感染症サーベイランスシステムにおける患者情報の標準化に関する疫学研究

文献情報

文献番号
199700821A
報告書区分
総括
研究課題名
感染症サーベイランスシステムにおける患者情報の標準化に関する疫学研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
谷原 真一(自治医科大学公衆衛生学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の感染症サーベイランス事業は、1981年に発足してからすでに16年経過した。途中1987年に対象疾患の追加等一部変更が加えられ現在に至っている。本事業の実施により、国全体及び都道府県、保健所管内単位に主要感染症の動向を的確に把握し、保健医療機関及び関連機関に流行予測に関する適切な情報を迅速に提供する役割を果たしてきたが、今後改善すべきいくつかの問題点がある。 現在患者数の動向を評価する指標として定点あたり患者数を用いているが、定点抽出単位(保健所管内)の事情により、医療機関規模、診療科などにばらつきがあり、現状では地域差の比較、罹患率の算出が不可能である。また、異常発生の認知と警告発令の基準が不明確であること、入力誤りのチェック機能が確立されていないことなどの問題点も早急に解決しなければならない。さらに、年末年始、連休などの受診への影響を調整した患者数の推定方法についても検討する必要がある。
研究方法
感染症サーベイランスシステムで対象となる疾病のなかで、小児期に罹患することが多い疾病について検討した。定点配置状況の都道府県格差を検討するために、1996年住民台帳人口による0~4歳の小児10万人あたり定点数を都道府県別に算出した。その後で小児10万人あたり定点数がもっとも多い山梨県と福岡県について突発性発疹の週別報告数を比較した。
各疾病について週別の定点あたり患者報告数の全国値を1985年から1996年まで12年分を時系列的に検討し、各疾病の季節的な流行状況を把握した。その後、流行状況の地域格差を早期に把握するために、1995年、96年の都道府県別、週別定点あたり患者数を用いて、3次元の流行図を作成し、疾患発生の時間・空間特性により、疾患のパターン化を行った。また、突発性発疹の定点あたり患者数を分母に用いた数値を用いて都道府県間の患者発生数を比較するモデルを開発し、サーベイランスの妥当性、患者数推定の可能性について検討した。
結果と考察
都道府県別の0~4歳の小児10万人あたり定点数の平均値は4.17、最大値は山梨県の8.26、最小値は福岡県の1.66であった。小児10万人あたり定点数が4.0~4.9の階級に区分される都道府県がもっとも多く、22都道府県がこの階級に属した。地域別に見ると、関東、中部に小児10万人あたり定点数の少ない都道府県が多く、北陸、近畿、四国では小児10万人あたり定点数の多い都道府県が多かった。北海道東北地域では地域内の格差は小さいが、関東、中部、中国、九州の各地域では小児10万人あたり定点数の多い都道府県と少ない都道府県が混在しており、地域内における格差の存在が考えられた。
小児10万人あたり定点数の格差を検討するために山梨県と福岡県について突発性発疹の週別定点あたり報告数を比較すると、山梨県では最小値5、最大値61、平均値31.4、中央値32であり、福岡県では最小値63、最大値167、平均値115.6、中央値117と、小児10万人あたり定点数の格差が定点あたり報告数に影響している可能性を認めた。
1985年から1996年まで12年分を時系列的に検討した結果、麻疹では第20週前後の患者報告数がもっとも多くなっていた。しかし、1986年は第32週の報告数がもっとも多く、他の年とは異なる様相であった。風しんでは第25週前後に患者報告数がもっとも多くなり、40週前後にはほとんど報告がなくなっていた。溶連菌感染症では第25週前後と第50週前後の2点で患者報告数が上昇し、第32週では患者報告数が最低になっていた。手足口病では第1~15週まではほとんど報告はないが、その後徐々に上昇し、第28週にピークを迎えた後に急速に減少していた。突発性発疹では第1~30週まで緩やかに上昇し、その後も徐々に低下する傾向を示した。毎年第1、18、32、52週はその前後の週と比較して患者報告数が大きく低下していた。年末年始、連休の影響による一時的な報告数の低下と考えられた。
都道府県別、週別定点あたり患者数を用いて、3次元の流行図を作成した結果、麻疹の場合、1995年では北海道東北、近畿、九州地域に患者報告数の季節的な上昇を認めたが、北陸、上信越、関東地域では大きな上昇は認められず、地域により流行発生に違いがあると考えられた。1996年は各地域とも第20週前後に患者報告数がピークを迎え、全国一律の流行発生が起こったと考えられた。しかし、北陸、上信越地域では第40週以後から再び報告数の上昇を認め、局地的な再流行の可能性が考えられた。風しんの場合、1995年では四国、九州地域では第25週前後に患者報告数が大きく上昇した。関東、北陸、上信越でも25週前後にピークを認める傾向にあった。北海道東北、近畿、東海地域では大きな上昇は認められず、地域により流行発生に違いがあると考えられた。1996年では各地域とも第25週前後に患者報告数が上昇し、全国一律の流行発生と考えた。しかし、中国、近畿地域では第50週前後にも小規模ながら患者報告数の上昇を認め、局地的な再流行の可能性が考えられた。溶連菌感染症は1995年、1996年ともに全国的に第25週前後と第50週前後の2点で患者報告数が上昇し、第32週では患者報告数が最低になっていた。北海道東北地域では他の地域と比較して定点あたり患者報告数が高い傾向にあった。手足口病には1995年夏に全国的に定点あたり患者報告数の上昇を認め、全国的な流行が発生したと考えられた。1996年夏にも定点あたり患者報告数の上昇が認められたが、1995年のピーク値の3分の1~5分の1程度の低い値であった。突発性発疹は明確な季節変動および地域格差を認めなかった。
突発性発疹の定点あたり患者数を分母に用いた数値による検討では、麻疹の場合、1995年の北海道東北地域では第5週~20週にかけてほぼ一定の値を示し、持続的な麻疹患者発生が考えられた。1996年では近畿、四国地域に前後の週と比較して著しく高い値が観察された週が存在し、サーベイランスシステムにおけるデータ入力ミスの可能性が考えられた。九州地域では福岡県で定点あたりの患者報告数では他の県と比較して高くなっていたが、この指標では大きな格差は認められなかった。各都道府県の小児あたり定点数の地域格差が是正されたために地域格差が観察されなかった可能性がある。
結論
感染症サーベイランスシステムにおける定点数は各地域の人口に比例して配置されることとなっているが、罹患の可能性が高い年齢階級に注目した場合には、単位人口あたりの定点数には大きな地域格差が存在していた。このことにより、各都道府県の定点あたり患者数の地域格差が生じている可能性がある。また、報告数の季節変動の一部は祝日などの社会的要因による可能性が認められた。1995年、96年の都道府県別、週別定点あたり患者数を用いた3次元の流行図では全国一定のパターンを示す疾病と流行状況が地域により異なる疾病に大別された。特に麻疹、風しんは全国的に流行する場合より患者報告数は少ないが特定の地域内における流行発生が認められた。都道府県間の患者発生数を比較し局地的な流行発生を捉えるうえで、対象とする疾病を突発性発疹の定点あたり患者数で除した数値は有用な指標と考えられたが、今後の感染症対策には疾病の特性を考慮し、特定の地域における流行を迅速に判定可能な指標についてさらなる検討が必要である。

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