薬剤耐性菌による感染症のサーベイランスシステムの構築に関する研究

文献情報

文献番号
199700776A
報告書区分
総括
研究課題名
薬剤耐性菌による感染症のサーベイランスシステムの構築に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
荒川 宜親(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 山口恵三(東邦大学医学部微生物学)
  • 武澤純(名古屋大学医学部救急医学)
  • 青木眞(国立国際医療センター国際医療協力局AIDS医療情報室)
  • 山根誠久(琉球大学医学部臨床検査医学)
  • 平潟洋一(長崎大学医学部附属病院第二内科学)
  • 早田繁雄(日本臨床衛生検査技師会)
  • 木村哲(東京大学医学部感染制御学)
  • 宮崎久義(国立熊本病院)
  • 猪狩淳(順天堂大学医学部臨床病理学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 近年、洋の東西を問わず医療の先進国において各種の抗菌薬に耐性を獲得した薬剤耐性菌が出現し、院内感染症や術後感染症の起因菌として大きな社会問題となっている。特に、臓器移植を受けた患者や白血病等の悪性消耗性疾患の患者など感染防御能の低下した患者に医療を実施する上で、薬剤耐性菌による感染症はしばしば致命的な結果をもたらす。今後、易感染性宿主である高齢者の増加や一方で高度医療・先端医療の益々の推進など医療をめぐる環境の大きな変化が見込まれ、薬剤耐性菌感染症に対する医療関係者の関心が高まりつつある。国外ではWHOやCDCなどの公的な保健機構が、これら薬剤耐性菌による感染症をいわゆるemerging-reemerging infectious diseases の一つとして位置付け、本格的な対策を講じるべく提言や勧告を発している。しかしこの問題に対し有効な対策を立てるためには、薬剤耐性菌による院内感染症や術後感染症の実態を正確に把握することが必要である。そのためには、細菌感染症例から分離される細菌の菌種名や薬剤感受性試験結果のみならず、患者の臨床情報を正確に集積し分析と解析を行うことが不可欠である。本研究では、臨床分離細菌における薬剤耐性傾向を全般的に把握するとともに、臨床上特に問題とすべき薬剤耐性菌や感染症について、菌に関する情報と患者情報を総合的に収集し解析する「ナショナルサーベイランスシステム」の構築のため必要な諸条件や協力体制などについて検討を行う事を目的として本研究を実施した。
研究方法
1997年11月14日、1998年1月7日、同2月16日、同3月20日の4回開催された研究班の班会議及び数度にわたるグループ別作業委員会で、患者情報の収集法に関する諸問題や具体的な実施方法について検討を行った。以下に検討を行った項目を挙げる。
1) 薬剤耐性菌感染症のサーベイランスの目的
2) サーベイランスシステムのありかたについて
a.監視の対象にすべき抗菌薬の選定
b.監視すべき薬剤耐性菌の菌種などの選定
c.サーベイランスへの協力を依頼する医療施設の規模、数、地域などについて
d.各医療施設におけるICTや院内感染対策委員会のスタッフにサ-ベイランスシステムへどのように参加・協力していただくかについて
e.基礎疾患名、抗菌薬による治療歴、経過、転帰などの患者情報の収集の方法に関する検討
f.民間の検査機関の協力をどのような形で得られるかの検討
g.MEDISが行っている「調査」との関係を如何にするかの検討
3) サーベイランスシステムによって蓄積された情報の解析方法についての検討
a.蓄積された情報を常時監視し解析する組織のありかたに関する検討
b.解析情報の双方向利用と公開についての検討4) 常設の「薬剤耐性菌に関する連絡協議会」(仮称)に関する検討
5) 薬剤耐性菌による感染症の診断基準の確立と化学療法への貢献のありかた
a.薬剤耐性菌の感染症とcolonizationとを区別する基準についての検討
b.医療現場における化学療法に有用な情報をいかに提供するか
