微生物系統株の収集・保存事業(感染症ライブラリー)の構築に関する調査研究

文献情報

文献番号
199700803A
報告書区分
総括
研究課題名
微生物系統株の収集・保存事業(感染症ライブラリー)の構築に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
森次 保雄(国立感染症研究所副所長)
研究分担者(所属機関)
  • 井上栄(国立感染症研究所感染症情報センター長)
  • 宮村達男(国立感染症研究所ウイルス第2部長)
  • 渡邊治雄(国立感染症研究所細菌部長)
  • 田代眞人(国立感染症研究所ウイルス製剤部長)
  • 根路銘国昭(国立感染症研究所呼吸器系ウイルス室長)
  • 大月邦夫(全国地方衛生研究所協議会会長)
  • 小池麒一郎(日本医師会常任理事)
  • 小松俊彦(生物学医学研究会理事)
  • 薮内英子(岐阜大学関西大学名誉教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
感染症対策の上から、感染症の流行が発生した際には、速やかにその病原体を同定し、必要な措置を講ずる必要がある。そのためには、普段から国内外で分離された微生物を収集してその性状を検索し、更にこれらを増殖・保存して、必要に応じて速やかに研究者等に分与提供出来るレファランス体制の確立が必要である。本研究の目的は、国立感染症研究所と地方衛生研究所等との連携を基礎にして、この様な微生物の収集、性状解析、保存、分与を行う「感染症ライブラリー」の在り方およびその構築に関する調査研究を行うことである。
研究方法
収集保存の対象となる病原微生物について、以下の観点から技術的および制度的調査研究を進めた。
1)分離・収集の在り方に関する調査研究
分離する機関との協力関係、中央バンクへの収集方法
2)保存・培養方法に関する調査研究
中央バンクにおける保存・培養に関する技術的事項
3)分与等の活用方法に関する調査研究
中央バンクから研究者への分与時の規約、その運用に関する方法
4)感染症情報ライブラリーの構築に関する調査研究
感染研感染症情報センター、各研究部等との関係
5)国内外の類似施設の運営方法と国際協力体制に関する調査研究
国内では大学、農水省研究所、科学技術庁等との関係、国外ではATCC等との  関係の検討
これらの各項目に関して、全体的問題を討議し、更に、インフルエンザウイルス、小型球形ウイルス、腸管出血性大腸菌O157、サルモネラ菌等を対象として、重要度の高いものから検討を進め、微生物バンクの構築に向けた具体的提案を検討した。
結果と考察
1)病原微生物バンクの必要性
感染症対策の根幹は分離された病原体の確定、血清学的・微生物学的検査および感受性集団の調査である。これは新たに分離された微生物を既知の病原体と比較検討すること及びこれらを診断・鑑別しうるによってなされる。さらに、感染症サーベイランスによる病原体の監視にためには、この様な検査に必要な材料の整備が必要である。そのためには、標準となる病原体株を収集し、その性状を明らかにした上で系統的に保存し、必要に応じて分与するという病原微生物バンクが必要である。更に、これに付随して、標準抗血清等の検査試薬を系統的に製造・保存・分与する体制を整備しておくことが必要である。
一方、インフルエンザウイルスの場合には、頻繁な抗原変異が起こるので、流行に対するサーベイランスの結果から次のシーズンの流行株を適格に予測し、これに見合ったウイルス株をワクチン株として選択する必要がある。この際に、ワクチン製造の条件に適合した抗原性と発育鶏卵における高増殖性及び製造従事者並びに環境への安全性が確保されていなくてはならない。特にインフルエンザウイルスには、トリを主な宿主とする15の亜型ウイルスが存在し、さらにこれらの中で多くの連続抗原変異株が存在するので、これらの代表的なウイルス株を予め収集しておき、ワクチン製造用に改変、解析、保存しておけば、緊急の際に短期間で効率よくワクチンを大量生産・供給することが可能となろう。これは、特に新型ウイルスの出現による世界的大流行が予想される事態に備えて、是非とも必要な準備といえる。
さらに、各研究所において分離した病原体の多くは、担当する専門家が性状解析・保存を行っているが、これらの微生物に関する情報は殆ど他の研究者には知らされておらず、有効な活用が為されていない。更に、担当者の退職・転勤等に伴って、貴重な微生物株の維持・保存が不可能となり、無駄に死蔵・遺棄されることがしばしば見受けられる。この問題の解決のためにも、微生物株の登録と維持・保存・分与を能率的・体系的に行うことが是非とも必要である。
