メリオイドーシス発症の分子機構に関する研究

文献情報

文献番号
199700828A
報告書区分
総括
研究課題名
メリオイドーシス発症の分子機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
川上 和義(琉球大学医学部第一内科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
メリオイドーシス(類鼻疽症)はBurkholderia pseudomallei(Bp)を病原微生物とする東南アジア、北オーストラリアなどに分布する風土病であるが、これまでに3人の日本人罹患者の報告もみられている。今後、海外旅行者の増加に伴い日本でも輸入感染症として注意すべき感染症のひとつである。本疾患の注目すべき特徴は、多くの場合潜伏感染の形態をとり数年~数10年後に感染抵抗力が低下したときに発症する点である。しかしながらその機序については未だ明らかではなく、さらに本菌に対する感染防御機構についてさえも不明のままである。本研究ではメリオイドーシスの発症病態を明らかにする目的で、Bpに対する感染防御機構、特にマクロファージ(Mφ)を中心とした殺菌機構について解析を行った。
研究方法
マウスは7~9週齢雌のBalb/c又はC57black/6マウスを用いた。マクロファージ(Mφ)としてマウスマクロファージ細胞株J774(理研細胞バンクより購入)を用いた。Bpは臨床分離株H1354(タイ国チェンマイ大学細菌学Prasit      Tharvichitkul教授より供与)を用いた。1x106 CFU/ml のMφをIFN-γの存在または非存在下で24時間前培養した後、1x107 CFU/ml のBpと1時間接触させた。その後細胞外の非貪食細菌を洗浄によって排除し再びIFN-γを加え、経時的に細胞内生存菌数を測定した。なお、残存している細胞外菌の殺菌のため本菌に対して優れた感受性を有し、細胞内へ移行しないimipenemを10μg/ml (20MIC) 添加した。また、  nitric oxide(NO)や活性酸素の殺菌機構を調べるためにNO合成阻害剤(L-NMMA)、superoxidedismutase(SOD)及びカタラーゼ 投与の影響についても検討した。培養上清中のNO産生量はGriess法にて測定した。また、無細胞系で化学的に産生させたNOや活性酸素の殺菌活性に対するBpの感受性についても検討した。一方、マウスBp肺感染症モデルを作製するために気管内にBp (102~105 CFU)を接種した。最後にBp感染に対するIL-12の影響を調べるために、マウスリコンビナントIL-12(0.1μg/mouse)を感染直後より1週間連日腹腔内に接種し、感染3週後の肺内菌数そして感染マウスの生存率を調べその感染防御効果について評価した。
結果と考察
Bpは無刺激のマウスMφ細胞J774の中では殺菌されることなく経時的な菌数の増加を認めた。このことから、Bpは結核菌などと同様に細胞内増殖細菌であることが明らかになった。一方、MφをIFN-γによってあらかじめ活性化しておくと細胞内Bpに対する著明な殺菌活性が誘導された。この効果は、IFN-γの容量及び接触時間に依存していた。IFN-γによって活性化されたMφからは経時的及び容量依存的にNOの産生が認められ、MφのBpに対する殺菌活性とよく相関していた。また、この殺菌活性はNO合成阻害剤であるL-NMMAによって容量依存的に抑制された。しかし、この抑制効果は不完全であり、NO以外の殺菌物質の関与も考えられた。一方、活性酸素及び過酸化水素の除去剤であるSOD、カタラーゼによってもMφの殺菌活性は部分的に抑制され、さらにこれらの阻害剤全てを用いると殺菌活性のほぼ完全な消失が観察された。以上の結果から、IFN-γで刺激されたMφのBpに対する殺菌機構は NOと活性酸素の両者によって担われていることが明らかになった。このことを支持する所見として我々は、Bpが無細胞系で化学的に産生されたNO及び活性酸素の殺菌活性に対して高度に感受性であることも確認している。一方、Balb/c及び    C57black/6マウスの肺内に102~105 CFUのBpを感染させ、生存率及び肺内生菌数を調べ比較検討した。Balb/cマウスでは103、104 CFUのBpでも1週目までに全例死亡したのに対して、C57black/6マウスでは同菌数において明らかな感染抵抗性を示した。以上
