ハンセン病発症におけるらい菌の生物学的特性

文献情報

文献番号
199700781A
報告書区分
総括
研究課題名
ハンセン病発症におけるらい菌の生物学的特性
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
柏原 嘉子(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 松岡正典(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 甲斐雅規(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ハンセン病は多剤併用化学療法の世界的普及によりその登録患者数は減ってきたが、毎年50万人を越す新規患者発生(96年度57万人)が減少傾向を示さない。また治療薬に対する耐性を獲得した菌の出現も報告されている。しかし有効なワクチンもまだ開発されておらず、薬剤に対する耐性獲得機構、病原性に関与する因子等も解明されていない。
ハンセン病はらい菌によって引き起こされる慢性感染症であり、その発症には病原体であるらい菌と宿主の因子が複雑に関与する宿主・寄生体関係を介して成立し、らい菌と宿主の生存競争を反映している。ハンセン病は皮膚と末梢神経を主病変とする慢性細菌感染症である。その発症機構の解明はハンセン病の予防・治療に貢献することが期待される。                
本研究はハンセン病発症に関与する菌側の要因、主としてらい菌の宿主細胞内での生存・増殖機構、宿主への攻撃機作、薬剤耐性獲得機構などを解明すると共に、ハンセン病制圧対策に必須の感染源や感染経路を解明するための分子疫学的手法の開発とそれを用いた疫学的研究を実施することを目的とする。
研究方法
?らい菌の宿主細胞内生存・増殖機構の解明のために、らい菌が増殖するマクロファージで多量に産生される殺菌性酸素代謝物を処理する活性に関する解析を遺伝子レベルで検討した。?マウスにおける増殖速度の著しく異なるらい菌分離株についてその差異を遺伝子レベルで解析し、病原性に関与する因子の遺伝子を探索した。?らい菌菌体中のホスホリパーゼ活性の検出とその遺伝子のクローニングを行った。?臨床分離株の中で薬剤耐性が疑われる分離株について、現在用いられている治療薬に対する感受性試験、a)マウスを用いたin vivo試験、b)代謝活性に基づくin vitro試験を実施すると共に薬剤耐性に関与する遺伝子の変異の検出を行い、薬剤耐性菌の簡易検出法を検討した。?らい菌の型別に利用可能なDNAの塩基配列の差異を検索した。
結果と考察
?らい菌はマクロファージやシュワン細胞内で生存、増殖する。これらの宿主細胞は傷害性の酸素あるいは窒素代謝物を産生する。カタラーゼは宿主細胞から産生される過酸化物を分解し、その傷害作用から菌体を守る役割を果たすと考えられている。抗酸菌にはT,M-の2種類のカタラーゼの存在が報告されているが、らい菌の本酵素の存在について明確な結論が得られていない。カタラーゼをコードする遺伝子katG, katE について検討した結果、katGではその活性部位が存在するN末端領域をコードしている部分に100bpの欠失が2カ所存在し、かつ開始コドンが変化して、活性有るカタラ-ゼが産生できないこと、またkatE遺伝子はらい菌ゲノムに存在しないことを明らかにした。これはらい菌の遺伝子中にはが不完全なものが有ることを初めて示したものである。
?マウスでの増殖速度が著しく異なるらい菌分離株間でハウスキーピング遺伝子である16S rRNA遺伝子はいずれもらい菌特有の配列を含み両者間に差は認められなかったが、発現調節因子の1種であるシグマ因子をコードするrpoT遺伝子内の6塩基からなる繰り返し構造に差を認めた。この結果から、遺伝子の発現調節に関与する成分が病原性に関与する可能性が示唆された。
?rpoT遺伝子内の差異はらい菌分離株間で良く保存されており、菌の識別に利用可能であることが明らかになり、調べた範囲で分離株は2群に分かれた。現在株間の識別方法がないらい菌の型別法の開発に道を開いた。現在地域を異にする分離株について解析を継続中である。
?他の細菌で宿主の細胞膜を破壊することが報告されているホスホリパーゼ活性が検出、さらにその遺伝子が単離され、病原性に関与することが示唆された。
?現在世界のハンセン病対策では多剤併用化学療法が用いられているが、有効な治療薬に耐性な菌の出現が報告されはじめている。らい菌は人工培養ができず、迅速な薬剤感受性試験法が存在しない。迅速な薬剤感受性試験法の確立が臨床現場から急ぎ求められている。臨床症状から薬剤耐性が疑われた国内らい菌分離株についてin vivo,及びin vitro試験を実施し、併せてリファマイシン系薬剤(RF)耐性に関与するrpoB遺伝子の塩基配列を解析し、わが国においてもRF耐性菌が出現していることをはじめて明らかにした。更に、RF耐性を迅速かつ簡易に検出する方法を確立した。現在利用可能な薬剤感受性試験は長期間(最低6ヶ月)を必要とするか多量の精製菌体を要するものであるため、臨床の要請に応えられない。分子生物学的技法を用いる迅速な薬剤耐性検出法の確立は臨床での要請に応えるものである。
結論
?らい菌のカタラーゼ遺伝子の解析を行い、らい菌にカタラーゼが存在しないことを明らかにした。この結果はらい菌に他の細菌とは異なる酸素代謝物処理機構の存在を示唆し、らい菌がいかにして傷害性酸素代謝物を処理し、宿主の防御機構から逸脱して生存するかという新しい課題を提供している。
?化学療法の普及は感染症対策にとって非常に強力な手段で有るが、必然的に耐性菌を生む。薬剤耐性が疑われた国内分離株について、現在利用可能な薬剤感受性試験法を用いて感受性を検討すると共にリファマイシン系薬剤(RF)耐性に関与する遺伝子の変異を検出し、本分離株がRF耐性であること、我が国においてもRF耐性菌が出現していることをはじめて明らかにした。またその簡易・迅速検出法を確立し臨床からの要請に応えた。
?増殖速度の異なるらい菌分離株間で遺伝子の発現調節に関わる因子の遺伝子の構造に差が認められ、病原性に関与する因子の1つとして遺伝子の発現調節が示唆された。またらい菌に宿主の細胞膜を破壊し、病原性に関与するホスホリパーゼの活性及びその遺伝子が検出され、らい菌の病原性因子群の解明が進んだ。
?rpoT遺伝子中に認められた差異は分離株間で良く保存されていた。調べた範囲で分離株は2群に分けられ、らい菌の型別法の開発に道を開いた。
1
1

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)