6) 細菌の分離・同定検査、薬剤感受性テストなどの精度管理等に関する研究
a.薬剤感受性テストの精度管理の方法について
b.問題とすべき薬剤耐性菌の分離・同定法のマニュアル化
c.抗菌薬別、感染症別に感受性・中等度耐性・耐性の判定基準(ブレークポイント)の検討
d.臨床分離菌の移送と保存
7) 情報のネットワ-ク化に関する検討(具体的な内容に関しては、岡部班で検討される予定。)
8) (社)臨床衛生検査技師会微生物研究班を中心として、臨床分離菌における各種抗菌薬に対する感受性を全般的に調査した。調査としてはレトロスペクティブな調査とプロスペクティブな調査を行った。前者は、約300施設の参加で実施され、30種の菌種において20種類の抗菌薬について検査した。
結果と考察
数度に亘る班会議などにおいて種々検討した結果以下の点が確認された。
1) 薬剤耐性菌感染症のサーベイランスの目的
a.我が国における薬剤耐性菌感染症の全般的な状況や動向ならびに特定の薬剤耐性菌の状況に関し保健政策上重要な情報を収集する事。
b.国内外の機関等に対し我が国の薬剤耐性菌感染症の状況に関するofficial な情報を提供する事。
c.各医療施設に対し、適切な化学療法の推進、抗菌薬の適正使用、薬剤耐性菌感染症対策に参考となる情報を還元する事。
d.薬剤耐性菌およびそれらによる感染症に関する基礎・臨床研究の一層の促進。
e.副次的成果として、新抗菌薬の開発、抗菌薬の適応の拡大等に際し参考となる情報の提供。
2) サーベイランスシステムの方法について
a.300施設程度の参加により臨床分離菌における全般的な薬剤感受性傾向を把握するための調査・研究を行う。
b.30数施設の参加により、耐性菌の情報(菌種名や薬剤感受性試験結果など)と患者の臨床情報(基礎疾患名、抗菌薬による治療歴、病状経過、転帰など)を総合的に調査・研究する。その際、暫定的な感染症の「判断基準」を作成しそれに基づいて調査を実施する。
i) 検査部を中心にした調査
薬剤耐性菌や感染症の種類を問わず、細菌感染症を起こしている症例について広く調査を行う。その場合、MRSA,、PRSP、VRE、メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌、ESBL産生菌による感染症を含む。VREについては、検出された時点で感染・定着を問わず速やかに報告し、その他の耐性菌による感染症は、提起的に報告する。
ii) ICUを中心とした調査
敗血症、肺炎、髄膜炎について調査し、その他
尿路感染症や術後感染症についても可能であれば調査を行う。
iii) 国立病院間に設置されているHospNetを利用した情報収集とデータベース構築の試行
(参加施設等については、「薬剤耐性菌感染症症例情報ネットワークの構築に関する研究」班(主任研究官:岡部信彦)報告書を参照)
3) データの情報解析
感染症別、耐性菌別に専門家の解析グループを組織し、共同でデータの解析や分析を行う。
4) 「薬剤耐性菌感染症に関する連絡協議会」
常設の「薬剤耐性菌感染症に関する連絡協議会」(仮称)を設置し、日常的に薬剤耐性菌感染症に関する情報交換や対策などの経験交流を行う。
5) 感染症の「判断」基準
患者情報を収集する際に用いる感染症の「判断」基準を暫定的に作成する。
6) 試験・検査の精度管理等
細菌の分離・同定検査、薬剤感受性テストなどの精度管理等に関する情報交換や講習会を実施する。また、そのための「標準株」等を準備する。
7) 「薬剤耐性菌感染症サーベイに関するセミナー」
年内に、欧米からこの問題についての専門家等を招聘し研究会またはセミナーを開催する。
MRSA、VREやメタロ-β-ラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌など、臨床上特に問題と考えられる薬剤耐性菌による感染症に対し、適切な対策を講じる上で、それらによる感染症をいち早く発見し、その広がりや動向を常時把握する必要がある。その為は、以下の質的に異なる2種類のサーベイを並行して進める必要がある。
