ベロ毒素による細胞死(アポトーシス)の分子機構に関する研究

文献情報

文献番号
199700807A
報告書区分
総括
研究課題名
ベロ毒素による細胞死(アポトーシス)の分子機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
清河 信敬(国立小児病院小児医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年のO157に代表されるベロ毒素(Vero toxin, VT)産生性大腸菌(VT producing strains of Escherichia coli, VTEC)感染症の増加はひとつの社会問題ともなっており、その克服は急務である。対策としては、感染経路を解明し発生を予防するとともに、万一発生してしまった場合の致死的な合併症に対する予防法、早期診断法、治療法の確立が重要である。中でも溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome, HUS)は特に重要な合併症の一つであるが、その発症機構に関して VT による血管内皮細胞の障害が主たる原因であるとする説が有力であるものの、その詳細は不明であり、その対応が立ち遅れているのが現状である。これは主として、VTのヒト生体内における動態、各臓器に及ぼす影響について、ほとんど解明されていないことに起因すると考えられる。そこで本研究では特に腎臓を中心としたヒト臓器に対するVTの作用、特に細胞障害の分子機構を解明し、HUS発症の予防法、早期診断法、あるいは新規治療法の開発に応用することを目的としている。
研究方法
1. ヒト腎組織におけるVT受容体globotriaosylceramide(Gb3)の発現部位、およびVT結合部位の同定。
ヒト正常腎組織として、ウイルムス腫瘍手術時に摘出されたヒト腎組織の非腫瘍部分を用いて新鮮凍結切片標本を作成し、抗VT受容体(Gb3)抗体、および腎組織の各構成細胞を識別可能な抗CD10(近位尿細管)、抗CD24(遠位尿細管)、抗CD34(血管内皮細胞)の各抗体に対する反応性を酵素抗体法を用いた免疫組織化学により検討した。また、切片とVTを反応させた後に抗VT抗体を用いて同様の方法で検出し、VT結合部位を特定した。さらに一部の実験は、2種類の異なる抗体を同時に反応させ、それぞれを異なる発色によって検出する2重染色法を用いて、各分子の発現およびVTの結合との相互関係を検討した。
2. 腎尿細管由来培養細胞に対するVTの細胞障害作用の検討。
腎組織由来培養細胞として、1)ヒト尿細管上皮由来腫瘍細胞株 ACHN、 2)ヒト腎皮質上皮由来初期培養細胞(米国Clonetics社)を用いた。各培養細胞の特性を、上記と同様な方法で検討した。また、各培養細胞に対する細胞障害作用をMTTアッセイを用いて検討した。さらに、VTがヒト腎尿細管由来培養細胞におよぼす障害作用について、細胞生物学、生化学、免疫組織化学、分子生物学的方法を用いて解析し、その分子機構の解明を試みた。
結果と考察
1. ヒト腎組織において、VT受容体の発現は血管内皮細胞および一部の尿細管に局在していた。さらに、 精製VT がこれらのVT受容体発現部位に一致して特異的に結合することが確認された。酵素抗体2重染色法を用いてVTが結合する尿細管を特定した結果、これらの尿細管細胞は遠位尿細管に特異的に結合するCD24陽性細胞の一部に含まれているが、近位尿細管に特異的に結合するCD10陽性細胞とは異なることが明かとなった。以上より、ヒト腎組織においてVT受容体は血管内皮細胞以外にも遠位尿細管の一部に発現しており、VTがこれらの細胞と結合することが判明した。
2. そこで、VT がヒト腎遠位尿細管上皮細胞に対して細胞障害性を示すか否かについて培養細胞を用いた検討を行った。まず、ヒト腎癌由来細胞株ACHNとヒト腎皮質上皮由来初期培養細胞についてその表面抗原の発現状況について免疫組織化学的検討を行い、正常腎組織と比較した結果、いずれもCD24およびGb3陽性、CD10およびCD34陰性であり、遠位尿細管上皮細胞と類似した表面抗原の発現パターンを示し、かつ VT 受容体を有することが明かとなった。次に、 これらの細胞の増殖に対するVT の作用を検討した結果、VT 添加によってこれらの細胞の増殖は急激に抑制され、大部分の細胞は細胞死に陥ることが明かとなった。そこで、VT によってこれらの細胞に誘導される細胞死についてさらに検討するため、形態的な核の断片化、抽出DNAのladder formation、propidium iodide染色による核断片化細胞の検出、アポトーシス特異的早期抗原7A6の発現等のアポトーシスの検出に関する解析を行った。この結果、いずれの解析方法においても陽性となり、VT によってこれらの遠位尿細管由来細胞に誘導される細胞死にアポトーシスが関与していることが明かとなった。
結論
以上の結果から、VT がヒト腎遠位尿細管上皮細胞に対して直接的な細胞障害作用を有しており、しかもそれがアポトーシスの機構によることが明かとなった。また、VT に対する感受性の面からみた場合、培養細胞株ACHN がヒト遠位尿細管上皮のin vitroモデルと成り得ることが示された。HUS の発症機序に関しては VT による血管内皮細胞の障害が主たる原因であるとする説が有力であるが、今回の検討から遠位尿細管上皮細胞も VT の直接的な標的細胞である可能性が示された。この事実は、HUSが単に血管内皮細胞の障害のみによって発症するのではなく、遠位尿細管上皮細胞も含めた複数の腎細胞の障害に起因する、より複雑な病態であることを示唆するものと思われる。今回得られた結果は、今後HUSの発症機構解明の上で非常に有用な情報であると考えられる。
以上の結果は下記の論文として現在印刷中である。
1) Taguchi T, Uchida H, Kiyokawa N, Sato H, Mori T, Horie H, Takeda T, Fujimoto J: Verotoxins induce apoptosis in human renal tubular epithelium derived cells. Kidney International (in press)
2) Kiyokawa N, Taguchi T, Mori T, Uchida H, Sato N, Takeda T, Fujimoto J: Induction of Apoptosis in Normal Human Renal Tubular Epithelial Cells by Escherichia coli Shiga Toxin (Stx)1 and 2. Journal of Infsctious Diseases (in press)

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