腸管出血性大腸菌(VTEC)感染に伴う溶血性尿毒症症候群(HUS)の病態と治療法の研究

文献情報

文献番号
199700770A
報告書区分
総括
研究課題名
腸管出血性大腸菌(VTEC)感染に伴う溶血性尿毒症症候群(HUS)の病態と治療法の研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
伊藤 拓(国立小児病院)
研究分担者(所属機関)
  • 吉岡加寿夫(近畿大医学部小児科)
  • 山岡完次(大阪府立病院小児科)
  • 上辻秀和(県立奈良病院小児科)
  • 本田雅敬(都立清瀬小児病院腎内科)
  • 香坂隆夫(国立小児病院小児科)
  • 長田道夫(筑波大学基礎医学系病理学)
  • 吉川徳茂(神戸大保健学科)
  • 五十嵐隆(東大分院小児科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
(EHEC)感染に伴うHUS、脳症の発症機転、病態を解明するための基礎的研究を行うとともにHUS、脳症患者の疫学的、臨床的検討により発症予測、早期発見、発症予防、治療法の確立を図ることを目的として以下の検討を行った。
研究方法
1.発症機転、病態に関する基礎的研究
EHEC感染症が腎障害、脳障害を惹起する機転を動物実験により検討し、同時にこれらの血管内皮障害、組織障害と関与するメデイエーター、凝固系因子の異常について研究を進めてきている。(1)五十嵐はEHE感染症の脳障害の病態解明と予防・治療法の確立のために、日本シリウサギと C57BL/6マウスの尾静脈よりVT2を投与し、臨床症状、血中、髄液中VT2、中枢神経、腎組織病変を検索した。(2)長田はEHEC投与によるマウスHUSモデルを確立しEHEC感染によるHUSの病態を解明するため微生物学、病理学共同研究グループを組み、筑波大学動物実験センター内にP3 room を確保した。EHEC株として最も適切と考えられるSAKAI株を入手し、Dorset 培地にて維持している。平成10年度より実験に着手出来る予定である。(3)本田らはHUS合併例での糸球体毛細血管内皮細胞障害を種々の内皮障害マーカーにより検索し、HUS重症化予測因子としての有用性を検討した。(4)上辻はEHEC(O-157)感染症でHUS合併例、非合併例について凝固-線溶反応の過程で産制される各種分子マーカーの血中、尿中推移からその動態を検索した。(5)五十嵐らはマウスにVT2投与後の脾臓リンパ球の免疫能について検討した。(6)香坂らはHUSにおける炎症性サイトカインの役割についての実験系を整備すると共にVT1、VT2 のモノクロナール抗体の純化生成を行った。(7)吉川らはHUSにおける血小板活性化因子の関与に着目し、血小板活性化因子分解酵素(PAF acetylhyd-rolase)の遺伝子支配について検討した。
2.HUS、脳症患者の疫学的、臨床的検討
伊藤らは過去10年間における HUS 症例を集積し、EHEC associatted HUSとnon-associated HUS の比較検討を、山岡、吉岡らは平成8年に起きたEHEC感染症の大流行時に発症したHUS、脳症について疫学的、臨床的検討を進めてきている。
結果と考察
1.発症機転、病態に関する基礎的研究
(1)ウサギにVT2投与後48-72時間後に四肢麻痺が出現し、12時間以内に呼吸麻痺で死亡した。VT2投与前にVT2抗体を静注する事により症状の発現を予防することが出来たが、VT2投与後では無効であった。組織病変は中枢神経系で小動脈血管内皮の肥厚、内皮下への浸潤、局所脳神経細胞の壊死像が認められたが、腎病変は認めなかった。C57BL/6マウスでも同様な四肢麻痺、けいれんを認め、45-68時間後に死亡した。3時間後より多尿、Na 排泄の増加を認め、36-48時間後に乏尿となった。中枢神経系は上述の所見に加え脳の出血性梗塞が見られた。腎においては尿細管の障害のみが認められた。VT2投与により人の脳症に類似した動物病変を惹起することが可能と考えられ、今後更に脳症の病態解明と予防・治療法の検討を進める予定である。しかし、腎においてはVT2投与のみで人のHUSに類似した動物病変を作ることは出来ず、動物へのEHEC感染でのHUSモデルの作成など新しい研究方法を導入する必要があると考えられた。