1) 可能な限り多数の施設において臨床分離菌の薬剤感受性を調査・解析するサーベイ
このサーベイの目的としては、
a. VREなど我が国では散発的にしか検出されていない耐性菌や、全く新しい耐性傾向を獲得した耐性菌の出現の早期発見。
b. 感染症患者から分離される各種の臨床分離菌における薬剤感受性の全般的な把握。
2) 臨床分離菌の菌情報と患者情報を総合的に調査・解析するサーベイ
このサーベイの目的としては、
a) 各種の薬剤耐性菌の臨床的な危険度の評価。
b) 院内感染対策などの効果の判定。
c) 各種の薬剤耐性菌の感染様式の解析
d)化学療法の効果についての判定と解析
解析や分析をするに価する正確な情報を収集し信頼性の高いデータベースを構築するには、このサーベイに参加する医療施設において「院内感染対策委員会」やinfection control team (ICT)などが実質的に機能し、日常的にきめ細かい監視活動や対策が継続されている必要がある。我が国ではMRSA感染症が問題となった以降、多くの医療施設において「院内感染対策委員会」等が設置されて来ているものの、十分に機能していると言える施設はそれほど多くはない。本サーベイを実施する上で、これに参加する医療施設は、少なくとも「院内感染対策委員会」等が機能している必要があり、当初30施設程度の参加でスタートすることが現実的と考えられ、サーベイの進行状況を眺めつつ、参加施設を次第に増やしていく事が現実的と考えられる。
本サーベイにより得られたデーターを有効に解析するためには、感染症や耐性菌別に専門家のグループによる「集団解析」方式とし、定期的に更新されるデータベースを各担当者が、日常的にインターネット等の情報回線を介して解析できる体制を作る必要がある。
また、解析結果を各施設における薬剤耐性菌による院内感染症や術後感染症への対策に有効に役立てるには、それらを迅速に各施設にフィードバックするシステムを構築する必要がある。このためには、従来行ってきた文書による「報告書」形式の結果の公表に加えて、コンピューターネットワークを介する情報の開示のシステムを完成させる必要がある。その場合、公表する情報の種類や範囲を参加医療施設向けと一般向けとに分けるなど、その方式に関し検討する必要がある。
本サーベイランスによって得られた臨床分離菌の中で、臨症上問題と考えられる薬剤耐性菌や特異な薬剤耐性傾向を示す菌株については、院内感染対策や保健政策の推進に資するため、経時的な菌株の遺伝学的あるいは生化学的性状の変遷や変動を分析することが必要でありそのため、臨床分離株を計画的に保存し「薬剤耐性菌ライブラリー」を作成する事が必要と考えられる。
結論
平成10年度に試行する「薬剤耐性菌サーベイランス」の方法について以下が予定されている。
a.300施設程度の参加により臨床分離菌における全般的な薬剤感受性傾向を把握するための調査・研究を行う。
b.30数施設の参加により、耐性菌の情報(菌種名や薬剤感受性試験結果など)と患者の臨床情報(基礎疾患名、抗菌薬による治療歴、病状経過、転帰など)を総合的に調査・研究する。その際、暫定的な感染症の「判断基準」を作成しそれに基づいて調査を実施する。
i) 検査部を中心にした調査
薬剤耐性菌や感染症の種類を問わず、細菌感染症を起こしている症例について広く調査を行う。その場合、MRSA,、PRSP、VRE、メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌、ESBL産生菌による感染症を含む。VREについては、検出された時点で感染・定着を問わず速やかに報告し、その他の耐性菌による感染症は、提起的に報告する。
ii) ICUを中心とした調査
敗血症、肺炎、髄膜炎について調査し、その他
尿路感染症や術後感染症についても可能であれば調査を行う。
iii) 国立病院間に設置されているHospNetを利用した情報収集とデータベース構築の試行

公開日・更新日

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研究報告書(紙媒体)