再興感染症としての結核対策のあり方に関する総合的研究

文献情報

文献番号
199700805A
報告書区分
総括
研究課題名
再興感染症としての結核対策のあり方に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
森 亨((財)結核予防会結核研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 阿部千代治((財)結核予防会結核研究所)
  • 山岸文雄(国療千葉東病院)
  • 高鳥毛敏雄(大阪大学医学部)
  • 宍戸真司(国療松江病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本の結核は低蔓延下に入り、これまでの主として集団的な接近では十分効果的に対応できなくなり、それゆえ「再興感染症」としての様相を強めつつある。つまり社会的、身体的弱者としてのリスク集団への集中、薬剤耐性により治療への抵抗、そして一般環境に比した医療施設の結核リスク増大などがそれである。これらに対応するための以下のような観点から新しい方策立案の基礎となる知見を得るために本研究を行う。
? 免疫抑制宿主における結核発病の防止方策:現在制度化されていない中高年への化学予防の可能性を明らかにする。
? 大都市特定地域の結核問題の把握と対応:問題を明らかにし、治療脱落対策としての直接監視下化療の応用を含めて患者管理の強化の可能性を探る。
? 医療施設内での結核感染防止:日本の結核院内感染予防体制の実態を調査し、院内感染防止体系のあり方を検討する。
? 薬剤耐性結核の実態の把握:従来のものより国際的な規準による全国の実態調査を行う。
研究方法
各分担課題毎に以下のような方法で実施する。
?  免疫抑制宿主における結核発病の防止方策:これまでに行われた観察対象をさらに拡大して発病リスクの機序と程度を調べ、化学予防の効果を推定する。
?  大都市特定地域の結核問題の把握と対応:特定地域の患者の治療成績、患者の複数都市特定地域間の移動について検討する。一部地域で直接監視下の化療を試行する。
?  医療施設内での結核感染防止:全国の主要病院(結核病床あり、なし毎に)に対して質問紙を郵送して調査を行う。また調査の結果について、先進的に体制を講じている施設の研究協力者と検討を行う。
?  薬剤耐性結核の実態の把握:結核療法研究協議会に参加する施設を中心に全国の結核医療施設から結核菌株を収集し、薬剤感受性検査を新しい規準によって実施する。さらにこの結果と患者の背景要因との関連を分析する。
結果と考察
各個の研究結果および考察の要旨は以下のとおりである。
? 免疫抑制宿主における結核発病の防止方策:本年度は数的にも重要な糖尿病と人工透析についてとくに検討を行った。2つの職域(JR東日本、および地方公務員)における糖尿病者からの結核発病の相対危険度はそれぞれ5.6および5.7であり、糖尿病は結核発病のハイリスク・グル-プであることが再確認された。結核療養所入院患者からの調査では、糖尿病を合併した肺結核症例のうち、糖尿病治療中の診療の中で定期的に胸部X線検査を受けていたのは32%にすぎず、結核症の早期発見のためには、糖尿病を治療している医師および患者に対する啓蒙が必要であることが明らかとなった。過去の胸部X線フィルムで、陳旧性病変の認められた者は、糖尿病が発見されてから平均14年で肺結核を発病していたことより、早期に化学予防が行われていれば、肺結核発病が予防できた可能性も考えられた。透析患者からの結核発病についての全国の実態調査では、基礎疾患が糖尿病性腎症であった者は33.8%と多く、ここでも糖尿病が重要な結核リスク疾患であることが認められた。また罹患率は、男性では人口10万対92.7、女性では52.4と高く、透析患者も結核発病のリスクが確認された。
? 大都市特定地域の結核問題の把握と対応:大都市の結核の高罹患地域について、その地域の保健所医師の協力を得て関連要因について調査分析を行った。東京都、横浜市、大阪市、神戸市の高罹患地域における結核患者の特徴は、年齢階層別には40歳代から60歳代で住所不定の者であった。これらの者は結核検診上有所見者であることが多く、また要治療者では治療完了率が低い。これらの患者の受療機関は民間機関が多かった。これらの患者の治療完了率を高めるために、医療提供機関と患者管理を行っている保健所の両者が連携した特別な対策が必要であると考えられた。なお東京都は一地区で小規模なDOTSを開始した。
? 医療施設内での結核感染防止:全国の結核病床ありの病院179、同なしの病院170について調査が行われた。結核に関する院内感染予防マニュアルを策定していたのはともに半数程度であった。採用時のツベルクリン反応検査は前者58%、後者23%、またBCG接種はそれぞれ43%、12%で実施されていた。結核菌検査に際して安全キャビネットを用いているのは46%、29%であった。職員の結核菌吸引防止のためのN95タイプのマスクはほとんど使われてなかった。日本の医療施設の院内感染予防体制は今後早急に整備すべき重要な課題であることが確認された。
? 薬剤耐性結核の実態の把握:平成9年6月~11月に合計76施設に入院した菌陽性結核患者の菌株が2,101件が結核研究所に送付され、これに対してINH、RFP、SM、EB、KMについて感受性検査が順次行われている。次年度にかけてすべての菌株について検査を完了し、分析する予定である。
結論
今年度の研究は最近の日本の結核患者の発生が医学的および社会経済的なリスク集団に集中していることを具体的に確認し、これに基づく対策上の介入が行われる必要があること、そしてその方法についての手がかりを与えてくれた。すなわち、糖尿病や人工透析患者については、これらの患者を診療する医師への啓発と化学予防の導入であり、大都市特定地域の患者についてはDOTSを含む公的サービスの指導性ある介入が必要かつ効果的であろう。今後結核患者の発生はこの種の地域、人口集団にさらに集中する可能性がありいまからそれに備えることが望まれる。
医療施設での結核感染の問題については、日本の医療界がかなり前近代的な感覚で対処してきたことが本研究から確認された。本研究と平行して日本結核病学会予防委員会でも検討が行われ、改善を勧告する声明が出された。職業的リスク集団としての医療従事者がまず自らを結核から守り、その意識で患者の結核へも注意が喚起されることが望まれる。
薬剤耐性のサ-ベイランスについては世界保健機関からも要請もあり、グローバルな結核対策評価の一貫としてその成績が注目される。重症患者の増加やリスク集団への発生集中など薬剤耐性結核の増加要因もある現在、その傾向については今後とも慎重に警戒していくことが必要である。

公開日・更新日

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