(3)本田らのHUS合併例のの内皮障害マーカーの検索では、血中TM、 t-PA、PAI-1、vWFag、6 keto-PGF1α は急性期で高値を示し、t-PAは回復期に低値を示した。しかし、これらの内皮細胞障害マーカーは一部の例で低値を取る例があり、採血時期による影響が考えられた。t-PA、PAI-1は重症例で高値を取る傾向が認められた。血中PSFは急性期のみならず回復期にも低値を示す例が認められた。以上の成績より内皮細胞障害マーカーがHUS重症度の指標、予測因子として治療に用い得る可能性があり、今後症例を増し、採血時期、重症度を含め更に詳細な検討を進める予定である。
(4)上辻の凝固-線溶系検索ではHUS合併例で血中 FDP D-dimer、TATが病勢と共に増加し、回復期に正常化する傾向がが見られた。血小板因子の(PF4、β-TG、P-serectin は血小板の減少と共に増加し、特に尿中での推移は腎障害の程度と良く相関していた。
抗血栓因子のAT-III、HCII、PC抗原量には明らかな変化を認めなかった。rat aortic ring を用いた血中PSF測定値は正常であった。以上の所見よりHUS合併例では腎局所における凝固機能、線溶能の活性化が示唆されるため、凝固促進因子で外因系凝固反応の trigger となる TF とその阻害因子であるTFPIについて更に検討を進める予定である。
(5)五十嵐らのVT2投与後の脾臓リンパ球は、CD3(+)細胞、CD4(+)細胞、CD8a(+)細胞、B220(+)細胞は何れもVT2投与後24時間より減少した。LPS、ConA刺激後の活性化能は低下しており、アポトーシスを起こした細胞数は対照の2倍に達した。以上の所見よりHUSにおいてはリンパ球免疫機能の低下が起こるが、VT2の作用によりT、B細胞のアポトーシスを誘導することが一因と考えられる。
(7) PAF acetylhydrolaseについて正常遺伝子(GG) を持つHUS患児では透析治療を有する重症例が30%であったのに比し、遺伝子変異をヘテロ(GT)に持つ患児では69%であった。このことは遺伝子変異を持つ児がHUSに罹患した場合、PAFの増加を介して炎症前駆細胞の活性化、血管透過性の亢進により重症化する可能性を示唆する所見と考え、更に症例を増し検討を進める予定である。
2.HUS、脳症患者の疫学的、臨床的検討
平成8年度のEHEC感染症流行に際して全国規模のアンケートにより集計されたHUSは232例(完全型103例)、80%が完全寛解しているが、9例(小児7例)、4%が急性脳症などで死亡している。小児死亡例を詳細に検討した結果、急性脳症群(4例)は比較的早期に意識障害、けいれんで発症しており、著名な白血球増多を伴っていたが、貧血、腎障害は比較的軽度であった。その他の3例は呼吸不全、敗血症、腸管穿孔が直接死因であり、発症時より白血球増多と低蛋白血症、低Na血症を伴っていた。ホスホマイシン投与を早期から開始した群で中枢神経障害合併が少なかったが、γグロブリン療法、血漿交換療法が中枢神経障害症状を改善する成績は得られなかった。以上の検討成績より重症合併例の早期予測の可能性、ホスホマイシン投与による中枢神経障害予防の可能早期適切な治療による(激症急性脳症例を除き)予後改善の可能性が期待できる。これらの研究結果と伊藤らの平成8年度大流行以前の調査結果を基礎データとし、今後は prospective study として症例を蓄積し、より詳細な検討を行い、本症の予防、治療方針の確立を図る予定である。
結論
初年度においてEHEC感染症による脳障害発症機転解明について成果を得たが、腎症については適切なHUS動物モデルが作成出来ず、次年度以降の課題となった。しかし、内皮傷害、凝固-線溶系の活性化、PAFの関与についての基礎的研究では示唆に富む知見が得られた。HUS、脳症についての疫学的、臨床的検討により重症合併例の早期予測、ホスホマイシン投与による中枢神経障害予防、早期治療による予後改善などの可能性が示唆され、症例を増した今後の研究による治療法の確立が期待される。

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