Vero毒素のトキソイドワクチンの開発とO157感染症発症防止に関する研究

文献情報

文献番号
199700772A
報告書区分
総括
研究課題名
Vero毒素のトキソイドワクチンの開発とO157感染症発症防止に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 元秀(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 荒川宜親(国立感染症研究所細菌・血液製剤部)
  • 倉田毅(同、感染病理部)
  • 渡邉治雄(同、細菌部)
  • 小室勝利(同、安全性研究部)
  • 山田章雄(同、くば霊長類センター)
  • 網康至(同、動物管理室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
腸管出血性大腸菌(EHEC)O157:H7の感染患者は出血性大腸炎を発症し、これに続発して、溶血性尿毒症症候群(HUS)や神経症状を呈し、死に至る例がある。EHECの病原機構につては未解決の部分が多いが、菌の産生する毒素はEHECの感染・発症に主要な役割を演じている。他の細菌毒素性疾患(ジフテリア、破傷風等)の予防にトキソイドワクチンをヒトに接種し、広く効果を挙げている。さらに、ワクチンおよび毒素をウマに注射し高度免疫して得られる抗毒素血清は、ジフテリア、ボツリヌス等の患者治療に用いられている。EHEC感染症の発病予防にも、トキソイドワクチンによる予防効果とウマ抗毒素による治療の有効性を、本研究で確立した動物モデルを用い検討する。また、作製したウマ抗毒素血清を用い、ジフテリア等の治療に現在用いられている筋肉内又は静脈内投与法の有効性を検討する。さらに、EHECが腸管内で産生した毒素、または抗生物質療法で菌体より遊離した毒素を特異的に吸着除去する療法を合わせて検討する。一方、作製した抗毒素を標準化し、標準品として国内外に供給する。特に、抗VT2血清はWHOにおいても国際標準品が用意されていないため、精度管理された技術、測定法を用いて標準化を行いWHOに標準品として提供する。
研究方法
(1)腸管出血性大腸菌O157:H7の感染、発症に主要な役割を演じているVero毒素(VT1 又はVT2)の遺伝子を組み込んだプラスミドを保有するE.coli株をLB培地に接種し37Cで18時間培養後、集菌した浮遊菌液を超音波処理して粗毒素を得た。粗毒素は硫安塩析(60%飽和)、イオン交換カラムによるHPLCを用いて精製した。(2)毒素を実験動物に静脈内投与後、臨床観察及び病理組織学的解析を行った。マウスの病変部は免疫組織化学染色を行い、毒素結合の確認を行った。また、O157菌のマウス感染モデルは報告されているが、無菌動物の使用、またはSM、MMC処理が必要のため、免疫機能のバランスを崩すMMC処理を除いた感染系の検討を行った。(3)抗毒素の予防・治療効果を試験するために、上記で確立したマウス動物モデルを用い検討した。予備的に作製した抗毒素(ウサギ免疫血清)を毒素又は菌投与の直前、または投与後経時的に注射し、毒素による発症、死亡の臨床症状と病理組織学的に毒素による各組織の病変が阻止されるか観察した。(4)ヒト免疫グログリンのO157患者への治療効果が臨床の現場で問題となっているため、市販免疫グログリン 製剤中の抗Vero毒素活性(中和抗体価)を定量した。毒素と抗毒素の結合能を直接測定できる中和法を用い、in vitro試験は Vero細胞培養法をin vivo試験はマウス中和法を用いた。材料は現行市販されている製剤を偏り無く評価できるように、無作為に抽出し用いた。(5)国内臨床分離株について、Vero毒素産生遺伝子を運ぶファージDNAを精製し、RFLP法により構造を解析した。PFGE法によるDNA型別された国内菌株10株と米国で分離された1株を使用した。(6)精製毒素のトキソイド化の条件検討は、予備実験としてホルマリン添加後、37Cで経時的な減毒化の過程をVero細胞毒性及びマウス致死活性を測定して行った。また、新しいワクチンの技術開発として検討しているタンパク毒素をグルタールアルデヒドと共にリポゾームに結合したワクチンについても検討した。
結果と考察
