マウスO157経口感染モデルにおける抗生物質の効果に関する研究

文献情報

文献番号
199700808A
報告書区分
総括
研究課題名
マウスO157経口感染モデルにおける抗生物質の効果に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
藤井 潤(産業医科大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成9年、腸管出血性大腸菌0157の集団感染が全国で相次ぎ、12名が死亡した。O157に対する治療についてはこれまで日本において十分な議論がされていなかったので、他の細菌性腸炎と同様に抗生物質が大量に使われた。しかし、欧米においては抗生物質の0157に対する治療効果についての見解が分かれているため、その使用に際しては慎重である。たとえばST合剤は溶血尿毒症症候群(HUS)や脳症のリスクを高めるとして使用はされていなかった。昨年のO157集団発生以来、厚生省は治療指針として、ホスホマイシン(FOM)、カナマイシン(KM)、ノルフロキサシン(NFLX)の3剤の使用を認める方針を打ち出した。国立小児病院の竹田らのグループは堺市の集団感染における疫学調査を行い、早期に抗生物質を使用すれば重症化を予防するとの報告を行った。一方、大阪大学微生物研究所の本田らのグループはin vitroの実験系でホスホマイシンはverotoxin1 (VT1)の産生を増大することを報告した。
これらの背景をふまえて、マウスにO157を経口感染させ、抗生物質を経口または腹腔内投与して、マウスの死亡率から抗生物質がO157感染に対して有効かどうか検討した。実験モデルについては1994年にInfect. Immun. (64:5053-5060, 1994)にO157経口感染 (E32511)におけるマウスの中枢神経障害モデルをすでに報告しており、この実験系を使ってFOM、KM、ミノサイクリン (MINO)、NFLXなどの薬剤を投与してマウスの死亡を減少させることができるかについて調べた。さらにマウスに対して致死効果の高いVT2dを産生する大腸菌O91:H21 B2F1株をマウスに経口感染させたモデルを用いて上記の抗生物質の効果を調べた。このモデルは少量の菌数(103CFU以下)でもマウスに対して致死効果があることがO'Brienらによって報告されている。
研究方法
6週令、30gのICRマウスを用いた。大量菌感染モデルとしてO157: H- strain E32511/HSC(VT2c産生株)を1010CFU経口感染させ、さらにmitomycin C (MMC)(2.5mg/kg)腹腔内投与するモデルを用いた。このモデルではマウスは90%死亡する。少量菌感染モデルとしてO91: H21 strain B2F1(VT2d産生株)を103CFU 経口感染するモデルを用いた。このモデルではマウスは50%死亡することが確認されている。各抗生物質のLD50の1/16量を経口感染当日から3日間、1日1回、経口(p.o.)または腹腔内投与(i.p.)した。死亡率を観察すると共に、マウス大腸内の便中菌数とノバパスベロ毒素EIAを用いて便中毒素量を測定した。
結果と考察
各抗生物質のE32511とB2F1に対するMIC(μg/ml)はFOM(1.56, 1.56),MINO (12.5, 6.25), KM (12.5 12.5), NFLX (0.196, 0.098)であった。
抗生物質投与後のマウスの死亡率
抗生物質の種類、抗生物質投与方法 (p.o./i.p.)、E32511経口感染での死亡率、B2F1経口感染での死亡率を順に表示した。
1.抗生物質なし(control)、なし、7/11 (64%)、5/10 (50%)
2.FOM、p.o.、7/12 (58%)、1/10 (10%)*
3.FOM、i.p.、8/10 (80%)、1/10 (10%)*
4.MINO、p.o.、2/13 (15%)**、0/10 (0%)**
5.MINO、i.p.、3/12 (25%)*、2/10 (20%)
6.KM、p.o.、3/11 (27%)*、5/10 (50%)
7.KM、i.p.、7/10 (70%)、0/10 (10%)**
8.NFLX、p.o.、0/11 (0%)**、0/10 (10%)**
9.NFLX、i.p.、1/10 (10%)**、0/10 (10%)**     vs control * p<0.1 ; ** p<0.05
大量菌感染(E32511)モデルではMINO p.o./i.p.、KM p.o.、NFLX p.o./i.p.の有効性を認めたが、FOM p.o./i.p.、KM i.p.の有効性は認められなかった。
少量菌感染モデル(B2F1)ではMINOのi.p.、KMのp.o.以外全ての抗生物質に有効性を認めた。
E32511を経口感染させMMCをi.p.したのみのcontrolの便中の菌数は経口感染後1日目、2日目、3日目で2.1±1.1×108, 1.7±1.1×108, 1.1±0.3×108 CFUであったのに対して、E32511を経口感染させ、FOMを1日1回i.p.(1/16LD50)した時の便中の菌数は2.5±2.7×107, 1.0±0.7×106, 2.8±3.7×108CFU、NFLX投与群は 3.6±4.2×107, 2.0±1.0×104, 1.6±1.4×103CFUであり、2日目と3日目では有意に便中の菌数はNFLX投与で減少していた。
便中毒素量は経口感染後1日目と2日目ではFOM投与群の方がNFLX投与群に比べて少なかったが、3日目では逆転しており、NFLX投与群で便中毒素が少なかった(data not shown)。
結論
大量菌感染モデルは、1010CFUという大量の菌を経口感染させ、MMCにより毒素量を増加させた系である。これはヒトで言えばO157が大腸内で定着、増殖し、出血性の下痢を生じている状態と想定できる。 このような状態ではFOMは無効で、MINO、KM、NFLXが有効である可能性が示唆された。一方、少量菌感染モデルは、O157が定着する前か、定着しても増殖は初期の状態であり、このような状態でのFOM、MINO、KM、NFLX投与すべてが有効である可能性が示唆された。両実験から抗生物質の選択はタンパク合成阻害剤がよく、しかも抗生物質の投与時期は早期であるほど重症化を防ぐことが示された。
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