病原性大腸菌O-157より産生されるベロ毒素に対する新規可溶性レセプターの作成とその評価

文献情報

文献番号
199700831A
報告書区分
総括
研究課題名
病原性大腸菌O-157より産生されるベロ毒素に対する新規可溶性レセプターの作成とその評価
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
武永 美津子(聖マリアンナ医大・難治研センター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
1,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
病原性大腸菌O-157の産生するベロ毒素が引き起こす重篤な患者を救うことは、緊急を要する研究テーマである。ベロ毒素はA siteとB siteをもち、このうちB siteが細胞膜レセプターと結合することで細胞内に取り込まれ、遊離したA siteがヌクレアーゼ活性を上げタンパク合成を阻害して毒性を発揮、時に生体内で重篤な状態を招く。従って、レセプターにベロ毒素が結合することは、いわば病態の悪化につながる。本研究では、細胞膜レセプターの1つとして明らかになっている、セラミドに糖が3ヶ結合したglobotriaosylceramide (Gb3)と類似な構造をもつ可溶性レセプター(lyso Gb3)を新たに合成し、この製剤がベロ毒素と結合してその毒性を中和し、重篤な病状への転帰を阻止する製剤となりうるか検討を行った。lyso Gb3は、天然タイプとは異なり、可溶性であるため静脈内投与も可能であるという利点をあわせもっている。本研究では、in vitro でのベロ毒素に対する本剤の中和活性、および動物を用いてベロ毒素が引き起こす生存率の低下を改善する効果が得られるか検討した。なお、ベロ毒素としてはverotoxin 2 (VT2)を用いた。
研究方法
新規合成可溶性レセプターlyso Gb3の物性(?-?)と薬理評価(?-?)はそれぞれ以下のごとく行った。?合成方法:別紙(Fig.1)に従い合成し、構造確認はNMR分析にて行った。?TLC (Thin Layer Chromatography)による確認:TLC plate(Silica Gel 60A LK6DF, Whatman, USA)を用い、クロロホルム/メタノール/水=65/25/4で展開し、lyso Gb3をオルシノール染色で検出した。?ベロ毒素に対する結合能の確認: 96 well plastic plate (Coster) に PBS(-)(日水製薬)で溶解したlyso Gb3 200μg/mlをwellあたり100μl ずつ加え1晩4 ℃にて静置。溶液を decantation後、紫外線照射を行い、ブロッキング液(2 %BSA含有PBS(-))を加え、2時間以上室温で静置した。ブロッキング液をdecantation後、ベロ毒素溶液(VT2;国立小児医療センターより譲受、PBS(-)に溶解)を各wellへ100μlずつ加え、2時間室温で反応させた。 PBS-Tweenで洗浄後、希釈1次抗体(抗ベロ毒素SLT2 Bサブユニットモノクローナル抗体, 1/1000希釈, toxin technology, SLT2-BB12)を100μlずつ加え、2時間室温で静置した。PBS-Tweenで洗浄後、希釈2次抗体(HRP標識ヤギ抗マウスIgG ポリクローナル抗体、 1/1000希釈, Gibco BRL)を100μlずつ加え1時間37 ℃で静置した。 PBS-Tweenで洗浄後、 OPD発色液を100μlずつ加え、30分間室温で静置した。4N硫酸を50μl ずつ加え反応を停止させ、490nmの吸光度を測定した。?ベロ毒素に対するlyso Gb3の中和活性の検討-ベロ細胞を用いて-:ベロ毒素に対するレセプターをもつベロ細胞(アフリカミドリザル腎臓由来の培養細胞)を用いて、VT2を添加、ベロ細胞のbioavailabilityを指標に検討した。ベロ細胞は96 well plastic plate (住友ベークライト)にwellあたり、1 x 103ヶ播種し、37 ℃, 5% CO2 air下(CO2 incubator, Yamato IT262) 3日間培養した。lyso Gb3の効果は、VT2とともに37℃にて1時間インキュベーション後、ベロ細胞に添加し、上記条件で培養後MTT assayを行った。?ベロ毒素投与動物の生存率低下に対するlyso Gb3の改善効果:動物は、ddY 5w♀マウス(SLC実験動物株式会社より購入)を使用した。マウス腹腔内にPBS(-)で希釈したVT2を腹腔内投与し、投与後1週間生存率の経過を追跡した。またlyso Gb3の投与はPBS(-)で希釈後、それぞれのプロトコールに従い投与した。
結果と考察
?新規合成可溶性レセプターlyso Gb3の構造式:別紙の通り(Fig.2)、天然型レセプターのアシル基を脱アシル化した構造をもつ。?TLC (Thin Layer Chrom
atography)によるlyso Gb3の確認:Rf 値=0.73 (Fig.3 )?lysoGb3のベロ毒素に対する親和性: lyso Gb3を固相化したwell 上に抗原となるVT2を1μg/ml濃度を添加すると、490nmでの吸光度が0.350±0.0109(mean±SD, n=8)であり(Fig.4)、また5μg/ml濃度の添加条件では0.950±0.0488であった。 lyso Gb3を固相化していないwellでの吸光度が0.050±0.0016であったことから、VT2とlyso Gb3の結合が特異的であることが証明された。ただ、天然型のGb3とVT2との親和性を本研究では行っておらず、その強さの比較については未確認のままである。なお、文献的には、合成レセプターは天然型に比べかなりその親和性、結合能が低下するとの報告はある。?ベロ毒素添加時みられるベロ細胞の増殖抑制に対するlyso Gb3の作用:ベロ細胞にVT2を添加すると濃度依存性の細胞増殖の抑制が認められた(Fig.5)。