病原性大腸菌O157感染症の迅速診断法の開発と発症機構に関する研究

文献情報

文献番号
199700771A
報告書区分
総括
研究課題名
病原性大腸菌O157感染症の迅速診断法の開発と発症機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
山崎 伸二(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 竹田多恵(国立小児医療研究センター)
  • 名取泰博(国立国際医療センター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
腸管出血性大腸菌は、下痢や出血性大腸炎に引き続き溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症等の重大な合併症を引き起こし、特に小児や老人においては死亡例が見られる。米国では、毎年2万人がEHECが原因のHUSを発症し、少なくとも100人以上が死亡していると報告されている。一昨年、スコットランドでは、20名を越える世界で類を見ない死亡者数となった集団事例を経験し、我が国でも患者数6千人という世界で類を見ない集団発生を経験し、昨年1年間の死亡者数は12名という我が国で最高を記録した。それゆえ、簡便で迅速な診断法と適切な治療法の開発が切望されている。本研究では、(1) ベッドサイドでの簡便で迅速な診断法の開発、(2) EHEC感染症における重症化へのリスクファクターの同定や病態発症機構を明らかにし、新たな治療法の開発を目指した。
研究方法
(1) ベッドサイドでの簡便で迅速な診断法の開発1.Vero毒素 (VT) 1及び2の精製:VT1及びVT2の精製は、VT1遺伝子及びVT2遺伝子をクローニングしたリコンビナント株を用いてVT1についてはNodaら1)の方法で、VT2についてはYutsudoら2)の方法に準じて行った。2.VT1及びVT2に対するポリクローナル抗体の調製:VT1及びVT2の抗体の作成は、精製VT1及びVT2を0.5%のホルマリン溶液で37℃で1週間処理することによりトキソイド化した後、ウサギに免疫した。抗体価の測定はオクタロニー法によって測定した。3.VT1及びVT2に対するモノクローナル抗体の調製:精製VT1及びVT2を先の方法でトキソイド化したものを6週令のマウス(BALB/C)に免疫した。血中抗体価が十分上がったことを確認して、マウスから脾細胞を取り出し、マウスミエローマ細胞(X65/Ag8.653)とポリエチレングリコール法によって融合した。HAT培地で培養後、シングル細胞ピックアップ法によってクローナルな細胞を取り出し、VTに対する抗体を産生しているものを選別した。4.モノクローナル抗体のサブクラスの測定:モノクローナル抗体のサブクラスは市販されているキット(免疫学的手法によるもの)を用いて行った。5.金コロイド化抗体の調製:ウサギに免疫して得られたVT1及びVT2に対する抗血清を、硫酸ナトリウム沈殿によりIgGフラクションを作製した。それぞれのIgGを金コロイド粒子と反応させて、金コロイド化抗体を調製した。(2) EHEC感染症における重症化へのリスクファクターの同定や病態発症機構の解明及び治療法の開発1.EHEC感染症により死亡した患者組織中の残存Vero毒素の測定:腸管出血性大腸菌O157に感染し、27日で死亡した1歳患児の剖検材料から得られた腎、腸管、肝、肺の各臓器を凍結切片を用いて、VT1及びVT2に対するマウスモノクローナル抗体を反応させ、さらにHorse radish peroxidase標識した抗マウスIgG抗体を反応させることにより、組織に沈着している毒素を特異的に検出した。また、対照としては、ネフローゼ患者やWilmus腫瘍患者から得られた腎組織の比較的正常部分を用いた。2.毒素レセプターの分布:正常な組織切片に精製したVT1とVT2を反応させ、さらに抗VT抗体、酵素標識抗体を順次反応させてヒト組織に対する毒素の親和性の局在を観察した。毒素のレセプターと言われているGlobotriaosyl ceramide (Gb3) に対するマウスモノクローナル抗体を同じ組織に反応させた。3.VTのApoptosis活性:TACS TM2 TdTを用いて、TUNEL法による患者組織のin situ DNA fragmentationの観察、ヒト腎癌細胞(ACHN cell)を用いて、毒素処理をした細胞からDNAを抽出し、その断片化をAgarose gel電気泳動で分析した。また、Aposptosis発現の初期マーカーである7A5蛋白を、APO2.7抗体を
