細菌の薬剤耐性機構の分子解析と耐性機序別迅速検出法に関する研究

文献情報

文献番号
199700778A
報告書区分
総括
研究課題名
細菌の薬剤耐性機構の分子解析と耐性機序別迅速検出法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
藤原 博(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 荒川宜親(国立感染症研究所)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 池康嘉(群馬大医学部微生物)
  • 堀田國元(国立感染症研究所)
  • 井上松久(北里大学微生物学)
  • 澤井哲夫(千葉大学薬学部微生物薬品化学)
  • 中江大治(東海大学分子生命科学)
  • 山口恵三(東邦大学医学部微生物学)
  • 中島良徳(北海道薬科大学微生物学)
  • 渡邊邦友(岐阜大学医学部附属嫌気性菌実験施設)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
薬剤耐性菌による感染症をコントロールするためには、耐性菌を迅速に検出することが不可欠である。本研究では、各種の薬剤耐性菌における卓剤耐性の分子機構を明らかにし、その成果を迅速検出法や診断法に応用することをめざす。
研究方法
1. バンコマイシ耐性グラム陽性球菌
バンコマイシンに耐性を獲得した腸球菌(VRE)における耐性遺伝子の解析を、群馬大学の池教授のグループと感染研の渡辺部長のグループで実施した。池教授らは、ヒト尿由来、トリ糞便由来、鶏舎由来のVREについて、耐性の伝達性やテイコプラニンに対する感受性、耐性遺伝子クラスターの構造を解析した。
渡辺部長らは、VREがvanA、vanB、vanCのどのクラスの耐性遺伝子を保有しているかを迅速に判定する方法として multiplex PCR法の開発を試みた。
2. 広域β-ラクタム薬耐性機序と検出法の確立
北里大学の井上教授、千葉大学の澤井教授、東邦大学の山口教授のグループは、それぞれβ-ラクタマーゼの分別検出法、広域β-ラクタム耐性菌の迅速検出法、臨床検体からのβ-ラクタマーゼの迅速検出法について研究を実施した。井上教授らは、アシドメロリー法を応用したPCaseTESTと感受性試験法を併用した検査法、澤井教授らは、ルシフェラーゼ発光法を応用した試験法、山口教授らは、広域セフェム薬耐性大腸菌から新しく発見されたToho-1型β-ラクタマーゼを特異的に検出するためのPCR法やウエスタンブロット法の開発を試みた。
3. 嫌気性菌におけるカルバペネム耐性の検出
岐阜大学の渡辺教授らはカルバペネム耐性のBacteroides fragilis からcfiA遺伝子とIS1186エレメントをPCRで検出する方法を試みた。
4. マクロライド耐性機構の解析と検出法の検討
北海道薬科大学の中島教授らは、マクロライド耐性黄色ブドウ球菌からPCR法により耐性に関与する遺伝子ermA、B、C遺伝子の検出を試みた。
5. アミノグリコシド耐性機構の解析と検出法の検討
感染研の堀田室長らはアルベカシン耐性の黄色ブドウ球菌における耐性機序について、アルベカシンの修飾不活化酵素の存在やその性状について生化学的な手法により分子レベルで解析を行った。
6. 薬剤排出機構の検出
東海大学の中江教授らは薬剤排出機構の機能亢進により獲得される緑膿菌のニューキノロン薬耐性を迅速に検出するため、特殊な蛍光物質を指標とし、その排出能を測定することで、ニューキノロン薬耐性の耐性度を簡便に測定する方法を試みた。
7. 臨床材料からのIMP-1型の迅速検出法
主任研究者の藤原と分担研究者の荒川は共同で患者尿から直接IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼ遺伝子を検出するためPCR法の開発ならびにIMP-1酵素を免疫学的に検出する方法の確立を試みた。
結果と考察
1. バンコマイシン耐性グラム陽性球菌
池教授らは、我が国で分離された高度耐性VREの保有するバンコマイシン耐性プラスミド上の耐性遺伝子の配列を解析したところ、国外で報告されているプラスミドpPI816上vanR-vanS-vanH-vanA-vanX-vanY-vanZの一部とその配列が一致することを確認した。
渡辺部長らはmultiplex PCR法を応用してVREの遺伝子型別を迅速に決定する方法の開発を行った。
2. 広域β-ラクタム薬耐性機序と検出法の確立
井上教授らはPCaseTESTと感受性試験を併用することで、広域β-ラクタム耐性菌の産生するβ-ラクタマーゼがAmpC型セファロスポリナーゼ、Toho-1型β-ラクタマーゼ、メタロ-β-ラクタマーゼのいずれであるかを簡便に判別する方法を考案中である。
澤井教授らは、抗菌薬で処理した細菌菌体中に残存するATP量をルシフェラーゼ発光法により定量することで、抗菌薬に対する感受性を推定する方法を考案中である。
山口教授らは彼等が新しく発見したToho-2型β-ラクタマーゼの遺伝子をPCR法により臨床分離株から検出する方法を考案した。
3. 嫌気性菌におけるカルバペネム耐性の検出
