成人T細胞白血病(ATL)の発症予防と治療に関する総合的研究

文献情報

文献番号
199700804A
報告書区分
総括
研究課題名
成人T細胞白血病(ATL)の発症予防と治療に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
園田 俊郎(鹿児島大学医学部ウイルス学)
研究分担者(所属機関)
  • 竹田精士(鹿児島県衛生研究所)
  • 秋葉澄伯(鹿児島大学医学部公衆衛生学)
  • 永田行博(鹿児島大学医学部産科婦人科)
  • 納光弘(鹿児島大学医学部第三内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
23,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
鹿児島県の成人T細胞白血病ウイルス(HTLV--I)の感染者は10万人以上をかぞえ、このなかから毎年200余人のATLとHAMなどのHTLV-I関連疾患が発生している。ATLには有効な治療法がなく、HTLVーI感染の予防と治療対策の確立が焦眉の急となっている。夲研究では、HTLV-Iキャリア(感染源)の把握、HTLV-Iの母乳感染と輸血感染の遮断、ATLの発症要因とハイリスクの同定、免疫療法、化学予防の応用、新治療法の開発などにより、10年後のHTLV-Iキャリア率を現在の1/10に減少させ、ATL患者の発生を限りなくゼロに近づけることを目的とする。
研究方法
1. 鹿児島県4地区(鹿児島市、北薩、大隅、大島)の妊婦、献血者を対症にHTLV-I抗体検査を行い、キャリア率を推定する。2. キャリア妊婦の母乳遮断と育児指導体制を強化して新規キャリアの発生を抑止する。3. 協力医療機関(鹿児島大学病院、県・市立病院)のATL患者、関連疾患の患者数、性年齢分布、病悩期間、生活習慣、ほかの疫学事象を記録し、ATLの罹患率を正確に測定して発症要因を分析する。4. HTLV-I感染細胞の増殖、がん化機序をウイルス学、分子病理学の手法で分析しATLならびに関連疾患の発症予防と治療の分子標的を検索する。5. HTLV-I感染細胞に対する免疫療法の開発、新規抗ウイルス剤の検索に資する基礎研究をおこなう。6. HTLV-IキャリアからATLに至る過程を末梢血T細胞のCD4/8の変動をHTLV-I特異的CTLで追跡してATL発症に関連する免疫要因の実体をさぐる。
結果と考察
結果=1.鹿児島県4地区のHTLV-Iキャリア率を1986年以来の調査で集計すると、妊婦では7.7%、献血者では11.7%であった。後者には40才以上の老壮年齢層がふくまれ、そのキャリア率は11.4-25.2%の高値をしめした。しかし、各地区でのHTLV-Iキャリア率には顕著な地域差はみられなかった。2.キャリア妊婦から生まれた児へのHTLV-I感染率は5.6%であった。このうち、人工乳哺育HTLV-I 陽性となったものは5.0%、6ケ月未満の短期母乳哺育では3.6%、7ケ月以上の長期母乳哺育では25.0%であった。HTLV-I感染経路として新たに唾液感染と胎盤感染を示唆する知見がえられた。3. 1990~1993年までに診断されたATLの症例のうち、今回の調査で確認された患者は257症例(男/女=152/105)であった。病型分類では急性型164例、リンパ腫型59例、慢性型22例、くすぶり型10例、その他2例であった。このうち、リンパ節生検と皮膚生検のあとに自然治癒した症例が確認されている。これらの患者は化学療法のよく反応した慢性型と急性型ATLの2例、皮膚型ATLの6例であった。喫煙歴との関係をみると、一日の喫煙本数が21-40本で50才発症のATL2症例、11-20本で60才発症のATL1症例が認められた。非喫煙者でも30才でATLを発症したものが14/146症例に認められ、喫煙群との有意差を確かめるには症例をさらに集積する必要がある。4.HTLV-I感染細胞でのHTLV-I Taxとサイトカイン受容体(IL-2R)の発現はATL細胞の異常増殖と関係することが明らかにされた。よって、HTLV-I Tax とIL-2RはATLの発症予防の分子標的となり、これらに対する薬剤の検索がおこなわれた。そのなかで緑茶成分(エピガロカテキン類)がHTLV-I遺伝子の発現をおさえHTLV-I感染T細胞の増殖を抑制する現象が観察された。IL-2R のシグナル伝達に作用するスタウロマイシンもHTLV-I Tax の発現を50%程度抑制した。また、HAMではHTLV-Iプロウイルス量が増大しており、これを減少させる試みがなされている。5.HTLV-I感染細胞にはHTLV-Iウイルス関連抗原のほか未知の抗原が表出される
