用いた。大腸、腎臓、脳および脊髄を試料とし、抗Gb3抗体を用いてストレプトアビディンビオティン(SAB)法により免疫電顕で観察し、週齢、雌雄差および臓器間におけるGb3の局在を免疫組織学的に比較検討した。
2)ベロ毒素を投与されたウサギ臓器の組織学的変化
ウサギにO157大腸菌毒(精製ベロ毒素)を成熟雄ウサギ(9~10週齢)に5および25μg/kg静脈注射し、上記臓器の組織学的変化を光顕レベルで観察した。
結果と考察
1)Gb3の局在
今回用いた週齢および雌雄において明らかな差異はなく、以下の結果が得られた。
大腸:上皮細胞表面の微絨毛を覆うようにGb3の局在が観察され、粘液細胞表面さらに大腸の表層上皮下の毛細血管内皮細胞にもその局在が認められた。
腎臓:糸球体の血管内皮細胞およびメザンギュウム細胞内に局在が認められたが、その頻度はきわめて少なかった。尿細管の毛細血管内皮細胞でも局在が観察されたが、尿細管の小動脈血管内皮細胞内には確認できなかった。
脳 :毛細血管内皮細胞に局在が観察され、さらに第三脳室壁を構成し髄液脳関門の役割を果たす上衣細胞の線毛表面にも認められた。
脊髄:脊髄後索を中心とした毛細血管内皮細胞に局在が認められた。
2)臓器の組織学的変化
成熟雄ウサギにベロ毒素を5μg/kg静脈投与したところ2~3日後に下痢(潜血陽性)、脱力、痙攣、四肢マヒなどの症状が発現し、約5割が1週間以内に死亡した。その光顕像として、大腸粘膜固有層内に出血、第3脳室周辺や脳幹部に出血と浮腫および脊髄後索を中心に出血が認められた。腎臓には著変は認められなかった。25μg/kgを投与すると、近位尿細管の軽度の浮腫、遠位尿細管の拡張および尿円柱が観察されたが、糸球体の変化はほとんど認められなかった。
腸管出血性大腸菌感染症にみられる病態の基礎にあるのは全身的な血管の内皮細胞障害で、それに伴って血管透過性亢進による全身的な浮腫が発現し、内皮細胞障害はさらに血小板減少症とそれに引き続く凝固系の異常を引き起こすといわれている。今回のウサギを用いた実験でもそれを裏づけるような結果が得られた。すなわち、大腸、腎臓、脳および脊髄の毛細血管内皮細胞におけるGb3の局在が確認された。ヒトのO157感染症において特に標的となるのはこれらの臓器で、大腸では出血性大腸炎、腎臓では溶血性尿毒症症候群(HUS)、脳では急性脳症が発症すると報告されている。今回、出血性大腸炎の症状は観察されたが、腎臓特に糸球体における障害はほとんど認められなかった。HUSにおいては、腎臓の微小血管障害とくに糸球体の血管内皮細胞障害にその特徴があり、随伴して血栓症を併発し広範な尿細管壊死が生じるとされている。ベロ毒素投与実験では、軽度の近位尿細管障害が認められたが、糸球体の障害はほとんど観察されなかった。これは、Gb3の局在がウサギの小動脈血管内皮細胞には認められず、また糸球体におけるGb3の局在はきわめて少ないことと関係している可能性があると思われる。
われわれは本学微生物学教室とO157による中枢神経障害発生メカニズムについて共同研究を行っており、静脈投与されたベロ毒素が、脳脊髄液を経由して脳室壁を構成し髄液脳関門の役割を担っている上衣細胞から脳実質に侵入する可能性を明らかにした。今回の実験でベロ毒素のレセプターであるGb3が脳室壁を構成している上衣細胞の線毛表面で確認されたので、上記の可能性が高くなったと考えている。また脳および脊髄の毛細血管内皮細胞にもGb3の局在が確認され、またベロ毒素投与実験で脊髄後索を中心に出血および第3脳室周辺や脳幹部に出血浮腫が認められたことから、O157感染発症の脳障害発生におけるGb3の重要性が示唆された。
今回の実験では、ウサギにおける週齢および雌雄におけるGb3の局在に明らかな差異は認められなかった。この点をも含めGb3の定量およびヒトでの局在検討が必要と考えられる。
結論
 ベロ毒素による臓器特異的障害とGb3の局在との間に因果関係のある結果が得られ、O157感染におけるGb3レセプターの果たす役割の重要性が明らかとなった。ウサギにおける週齢および雌雄におけるGb3の局在に明らかな差異は認められなかった。

公開日・更新日

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