用いて調べた。 4.VTのサイトカイン誘導活性:Caco-2細胞をコンフルエントになるまで培養後、1 mM酪酸ナトリウムで4日間処理した後、精製VT1、VT2及び変異VT1(N末端から167番目のグルタミン酸をグルタミンに、170番目のアルギニンをロイシンに置換した)を添加して、サイトカインの誘導について調べた。サイトカインの誘導活性は、各サイトカインに特異的なmRNAに特異的なプライマーを合成し、RT-PCRによって測定した。IL-8の発現については、ELISA法によっても行った。
結果と考察
(1) -1: VT1及びVT2をそれぞれ3 mgずつ精製した。-2: VT1及びVT2についてそれぞれオクタロニーで64倍希釈しても反応する抗血清を調製した。-3: VT1とVT2を産生するハイブリドーマをそれぞれ19個及び50個得た。-4: 得られたモノクローナル抗体を調べたところ、VT1に対するものは全てIgG1タイプ、VT2に対するものは13個がIgM、37個がIgG1タイプであった。-5: 金コロイド化したVT1及びVT2に対するIgGを調製した。イムノクロマト法作製に当たって必要な試薬の調製ができた。(2)-1: HUSを発症して死亡した患者由来の剖検材料ならびに対照患者の生検組織材料への毒素の結合を調べたところVT1及びVT2とも腎や肺の特定組織に結合していた。正常ヒト組織の腎切片ではVT1とVT2が遠位尿細管を中心に結合した。-2: Gb3の分布とVT1とVT2の結合部位は、いずれの場合も一致していた。-3: VT1及びVT2で処理したヒト腎癌由来細胞であるACNHや剖検材料由来の腎細胞からDNAを抽出し電気泳動を行ったところ、DNAの断片化が観察された。さらに、TUNEL法によっても断片化したDNAを検出した。いままで、VTの作用機作はRNA N-グリコシダーゼ活性だけで説明されていたが、Apoptosisについても、HUSを発症した患者由来の障害が起こっている他の組織についても調べてみる必要があると思われる。-4: Caco-2細胞を1~100 ng/mlのVT1で刺激するとIL-8、MCP-1、MIP-1α、TNF-αのmRNAの発現が顕著に亢進した。一方、他の炎症性サイトカインであるIL-1β のmRNAの発現に変化は見られなかった。さらに細胞のVT1処理を24時間行うと、培養上清中のIL-8含量が増加することが確認された。この結果からサイトカインの発現誘導はmRNAレベルだけでなく蛋白質レベルでも起きることが明らかとなった。またこのIL-8産生誘導は抗VT1抗体により中和されること、市販エンドトキシンでは産生誘導が見られないことなどから、混入するエンドトキシンではなく、VT1そのものによることがわかった。VT2を用いて同様の実験を行ったところ、VT1と同様にIL-8の産生誘導が観察された。その活性はVT1、VT2ともに10 pg/mlと非常に低濃度から見られ、100-1000 pg/mlがピークであった。一方、無毒化VT1はほとんどIL-8産生誘導活性を示さないことから、VTのサイトカイン誘導活性は細胞毒性と相関することが示唆された。今までに、VT1が単球やマクロファージに対してサイトカイン誘導活性があると報告されていたが0.1-1.0 mg/mlと非常に高濃度を用いていたので、生体内での意義については疑問がもたれていた。今回の実験で得られたデータはVT2の場合10 pg/mlと非常に低濃度でも観察できたことで、病態発症機構に関わるVTの役割を考える上で非常に意義のあるものと思われる。
結論
(1)VT1及びVT2をそれぞれ3 mgずつ精製し、VT1及びVT2についてそれぞれオクタロニーで64倍希釈しても反応する抗血清を調製した。VT1及びVT2に対するモノクロなーる抗体を調製し、得られたモノクローナル抗体のサブクラスはIgG1であった。金コロイド化したVT1及びVT2に対するIgGを調製した。(2)VT1とVT2が直接腎臓あるいは肺に結合した。その結合部位はGb3の局在部位と一致した。VTがACNH細胞や患者由来の腎細胞にApoptosisを引き起こした。VT1やVT2はCaco-2細胞に対してIL-1、MCP-1、MIP-1αやTNF-αをmRNAレベルで誘導していこの活性は無毒のVTでは引き起こされなかったことから、VTのRNA N-グリコシダーゼ活性に依存していた。

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