(1)VT1又はVT2遺伝子を担う組み替えプラスミドを保有する大腸菌を大量培養後、超音波処理して粗毒素を得た後、硫安塩析(60%飽和)、イオン交換カラムによるHPLCを用いた毒素精製条件を検討した。本年度は、VT1、VT
2について各種動物の毒素感受性試験、病態解析を行うために必要な量を供給し、また、トキソイド化の一部予備試験にも供給した。(2)毒素を各種実験動物(マウス、ラット、モルモット、カニクイザル等)に静脈内投与して、臨床観察及び病理組織学的解析を行った結果、毒素感受性はモルモットが低く、サルが高かった。死亡した動物の病理組織像はいずれも腎尿細管壊死が著明に観察された。マウスでは腎臓の尿細管上皮の脱落、壊死が最も著明であり、その病変部に一致して毒素を証明した。動物種による特徴的な臨床症状は、ラット、サルでは下痢症状が観察されたが、他の動物では見られなかった。ハムスターでは肺水腫が著明に見られ、動物種別にヒトの病態と類似した像を観察した。また、生菌をマウスに経口投与した場合には、菌は一過性に定着増殖し、腸管内に毒素を産生し、盲腸内容物及び糞便より毒素を検出した。発症したマウスは、毒素の静脈内投与と同様な病理組織像が見られた。(3)毒素または菌投与の直前・後に抗毒素(ウサギ免疫血清)を静脈内投与した。その結果、致死量の10倍量の毒素(VT1又はVT2)を静脈内投与後、抗毒素の投与時間がVT1は数分後、VT2は30分後と早期であればマウスは発症せず、病理組織学的にも各組織に毒素による変化は見られなかった。また、菌投与後では、24時間までは効果があり、48時間以降では感染後発症し死亡した。このことは、毒素性疾患の抗毒素療法で一般的に求められている抗毒素の早期投与の必要性を再確認した結果であり、O157感染発病にも現行の抗毒素療法は適応可能なことが示唆された。(4)毒素及び抗毒素(中和抗体価)を定量する、in vitro法は検出感度の高いVero細胞培養法と、in vivo法は活性を生体反応として直接測定できるマウスを用いた試験法を確立した。本法を用いて、市販免疫グログリン 製剤中の抗Vero毒素活性を測定した結果、5社由来17ロットの製剤中には抗VT1及び抗VT2のいずれも両法では検出限界以下であり、Vero毒素を中和する目的で臨床応用するには、期待できないことが示唆された。(5)国内臨床分離株について、Vero毒素産生遺伝子を運ぶファージDNAを精製し、RFLP法により構造を解析した結果、PFGE法で型別されたstx遺伝子型は、さらに多様性が有ることが判明した。また、今回の菌株の持つstx2遺伝子は現在までに明らかとなっているvariant遺伝子ではなく、同じstx2遺伝子が異なる DNAの構造を持つ種々のファージに水平伝達している可能性が伺えた。(6)精製した毒素のトキソイド化を検討した結果、現行のホルマリンによる無毒化条件でトキソイド化したVT1及びVT2は共に無毒化は不完全であった。さらに強い無毒化をして得たトキソイドをマウスに接種後、毒素攻撃したが発症、死亡した。一方、VT1、VT2をグルタールアルデヒドと共にリポゾームに結合したワクチンは、無毒化は速やかに完了したが、マウスに3回接種後、VT2攻撃では発症は阻止されたが、VT1では発症、死亡した。今後、免疫原性を損なわず無毒化する方法や投与回数と免疫応答を検討する。さらに、組み替えワクチンとして用いるために、免疫原性を持ち毒性のないVT1を遺伝子操作により作製し、クローン化を終了した。
結論
VT1とVT2の無毒化は、毒素タンパクの違いより無毒化条件が微妙に異なり、また破傷風毒素タンパクのトキソイド化方法では無毒化されないため、適当な化学修飾剤と条件を組み合わせた検討が必要である。各種動物のVero毒素感受性は異なり、ヒトのO157感染発症像が種特異的、宿主特異性に観察され、動物種を選ぶことによりヒトの感染発症を解析することが可能である。これら、モデル動物を用い、試作トキソイドと抗毒素の発症防止効果を検討した結果、いずれもヒトの発症を特異的に防止することが期待できる有効性を示した。また、市販ヒト免疫グログリン 製剤中の抗Vero毒素活性はVero毒素の中和を目的とした治療効果には期待できないことが示唆された。 

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