文献情報
文献番号
199700785A
報告書区分
総括
研究課題名
住血吸虫症の感染防御免疫とその予防・治療的応用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
太田 伸生(名古屋市立大学)
研究分担者(所属機関)
- 小島荘明(東京大学医科学研究所)
- 金澤保(国立感染症研究所)
- 平山謙二(埼玉医科大学)
- 伊藤誠(愛知医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
住血吸虫症は上下水道の未整備な途上国では対策の実効が上がらず、大きな社会経済的損失の原因となっている。また、地球環境の変化や社会開発が流行域の拡大を招き、日本にとっても再興感染症や在留邦人の健康問題として無視できない問題である。本研究では住血吸虫症に特徴的な宿主応答の感染防御における役割を明らかにし、寄生虫の排除や発病防止に直結する応答の調節機構を明確にすることを目的とした。本症防圧の戦略として採られてきた環境対策と集団駆虫が十分に機能しない現状では、感染のリスク軽減と発病防止に重点をおく対策が必要である。そのために実験動物の基礎研究データとヒトの疫学データとを総合的に解析し、世界の住血吸虫症対策のガイドライン作りと、わが国の新興・再興感染症対策への貢献を目指した。
研究方法
日本住血吸虫を主な対象として実験動物を用いた基礎的研究と中国の日本住血吸虫症流行地住民の疫学調査とを平行して進めた。
(1) 実験的住血吸虫感染に対する防御免疫の解析
実験動物の感染防御をセルカリア侵入、シストソミューラの排除、及び虫卵肉芽腫形成の各時期で免疫担当細胞の動態とサイトカインの役割を指標として検討した。
まずセルカリアの経皮感染時の樹状細胞の関与に着目し、マンソン住血吸虫感染モルモットの樹状細胞の産生とホーミングを調べた。日本住血吸虫感染マウスのサイトカイン応答とシストソミューラの排除能との関係を調べるために、g線照射セルカリアで免疫後にチャレンジ感染をさせ、虫体の回収率、成熟虫卵の集積率、抗体産生、サイトカイン産生をDBA/2、BALB/c、C57BL6の3系統のマウスで比較した。また、IL-5トランスジェニックマウスに日本住血吸虫を感染させ、感染後の生存率と肝臓内の虫卵肉芽腫の病理像を対象マウスと比較した。住血吸虫の生体防御への影響を調べるためにマンソン住血吸虫感染マウスにヴェネズエラ糞線虫またはネズミマラリア(Plasmodium chabaudi)を追加感染させ、追加感染に対する抵抗性を住血吸虫非感染マウスと比較した。
(2) ヒト日本住血吸虫症患者集団の疫学研究
中国湖南省および江西省の日本住血吸虫症濃厚侵淫地住民を対象として感染の実態把握と臨床的・免疫学的パラメータの調査を行った。より被検者の負担の少ない方法として尿を用いた免疫診断の方法を試した。尿は窒化ソーダを加えて保存し、ELISAで抗日本住血吸虫虫卵抗体を測定した。患者の肝臓の線維化を超音波診断機器を使わずに血液検査によって診断する方法を検討した。血清中のType・コラーゲン、MMP-2、ヒアルロン酸、ラミニン、p・pを測定し、超音波所見と比較した。住血吸虫の循環抗原検出のために単クローン抗体を作製し、日本住血吸虫症患者血液中の寄生虫抗原の検出を試みた。さらにその循環抗原のリコンビナント蛋白の作製を行った。濃厚侵淫地住民の住血吸虫の感染防御能に関与する遺伝因子についてはHLAを指標に検討した。住民を一旦駆虫した後の再感染の程度によって感染抵抗性と感受性との判定を行い、それぞれの集団のHLA-DRのアロ特異性をDNAタイピングで調べた。
(1) 実験的住血吸虫感染に対する防御免疫の解析
実験動物の感染防御をセルカリア侵入、シストソミューラの排除、及び虫卵肉芽腫形成の各時期で免疫担当細胞の動態とサイトカインの役割を指標として検討した。
まずセルカリアの経皮感染時の樹状細胞の関与に着目し、マンソン住血吸虫感染モルモットの樹状細胞の産生とホーミングを調べた。日本住血吸虫感染マウスのサイトカイン応答とシストソミューラの排除能との関係を調べるために、g線照射セルカリアで免疫後にチャレンジ感染をさせ、虫体の回収率、成熟虫卵の集積率、抗体産生、サイトカイン産生をDBA/2、BALB/c、C57BL6の3系統のマウスで比較した。また、IL-5トランスジェニックマウスに日本住血吸虫を感染させ、感染後の生存率と肝臓内の虫卵肉芽腫の病理像を対象マウスと比較した。住血吸虫の生体防御への影響を調べるためにマンソン住血吸虫感染マウスにヴェネズエラ糞線虫またはネズミマラリア(Plasmodium chabaudi)を追加感染させ、追加感染に対する抵抗性を住血吸虫非感染マウスと比較した。