。SF25抗原はその一つであり、anti-cSF25 モノクローナル抗体で認識される。ATL細胞をこの抗体で処理するとアポトーシスがおこる。また、anti-Tac(Fv)-PE40 というイムノトキシンはATL細胞に発現するCD25抗原と反応して細胞毒性を発揮する。これらの抗体は、抗がん剤耐性となったATL細胞の殺傷に有効であった。一方、HTLV-I感染細胞に発現するHTLV-I Tax とEnvの抗原を標的とするT細胞性免疫応答を誘導して、ATL細胞を特異的に殺すCTLを同定した。6. HTLV-Iキャリアを長期追跡してATLの発症に関与する諸因子を分析するための“患者コホート"を組織する運びとなり、インフォームド・コンセントを文書化する作業に着手した。現在1名のHTLV-Iキャリアに対し文書での同意がえられている。この追跡研究では発がん遺伝子の変異を分析することになり、本年度の外国人招聘事業でアメリカ合衆国国立がん研究所のDr.Franchiniを招き技術研究をおこなった。
考察=1. 現行のHTLV-Iサーベイランスは全県を網羅するものではなく、全体の約25%程度のHTLV-Iキャリアを把握しているにすぎない。次年度以降に調査対象をひろげキャリアの捕捉率を60%以上にたかめたい。このためには、衛生研究所と保健所ならびに血液センターとの連携が不可欠であり、疫学情報の交換や検査業務の協力体制を構築する必要がある。2. キャリア妊婦を同定し母乳をコントロールすることで児へのHTLV-I感染を防止できる目処ができた。これを全県下でおこない新規HTLV-I感染者の発生をゼロに近づけたい。この場合、短期母乳哺育の有効性も確立していきたい。3. ATL症例の発症要因を解析するためには症例数を倍増する必要がある。特に喫煙等の生活習慣に関する疫学情報の収集や自然治癒の症例追跡などはATLの発症要因を知るうえで重要とおもわれる。4. 緑茶成分のHTLV-I遺伝子の発現抑制は予期しない実験結果であった。次年度の研究でカテキン成分の分析をすすめHTLV-I感染細胞の阻害因子の実体を明らかにしていきたい。5. HTLV-I感染細胞に発現するSF25やCD25抗原を標的とするアポトーシスやイムノトキシン作用は薬剤耐性のATLの治療に有望であり、新GCPによる臨床治験を早々に開始できるよう、製薬メーカー各社に働きかけたい。独自に開発をすすめているHTLV-I Taxペプチドワクチンの研究はHTLV-Iキャリアの対策のみならず、HCV、HPV、EBVなどの他の難治性ウイルス疾患のキャリア対策のモデルになり、発症予防のワクチンという新しい概念を提供するものである。6. ATLの発症にかかわる諸因子の解析には特定患者とその同胞の追跡調査が有効である。このため適正なインフォームド・コンセントの文書を作成して患者の同意のもとで長期追跡研究をおこなう準備が整えられた。この研究ではアメリカ合衆国国立がん研究所のDr.Franchiniから専門技術の提供をうけることになっている。
結論
1. 鹿児島県におけるHTLV-I感染者の割合が5ー10%であり、妊婦や献血者が感染源となっていることが再確認された。2. HTLV-I感染の主経路は母乳と考えられるが、人工乳または短期母乳哺育で新規キャリアの発生率を3ー5%以内に抑えうることがほぼ確実になった。
3. ATLの発症要因として喫煙等の生活習慣が疑われたが、症例が少なく結論をうるに至らなかった。4. HTLV-I Tax の発現を抑制する物質が緑茶成分にふくまれていた。5. anti-Tac(Fv)-PE40 とanti-cSF25 モノクローナル抗体はATL細胞を殺傷した。この効果は抗がん剤耐性となったATL細胞でもみられた。ATLの治療剤して有望である。6. HTLV-IキャリアならびにATL患者の研究協力に際してインフォームド・コンセントを文書でとるための準備を完了した。

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