2)微生物バンクの現状
国内では、病原体を対象とした微生物系統保存施設・事業は存在しない。
日本細菌学会では、大学における微生物学教育を目的とした細菌菌株の保存・分与を東京大学医科学研究所が中心となって行うことになっているが、予算・人員の裏付けが無く、殆ど機能を果たしていない。
日本ウイルス学会においては、幾つかのウイルスに関して、ウイルス株、抗血清等の研究材料の所在、分与可能の有無、分与条件、責任者等を登録して、ウイルス研究ネットワークを作っているが、系統的に維持・管理されているわけではない。
細胞株に関しては、理化学研究所と国立医薬品食品衛生研究所に細胞バンクがあり、収集、保存、品質管理、分与事業を行っている。
一方、米国においては、American Type Culture Collection (ATCC)が、細胞株のみならず、多くの細菌、ウイルス等の微生物の収集、保存、品質管理、分与を系統的に行っている。しかし、1)に記したような内容を目的とした病原微生物バンクではないので、運営上の参考にはなるが、これに代わるものではない。
3)病原微生物バンクの在り方
微生物学の研究・教育を目的として全ての病原微生物を系統的に収集・保存する微生物コレクションの設立を目的とするのではなく、保健衛生、厚生行政上の見地から、感染症サーベイランス及びワクチン開発に必要な微生物に絞って、効率よく運営することが現実的であろう。
病原微生物バンク事業は、経済的には多額の収入を期待出来ないので、理想的には、国が運営する独立した機関であることが望ましい。しかし、現状ではこのような機関を新設することは困難である。
具体的な方策としては、国立感染症研究所内に病原体保存・分与に責任を持つ専門の部署を設置し、ここを中央バンクとして機能させ、病原体を扱う各部・室において収集、解析、維持、管理されている病原体に関してその管理、分与等を行うことが現実的であろう。また、地方衛生研究所、大学、研究所等をサブバンクとして位置づけ、中央バンクは、各サブバンクで収集、解析した病原微生物の情報を整理して、その所在、管理状況等を把握し、その情報を広く提供する。更に、必要に応じ、サブバンクを通してこれらの分与を行う機能を果たす。またこれらを遂行するための技術的標準化、レファランス機能、技術支援を行うことが期待される。
病原体バンクの必要性を考えると、膨大な病原微生物の全てについてバンクを作る必要は必ずしも無く、保健医療行政上の重要性、緊急度等を勘案して、以下の微生物バンクを構築することが優先度が高いと考えられる。
A型及びB型インフルエンザウイルス
腸管出血性大腸菌
小形球形ウイルス
サルモネラ菌
4)病原微生物バンクの運営上の問題点
病原微生物バンクの運営に当たり、今後以下の諸点を検討しておく必要がある。
a)地方衛生研究所、病院・診療所の臨床検査部門、臨床検査機関等で分離される多くの分離株の中から、バンクに保存すべきものを取捨選択することが必要であるが、何を基準にどれだけのものを収集・保存するのか、どの様な性状を解析しておく必要があるのか、保存するロットの規模についての検討。
b)これらの分離株を分離機関からサブバンク・中央バンクへ収集する際の協力関係、契約、収集方法等の検討。
c)安全性を十分に確保するとともに、品質を一定に保つために、病原体の分離技術、収集技術、保存技術、培養・増殖技術、解析技術、分与方法等の技術的な統一性を検討し、更にこれらを共有・継続するための研修等の検討。
d)サブバンクと中央バンクとの協力関係、役割分担、人事交流、指揮管理系統、予e)中央バンクから研究者への分与に関して、規約、責任所在、費用等の運用の在り方の検討。
f)中央バンクと各感染研研究部、感染症情報センターとの間の協力関係、役割分担、責任の所在、予算運用等及び情報の保存・流通に関する関係の検討。
g)国内では、各大学、文部省研究所、農水省研究所、科学技術庁、民間機関等との関係、国外では、ATCC等の微生物バンクとの関係の検討。
h)病原微生物バンクを運営するための、施設、人員、予算の確保の検討。
結論
 感染症対策の上から、感染症のサーベイランスとワクチン開発を目的として、国内外で分離された微生物を収集、解析、保存し、必要に応じて研究者に分与する機能を持つ「病原微生物バンク」を設置することが必要である。国立感染症研究所内に中央バンクを、また地方衛生研究所にサブバンクを置き、厚生行政、国立感染症研究所、地方衛生研究所等との効果的なネットワークの構築を図るために、今後具体的な検討を進める必要がある。

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