(2) ヒト日本住血吸虫症患者集団の疫学研究
中国湖南省および江西省の日本住血吸虫症濃厚侵淫地住民を対象として感染の実態把握と臨床的・免疫学的パラメータの調査を行った。より被検者の負担の少ない方法として尿を用いた免疫診断の方法を試した。尿は窒化ソーダを加えて保存し、ELISAで抗日本住血吸虫虫卵抗体を測定した。患者の肝臓の線維化を超音波診断機器を使わずに血液検査によって診断する方法を検討した。血清中のType・コラーゲン、MMP-2、ヒアルロン酸、ラミニン、p・pを測定し、超音波所見と比較した。住血吸虫の循環抗原検出のために単クローン抗体を作製し、日本住血吸虫症患者血液中の寄生虫抗原の検出を試みた。さらにその循環抗原のリコンビナント蛋白の作製を行った。濃厚侵淫地住民の住血吸虫の感染防御能に関与する遺伝因子についてはHLAを指標に検討した。住民を一旦駆虫した後の再感染の程度によって感染抵抗性と感受性との判定を行い、それぞれの集団のHLA-DRのアロ特異性をDNAタイピングで調べた。
結果と考察
(1) 実験動物の住血吸虫感染に対する防御免疫の各種パラメータ
セルカリアに対する防御免疫の発現部位である皮下と所属リンパ節の免疫担当細胞の動態を測定した。感染直後に骨髄で樹状細胞の産生が増強し、それが所属リンパ節からセルカリアの侵入局所に動員されることがわかった。マウスのシストソミューラの殺活性は宿主のTh1とTh2の量的バランスと相関しており、Th1サイトカイン産生が低いマウスでは防御能も低かった。一方、Th2サイトカインであるIL-5のトランスジェニックマウスの日本住血吸虫感染の場合、対象マウスと比較してmortalityの改善と肝臓内の虫卵肉芽腫内の虫卵の高い殺滅効果がみられた。
これらの成績は宿主のヘルパーT細胞が感染防御を担うことを示すが、そのT細胞の機能特性の解釈は困難である。感染初期の防御はTh1細胞応答の強さに依存している。すなわちIFN-gなどのTh1応答が重要であり、IL-12やIL-18などのTh1誘導性サイトカインが予防・治療に応用できることを示唆する。一方、 Th2型のIL-5トランスジェニックマウスでは発病抑止能が高かった。 従って住血吸虫の感染防御には、時期に応じたTh1/Th2のバランスが適切に誘導される調節が必要であることが推測された。
マンソン住血吸虫感染によってTh2優位となった宿主応答はTh2が有利に働くと考えられる糞線虫に対してほぼ100%の感染防御を示した。Th2応答が逆に不利に働くとされるA/JマウスのP. chabaudiの追加感染でも予想に反して完全な感染防御が成立した。実験動物での現象をヒトで検証することは容易ではないが、少なくともマウスでは住血吸虫感染が無関係な感染病原体に対する防御能に影響を与えている。流行地の疾病構造に住血吸虫が無視できない影響を持つことが示唆され、住血吸虫の駆除が新たな感染症の出現を招くというパラドックスをも予想させる結果であった。より正確で詳細な疫学研究を通じて、ヒトの住血吸虫に対する感染防御能の検討を続ける計画である。
(2) ヒト日本住血吸虫症の新しい疫学解析法
日本住血吸虫症の免疫診断に尿の使用を試みた。正常日本人尿の平均OD値+3SDを陽性限界とするとsensitivityが0.8、specificityが0.93であり、尿中の抗体は主にIgAであった。尿中の抗体は血中抗体と有意な相関を示したことから、採血に代わる検査方法となりうると考えられた。まだ感度の点で十分でないため引き続いて方法論的な検討を継続する予定である。
検討した5種の血清蛋白の内でtype・コラーゲン、ラミニン、ヒアルロン酸は超音波診断による肝臓の線維化と相関した。しかもウイルス性肝炎による線維化との鑑別は可能であった。MMP-2とp・pは有意な相関を示さなかった。しかし個人差が大きく、患者個々の診断よりも集団レベルの評価の指標に使われるべきである。
日本住血吸虫の成虫抗原で免疫したBALB/cマウスから単クローン抗体SJA111を作製した。この抗体でヒト患者血中の住血吸虫の循環抗原を検出することが可能であった。さらに日本住血吸虫のcDNAをスクリーニングし22.6kDのリコンビナント蛋白を得た。この抗原はELISA用の抗原としても利用可能であることを確認した。
感染抵抗性と感受性のヒト集団についてHLA-DR遺伝子の比較を行った。抵抗群でHLA-DRB1*1202が増加してDRB1*0301と1201が減少しており、両集団が遺伝的には異質であることがわかった。しかし、抵抗群と感受性群の判定は検便のみのデータによったため、新しい診断技術の開発を待って再検討する必要がある。