62.5 pg/mlの添加で約30-40%増殖が抑えられた。次にlyso Gb3とVT2を37 ℃にて1時間インキュベーションの後ベロ細胞に添加し培養したところ、lyso Gb3のみベロ細胞に添加しただけでは、増殖の抑制はほとんどみられない(Fig.6)が、両者を添加するとVT2による細胞増殖の低下をlyso Gb3が濃度依存的に増強した。 lyso Gb3がVT2と特異的な結合能をもつことは前項の結果より推察される。ただ、ベロ細胞に加えると、 VT2への結合性の高い天然型ベロ毒素レセプターが存在することに加え、 セラミドの形をもつlyso Gb3が結合したVT2を細胞膜レセプターに運んでしまう積極的な役割をも担っている可能性も考えられた。?ベロ毒素投与動物の生存率低下に対するlyso Gb3の改善効果:【EX1】マウス(平均体重24.4 g)にVT2(1, 3, 10, 30, 100, 300 ng/mouse)を投与(一群6匹)した。 投与2-3日後生存率が低下したがその後の低下はみられなかった。VT2 1 ngを投与した群の生存率は、1週間後66.7 %であった(Fig.7)。また3, 10, 30, 100および300 ng投与群の生存率は、それぞれ50, 16.7, 16.7 , 0, および0 %であった。以後、評価に当たってはVT2を10 ng投与することとした。【EX 2】マウス(平均体重25.2 g)に尾静脈よりlyso Gb3を投与した。lyso Gb3の投与はマウスあたり100 ng, 1, 10, 100μgとし投与量は0.2 mlとした。さらに5分後VT2(10ng/mouse)を投与した(-前投与-)。lyso Gb3の溶媒であるPBS(-)を投与し、VT2(10ng)を投与したcontrol群の生存率は、1週間後50 %に低下した(Fig.8)。 lyso Gb3 100 ng投与群では16.7 %、1μg投与群では33.3 %、10 μg投与群では33.3 %、100 μg投与群では57.1 %の生存率であった。100 μg高用量投与でcontrol群に比べ高いものの顕著な差ではなかった。【EX 3】 マウス(平均体重24.3 g)にVT2(10 ng)を投与し、引き続きlyso Gb3を投与した(-後投与-)。 lyso Gb3の投与はマウスあたり100 ng, 1, 10, 100μgとした。control群の生存率は1週間後0 %に低下した(Fig.9)。lyso Gb3を 後投与すると、100 ng投与群で16.7 %、1μg投与群で16.7 %、10 μg投与群で33.3 %、および100 μg投与群で16.7 %の生存率であった。この時、control群の生存率の低下はlyso Gb3投与群に先行してみられしたものの、改善までには至らなかった。【EX 4】マウス(平均体重24.9 g)にVT2(10 ng)とlyso Gb3を試験管内で混合後、腹腔内に投与した(-同時投与-)。 lyso Gb3の投与は100 ng, 1, 10, 100μgとした。control群の生存率は1週間後66.7 %であった(Fig.10)。VT2とlyso Gb3 とを同時に投与すると、100 ng投与群で50 %、1μg投与群で16.7 %、10 μg投与群で0 %、および100 μg投与群では16.7 %の生存率であった。 control群の生存率低下が顕著にみられなかったにもかかわらず、 lyso Gb3を同時に投与すると生存率がさらに低下した。これはin vitroでのベロ細胞のVT2による細胞増殖抑制に対するlyso Gb3 の作用と類似している。すなわちlyso Gb3がVT2と特異的に結合したものの、生体内に入ってベロ細胞の天然型ベロ毒素レセプターへの結合を逆に助長した可能性がある。また天然型レセプターとlyso Gb3が同時に存在する状態では、天然型がその親和性、結合能の点で極めて高く、結合速度も速
いことを強く示していると考えられた。【EX 5】マウス(平均体重25.2 g)にlyso Gb3を1 ng, および10μg投与した。5分後腹腔内にVT2(30 ng)を投与(一群8匹)し、lyso Gb3をこの6時間後およびcontrol群の生存の低下がみられるまで(3日目まで)毎日投与した(-連続投与-)。control群の生存率は12.5 %と低下した(Fig.11)。lyso Gb3 を投与すると、1μg投与群で13.8 %、10μg投与群では11.5 %の生存率であった。このように、投与するVT2量に対してモル数から換算して大過剰のlyso Gb3を投与しているにもかかわらず、著しい生存率の改善効果は認められなかった。
結論
今回新規合成した可溶性レセプター lyso Gb3は、ベロ毒素との結合能は認められたものの、ベロ細胞を用いてベロ毒素添加時にみられる細胞増殖の抑制や、動物にベロ毒素を投与するとみられる生存率の低下を改善する効果は得られなかった。確かにベロ毒素とlyso Gb3との結合能が特異的であることは確認できた。しかし天然型レセプターと可溶性レセプターが同時に存在する状態では、おそらく天然型が格段とその親和性が高く、結合速度も速いことが予想された。現在、我が国で進んでいるベロ毒素に対する治療戦略のアプローチには、ベロ毒素に対する中和抗体を作製し投与する方法、およびレセプター骨格を高分子と結合させた吸着剤を経口投与し、ベロ毒素を体外に排泄させて無毒化を図る方法がある。特に後者は本研究の趣旨との類似点も多い。しかし本研究で用いたlyso Gb3は、低分子であるがために、結合能はみられてもその強さがおそらく天然型に比べかなり弱いことが薬理的な効果を得られなかった一因と考えられる。今後、疑似レセプターを設計する上で、ベロ毒素との結合能の高さが要求されることに加え、結合後の体外への排除機能を付加させた製剤設計も必要と考える。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)