カルバペネム耐性B. fragilis からPCR法にてcfiA遺伝子を迅速に検出する事ができた。また、特異抗体を用いた検出法を考案中である。
4. マクロライド耐性機構の解析と検出法の検討
マクロライド耐性に関与するemrABC遺伝子とmsr遺伝子は10の2乗個の菌数があればPCR法により検出が可能であった。しかし、培養上清中には、PCR反応を阻害する物質が存在することが示唆された。
5. アミノグリコシド耐性機構の解析と検出法の検討
新しくMRSA感染症の治療薬として承認されたアミノグリコシド薬であるアルベカシンに耐性を示すMRSAが分離されたため、その耐性機構を解析した結果、この耐性菌はアルベカシンをアセチル化と同時にリン酸化する能力を示す二機能酵素を産生していることが明らかとなった。
6. 薬剤排出機構の検出
能動輸送系(Mexポンプ)が正常に機能している野生の緑膿菌では、蛍光色素(TMA-DPH)が、速やかに排出されるのに対し、Mexポンプの機能欠損株では、菌体中の蛍光色素濃度が一旦上昇した後、排出される現象が観察された。この方法はMexポンプに依存するニューキノロン耐性度を短時間に推定する検査法へ応用できる可能性が示唆された。
7. 臨床材料からのIMP-1の迅速検出法 
患者尿中のIMP-1産生菌の保有するblaIMP遺伝子をPCRで検出した場合、DNAハイブリダイゼーションの結果とほぼ相関した。また、菌数が100 cfu/ml以上では、陽性の結果が得られた。いっぽう、IMP-1に特異的な抗体を用いて菌体からIMP-1の検出を試みたところ、産生量が多い株では検出されたが、産生量の少ない株では、コントロールと大差がないものもあり、感度を高めるための工夫を引き続き行う必要がある。
VREやメタロ-β-ラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌などの臨床上特に問題と考えられる薬剤耐性菌による感染症に対し適切な対策を講じるには、それらによる感染症をいち早く発見する必要がある。それには、それらの薬剤耐性菌を臨床材料から迅速かつ簡便に検出する必要がある。その際、薬剤耐性機序に関する詳細な分子メカニズムが明らかとなっていることが重要であり、耐性機序別に遺伝子レベルでの解析が不可欠である。本研究では、既に耐性機序が明らかとなっているものに関しては、PCR法や特異抗体を用いた検出法の開発を試みた。しかし、PCR法による薬剤耐性遺伝子の検出を臨床検査室レベルで日常的に行うには、装置や費用などの点で問題も残る。また、PCR法を応用したキットの開発もPCRの基本特許との関連もあり、技術的には可能であるが実現性には乏しいと考えられる。
一方、遺伝子産物である抗菌薬の不活化酵素などを特異抗体を用いて検出する方法も検討されたが、検出感度などに問題があり、cripticな耐性遺伝子を保有する菌の検出はこの方法では理論的に不可能である。
菌体中のATP量をルシフェラーゼ発光法により定量化することで、抗菌薬に対する感受性を間接的に推定する方法も検討された。この方法は、既に耐性結核菌の検出法として一部では実用化されており、特に新しいものではないが、通常の細菌での感受性試験に代わるものとして実用化されるには、コストや特異性の点などで、より一層の改良や工夫が必要であろう。
蛍光色素の排出速度を測定することで、能動排出ポンプの活性を間接的に測定し、ニューキノロンや消毒剤などへの耐性度を推定する方法も検討されたが、排出ポンプと排出される化学物質の関連は未だ十分には解明されておらず、今後とも継続的な研究が必要である。
今後、簡便で且つ特異性が高い迅速検出法を耐性機序別に構築するためには、薬剤毎に耐性機序を分子レベルで解明する基礎研究のより一層の促進が不可欠であると考えられ、この分野の研究に従事する研究者の育成や、研究機関相互の共同研究、研究協力、研究情報交流が国内・国外を問わず広く推進される必要がある。
我が国では、欧米で未だ一般的に使用されたり認可されていないようないわゆる「新薬」が多数使用されている。その結果、これらの「新薬」に耐性を獲得した新しい耐性菌が出現している。たとえば、プラスミド性にIMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼを産生する緑膿菌やセラチア、肺炎桿菌などのグラム陰性桿菌やMRSAの治療薬であるアルベカシンに耐性を獲得したMRSAなどがその例であろう。特に前者は、カルバペネムといった「切り札」的抗菌薬はもとより、第三世代セフェム、セファマイシンなどの広域β-ラクタム薬に対し広範な耐性を示すため、臨床的に危険度の高い耐性菌と考えられ、さらなる拡散や院内感染、術後感染を防止する上で、薬剤耐性菌の感染や定着の有無を迅速に検出し、適切な対策を講じる必要があろう。そのための迅速検出法の確立が焦眉の急となっている。
結論
各種の薬剤耐性菌における耐性機構の分子解析により、耐性遺伝子やその産物である酵素蛋白などの解析が行われ、その知見をもとに、遺伝子や酵素蛋白を直接ないし間接的に検出する方法が多数工夫されつつあり、中には近く実用化が期待されるものもあった。

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