セルカリアに対する防御免疫の発現部位である皮下と所属リンパ節の免疫担当細胞の動態を測定した。感染直後に骨髄で樹状細胞の産生が増強し、それが所属リンパ節からセルカリアの侵入局所に動員されることがわかった。マウスのシストソミューラの殺活性は宿主のTh1とTh2の量的バランスと相関しており、Th1サイトカイン産生が低いマウスでは防御能も低かった。一方、Th2サイトカインであるIL-5のトランスジェニックマウスの日本住血吸虫感染の場合、対象マウスと比較してmortalityの改善と肝臓内の虫卵肉芽腫内の虫卵の高い殺滅効果がみられた。
これらの成績は宿主のヘルパーT細胞が感染防御を担うことを示すが、そのT細胞の機能特性の解釈は困難である。感染初期の防御はTh1細胞応答の強さに依存している。すなわちIFN-gなどのTh1応答が重要であり、IL-12やIL-18などのTh1誘導性サイトカインが予防・治療に応用できることを示唆する。一方、 Th2型のIL-5トランスジェニックマウスでは発病抑止能が高かった。 従って住血吸虫の感染防御には、時期に応じたTh1/Th2のバランスが適切に誘導される調節が必要であることが推測された。
マンソン住血吸虫感染によってTh2優位となった宿主応答はTh2が有利に働くと考えられる糞線虫に対してほぼ100%の感染防御を示した。Th2応答が逆に不利に働くとされるA/JマウスのP. chabaudiの追加感染でも予想に反して完全な感染防御が成立した。実験動物での現象をヒトで検証することは容易ではないが、少なくともマウスでは住血吸虫感染が無関係な感染病原体に対する防御能に影響を与えている。流行地の疾病構造に住血吸虫が無視できない影響を持つことが示唆され、住血吸虫の駆除が新たな感染症の出現を招くというパラドックスをも予想させる結果であった。より正確で詳細な疫学研究を通じて、ヒトの住血吸虫に対する感染防御能の検討を続ける計画である。
(2) ヒト日本住血吸虫症の新しい疫学解析法
日本住血吸虫症の免疫診断に尿の使用を試みた。正常日本人尿の平均OD値+3SDを陽性限界とするとsensitivityが0.8、specificityが0.93であり、尿中の抗体は主にIgAであった。尿中の抗体は血中抗体と有意な相関を示したことから、採血に代わる検査方法となりうると考えられた。まだ感度の点で十分でないため引き続いて方法論的な検討を継続する予定である。
検討した5種の血清蛋白の内でtype・コラーゲン、ラミニン、ヒアルロン酸は超音波診断による肝臓の線維化と相関した。しかもウイルス性肝炎による線維化との鑑別は可能であった。MMP-2とp・pは有意な相関を示さなかった。しかし個人差が大きく、患者個々の診断よりも集団レベルの評価の指標に使われるべきである。
日本住血吸虫の成虫抗原で免疫したBALB/cマウスから単クローン抗体SJA111を作製した。この抗体でヒト患者血中の住血吸虫の循環抗原を検出することが可能であった。さらに日本住血吸虫のcDNAをスクリーニングし22.6kDのリコンビナント蛋白を得た。この抗原はELISA用の抗原としても利用可能であることを確認した。
感染抵抗性と感受性のヒト集団についてHLA-DR遺伝子の比較を行った。抵抗群でHLA-DRB1*1202が増加してDRB1*0301と1201が減少しており、両集団が遺伝的には異質であることがわかった。しかし、抵抗群と感受性群の判定は検便のみのデータによったため、新しい診断技術の開発を待って再検討する必要がある。
結論
住血吸虫に対する感染防御免疫を実験動物とヒト患者で検討して、予防・治療への応用に向けた研究を開始した。動物実験では感染初期から後期にわたって感染防御に要求されるTh1とTh2のバランス状態が各時期毎に変動しており、このことはワクチン開発の障害となるものと思われた。一方、ヒトの住血吸虫症の防御免疫を検討する前段階として疫学調査の方法論的な検討を進めた。非観血的な免疫診断や新しい循環抗原検出法の開発など、従来の住血吸虫症の疫学調査の障害の解決に貢献する新知見が得られた。次年度以降は防御免疫機構の分子レベルの解析を進め、ヒトの住血吸虫においてもそれらの現象の検証に着手する。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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