の結果から、Bp感染はマウスのストレインによってその感染動態に大きな相違のみられることが明らかになった。最後に、Bp感染に及ぼすIL-12の影響を調べるために、両系統のマウスにBpを感染させると同時にIL-12 (0.1μg/マウス)を連日1週間腹腔内接種した。その結果、いずれのストレインのマウスにおいてもBp感染によって死亡することなく全例生存した。。また、肺内生菌数の検討では、  IL-12を投与されたマウスで明らかな菌数の減少が観察された。
本研究ではBpに対する宿主感染防御機構を解明するために、マウスMφを用いることによってBpに対するMφの殺菌機構について解析した。Mφの病原微生物に対する殺菌は、活性酸素をはじめとする反応性酸素中間産物、NOなどの反応性窒素中間産物及び細胞質顆粒内の殺菌物質などによって担われている。これらの殺菌機構は病原微生物によって異なっており、病原微生物毎に検討する必要があると考えられる。Bpにおいては、今回の検討で活性酸素とNOの両者がともに殺菌に関与しており、その多くはNOによって担われることが明らかになった。
これまでの報告ではMφからのNO産生はIFN-γによって著明に増強されることが知られており、従ってBpに対する感染防御にはTh1細胞を中心とした細胞性免疫が重要であることが予想される。Bpが細胞内増殖細菌であることは、このこととよく一致している。今回の検討では、Balb/cストレインのマウスでBp感染に対して感受性であるのに対して、C57black/6マウスが抵抗性であり、Leishmaniaで観察されたのと同様の結果が得られた。前者のマウスではIL-4などのTh2サイトカインが優位に産生され、後者ではIFN-γなどのTh1サイトカインが優位に産生されやすいことが報告されており、我々のBp感染に対する感受性の違いの原因になっている可能性が考えられる。今後、両ストレインのマウスにおいてBp感染後に肺内で産生されるサイトカインを測定することによってこのことを確認していく予定である。
IL-12はTh1細胞の分化誘導に重要なサイトカインであり、またTh1細胞やNK細胞、 γδT細胞にIFN-γ産生を誘導することが知られている。今回の実験結果から考えると、IL-12をBp感染マウスに投与することによって感染死から救助しうることが期待された。実際IL-12を投与されたマウスでは、ストレインを問わず全例が死亡せずに生き残った。この様に、IL-12がBp感染に対して著明な防御効果を示しうることが明らかになったばかりでなく、IL-12によって誘導されるTh1細胞、IFN-γ及び細胞性免疫がその感染防御機構において重要な役割を担うことを強く支持する結果であると考えられる。
今後は、抗IL-12抗体を投与することによって果たしてIL-12がBpの感染防御機構において必須の役割をしているか確認するとともに、Bp感染後のマウス体内でのTh1及びTh2サイトカインの産生動態、その産生制御に重要なIL-12やIL-18の産生動態についてもmRNA及び蛋白レベルで解析していく必要があるものと思われる。これらの解析は、メリオイドーシスの発症病態の解明に重要な情報を提供してくれるばかりでなく、有効な治療法の開発、感染及び発症予防のためのワクチン開発にまで発展しうるものと期待される。
結論
本研究から、Bpと宿主側の細胞性免疫を中心とする感染防御機構との間の相互作用がメリオイドーシス症の発症病態において重要なファクターとして関与している可能性が示唆された。今後は、サイトカインを中心に分子レベルで両者の相互作用についてさらに検討することにより、本症の発症病態の解明及びそれを踏まえた有効な治療法の開発に大きく寄与するものと期待される。

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