劇症型レンサ球菌感染症におけるレンサ球菌NAD分解酵素の病原因子としての関連性

文献情報

文献番号
199700813A
報告書区分
総括
研究課題名
劇症型レンサ球菌感染症におけるレンサ球菌NAD分解酵素の病原因子としての関連性
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
唐澤 忠宏(金沢大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ある種の細菌(コレラ菌、ジフテリア菌等)の毒素は宿主の細胞情報伝達系を障害することによりその毒作用を発揮する。近年、カルシウムを介した細胞内情報伝達系において、従来から知られていたイノシトール 3 リン酸をセカンドメッセンジャーとする系以外にサイクリック ADP リボース (cADPR) をセカンドメッセンジャーとする新たな系が見いだされた。この系は膵ランゲルハンス島β細胞からのインスリン分泌など真核生物の重要かつ本質的な生理機能に関与する系であることが明らかになった。最近我々らは、原核生物である A 群レンサ球菌NAD分解酵素が cADPR 合成 / 分解活性を有することを明らかにした[1]。これはA 群レンサ球菌NAD分解酵素がヒト細胞の細胞情報伝達系を撹乱し機能障害を生ぜしめる活性を有することを意味するものである。新規毒素(酵素)活性の発見は原因不明の疾病・病態の解明に寄与する。依然機序不明である劇症型レンサ球菌感染症について本酵素の関連性を検討することは重要であると考えられる。本研究では、第一に未だ明らかになっていないレンサ球菌NAD分解酵素遺伝子の一次構造(塩基配列)を決定した。次にPCR法にて劇症型レンサ球菌感染症由来株における本酵素遺伝子の分布を調べるとともに、各種レンサ球菌感染症由来株を用いて、菌株間の酵素活性の差異の有無を明らかにし、劇症型レンサ球菌感染症における本酵素の病原的役割の解析を目指した。
研究方法
レンサ球菌NAD分解酵素遺伝子の一次構造(塩基配列)の決定:先に精製したA群レンサ球菌NAD分解酵素[2]および本酵素に免疫学的に相同性のあるC群レンサ球菌NAD分解酵素[3]のN末端アミノ酸配列からPCRプライマーを設計し、PCRによって、対応する120bpのDNA断片をA群レンサ球菌C2556株(扁桃周囲膿瘍由来)より得た。その断片をプローブにして行ったサザンブロット解析をもとに、染色体遺伝子ライブラリーを構築した。次に、ベクター上に設計したプライマーと120 bp DNA断片上のプライマーにより single specific primer-PCR を行い、その増幅産物の塩基配列を決定した。酵素活性:劇症型レンサ球菌感染症由来A群レンサ球菌23株(Toxic shock-like syndrome13株、壊死性筋膜炎4株、敗血症2株、重症蜂窩織炎2株、水痘後重症感染2株)と咽頭炎由来A群レンサ球菌29株に関して、既に報告している蛍光法[2]を用いて菌株間でNAD分解活性に差異がないかどうかを検討した。遺伝子分布: 上記の劇症型レンサ球菌感染症由来23株を用いて、レンサ球菌NAD分解酵素遺伝子の一次構造の結果をもとに作製したプライマーにてPCRアッセイを行った。本菌は菌体を破壊しにくいため、数多くの検体数を処理するためのDNA抽出法には工夫が必要である[4]。我々は血液寒天上のコロニーをリン酸緩衝生食水に縣濁し、ムタノリジンを加えてインキュべーションした後、98℃15分加熱処理して、サンプルとして用いた。
結果と考察
目的遺伝子は全長1,353bpで451アミノ酸残基の分子量50,703の蛋白質をコードしており、精製酵素のSDS-PAGE上の分子量に一致していた。さらに精製酵素のN末端の比較から、37アミノ酸残基のシグナル領域を持つことが推定された。また、このレンサ球菌cADPR合成・分解酵素は一次構造上、cADPR代謝活性を示す哺乳動物CD38 [5, 6]、BST-1 [7]やアメフラシ ADP-ribosyl cyclase [8]との相同性は認められなかった。次に劇症型レンサ球菌感染症由来株においてPCR法を用いて本酵素遺伝子の検出を試みた。研究方法に記載したサンプル調整法にて、劇症型レンサ球菌感染症由来全23株で目的のバンドを検出できた。従って、今回の研究で明らかになった扁桃周囲膿瘍由来A群レンサ球菌菌株のNAD分解酵素と同一もしくは高い相
同性のNAD分解酵素が劇症型レンサ球菌感染症由来菌株に分布していることが明らかになった。また、今回行ったPCRサンプル調整法は多量検体処理の際には簡便で有用な方法であると考えられた。さらにNAD分解活性を測定したところ、劇症型レンサ球菌感染症由来全23株でNAD分解活性が検出され、その力価(units/0.1 mlサンプル)は9株が32、7株が64、7株が128であった。一方、咽頭炎由来29株の力価は1株が8、1株が16、2株が32、10株が64、13株が128、1株が256であり、1株は陰性であった。劇症型レンサ球菌感染症由来株の力価は咽頭炎由来株の力価に比較して有意に高いとはいえなかったが、全被験菌株が本酵素の高産生株であることが明らかになった。これまでの報告によれば、臨床材料から分離頻度の高いT血清型菌株において本酵素の産生能が高いことから、本酵素のA群レンサ球菌の病原性への関与が示唆されている[2]。今回の研究では本酵素が劇症型レンサ球菌感染症の病態を特徴づける単一の病原因子であることを証明する結果は得られなかった。しかし、本研究で示された劇症型レンサ球菌感染症由来株で本酵素の産生能が高いという結果は、本酵素のレンサ球菌の病原性への関与を一層示唆するものであると考えられる。文献 [1] FEMS Microbiol. Lett. 130, 201-204 (1995); [2] FEMS Microbiol. Lett. 128 289-292 (1995); [3] FEMS Microbiol. Lett. 136, 71-78 (1996); [4] 劇症型レンサ球菌感染症-ヒト喰いバクテリアの出現- (1997)、近代出版、東京; [5] J. Biol. Chem. 268, 26052-26054 (1993); [6] Gene 186, 285-292 (1997); [7] Gene 165, 329-330 (1995); [8] Gene 158, 213-218 (1995).
結論
扁桃周囲膿瘍由来A群レンサ球菌C2556株のNAD分解酵素遺伝子の一次構造(塩基配列)を決定した。その配列をもとにプライマーを作製してPCRを行ったところ、劇症型レンサ球菌感染症由来の被験23株全株で目的のバンドを検出した。この結果は、C2556株NAD分解酵素遺伝子と同一もしくは高い相同性のNAD分解酵素が劇症型レンサ球菌感染症由来菌株に分布していることを示している。さらにNAD分解活性を測定したところ、劇症型レンサ球菌感染症由来株の力価は咽頭炎由来株の力価に比較して有意に高いとはいえなかったが、劇症型レンサ球菌感染症由来全被験菌株が本酵素の高産生株であることが明らかになった。今回の研究では本酵素が劇症型レンサ球菌感染症の病態を特徴づける単一の病原因子であることを証明する結果は得られなかった。しかし、本研究で示された、劇症型レンサ球菌感染症由来株は本酵素の産生能が高いという結果は、本酵素のレンサ球菌の病原性への関与を一層示唆するものであると考えられる。今後、未だ機序不明である劇症型レンサ球菌感染症について菌側、宿主側からの様々な調査・研究を要するが、NAD分解酵素との関連性についてもさらなる検討が必要である。

公開日・更新日

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